この記事は「関連記事:上手にドリップするには?基本編 」の続きになります。
ここからの内容は初心者やご家庭向けとは言えませんが、知っておくと次の段階へ進むヒントになるのではと思います。
工程2~4で【圧力】を加える手法や専用器具があることをご存じの方も多いと思います。
その中でもコーヒー抽出に関しての圧力という言葉から思い浮かべるのはエスプレッソマシンではないかと思いますので、イメージしやすい例としてその原理をお示ししておきます。
「ボイラーで沸した水が気化して膨張しようとする力を利用して高い圧力(9気圧前後)を掛けた水を送り出し、常圧(1気圧)では水が通らないほど細かいメッシュの粉とフィルター(200μm前後)を透過させることで、通常では溶け出しにくい成分までがごくわずかな時間(数十秒)で抽出される」
この場合は「水圧」という【圧力】の一種を増減させることが成分の溶解量を調整するための重要なポイントになっています。
※タンピングというポルタフィルター内の粉を固める工程でも圧力は一役買っています。
いろいろな圧力を整理する - ”コツ”の正体
エスプレッソ以外の抽出方式で【圧力】はどのような働きをしているのでしょうか?
圧力にはイメージしやすい「気体の膨張圧力」以外にもさまざまな種類があるので、それらとドリップの関係を整理しながら解説して行きたいと思います。
圧力はいくつかの要因が組み合わさった力で、コーヒーの抽出を形作る以下のような様々な条件や性質が互いに作用し合うことから生まれます。
- 基本ポイント【分量】【温度】【時間】
- 生豆・焙煎度・挽き目・抽出器具・フィルター
このような複数要因の相互作用によって成り立つ力を利用する場合、測定器を用いた計測による数値化や可視化について困難なことが多く、表現的には曖昧にならざるを得ないために”コツ”と呼ばれることになります。
エスプレッソマシンやエアロプレスなどの器具は「密閉空間に閉じ込めた気体が膨張しようとする力を利用して水を粉に押し込む透過式の手法に特化した設計」とすることで、相互作用による意図しないバラツキを抑えて安定した圧力を加えることを目的にしています。
このような事例をはじめとして、手法や抽出器具の見た目や動作が大きく異なることから特殊な調理をしているかのように感じられるものであっても、原理的な構造を捉えれば全て抽出の4つのポイントに基づいています。
【圧力:低い ⇒ 軽め 高い ⇒ 濃いめ】
- 加圧
成分の抽出量を高めたい場合に用います。例えば、浅煎り豆を使う場合などで成分が溶け出しにくい性質や低温度・短時間という条件であっても抽出効率を上げるために用いられます。
- 減圧
成分の抽出量を抑えたい場合に用います。例えば、高温高圧といった条件で溶け出しやすくなる一部の苦みや雑味(微粉、繊維質含む)について、その量が過剰になるのを防ぐために用いられることがあります。
※上記は傾向を示すための単純な一例です。下で解説していく異なる種類の圧力それぞれについて「加圧」「減圧」という変化が一つの抽出工程中で同時に起こることがあります。
技術的に高度なドリップになるほど、4つのポイントについての確度の高い加減によって、抽出される成分比の調整が行われるようになります。
※サイフォン式については下記「気圧(蒸気圧)」項参照
コーヒーの地図に欠けているページ
どんな仕組みでそれらの効果が生まれるのか?
抽出理論と呼ばれる考え方や手法、それらを元に派生する応用はすでにいろいろあります。
以下では、昔から様々な場面で頻繁に記述・紹介される代表的なものでありながら、それを支えるメカニズムという肝心な部分になると途端に踏み込んだ情報が見当たらなくなる事例を中心に取り上げて行きます。
- おいしい淹れ方・コツ・こだわりの手法・テクニック・メソッド(方式)
〇を使う(使わない)→△が起こる(起こらない)→抽出される風味成分□が増える(増えない)
こういった表現はよくご覧になると思いますが、〇の効果として□が現れるという因果関係を説明する場合には△という根拠が本来であれば必要不可欠です。
しかしながら、肝心なはずの△部分について突っ込んでみると「?」となってしまうといったことは、普段の身の回りのことでもそう珍しくないと思います。
それはコーヒーという分野であっても例外ではありません。
- 直感的な本能や感情に訴えかける
- 即効性と実用性を訴えかける
- 損得はじめ良し悪しを他者との比較で訴えかける
- それらを見て分かるようにする
- 難しい言葉や論理的な話はあえて伏せる
マーケティングを目的とする情報発信では、これらのような共感を呼び起こすことで消費者を動かすためのノウハウが大きなウェイトを占めるので、「?」となってしまう理由も十分過ぎるほど揃っています。
しかし、長くコーヒーに携わって来た自身の実感で恐縮ですが、そこには上記のような配慮や算段以前に、「そもそも根拠△を持っていない、あるいは表現する術を知らない」といった、情報のつながりにおいて致命的な脆弱性が潜んでいるとも感じています。
もし、「一杯のコーヒーがどのように成り立っているかを知りたい」「曖昧な表現やイメージに惑わされないようになりたい」というお気持ちであれば、上記のような回りくどい動機付けに頼ることなく、抽出に関わる豆・粉・方式・器具類の性質と原理、それらの関係性をストレートに捉えて行く必要があります。
多くのお客様が直面されている状況は、これらに様々な要素が付加されて混然と扱われたり表現されたりしている情報に触れる機会が圧倒的に多いため、コーヒーについて学ぼうと情報収集されたつもりでも、以下のような迷い道や不毛な結果に陥ってしまわれることも少なくないようです。
- 必要とする内容に素早くピンポイントで辿り着けない
- 表現が曖昧なので本質がすくい取れない
- 多様さに目移りしてかえって混乱してしまう
- 見た目重視、見よう見まねに留まってしまう
- 機械任せ、手軽な方に落ち着く
これらの問題は発信される情報が感覚的であったり、偏っていたりする場合に受信側で連鎖的に起こってしまう現象です。
言わば伝言ゲームのようなものです。
そのような性質の情報伝達に関する問題を解決するためには、肝心な情報が失われた場合でもソース(情報源)から復元出来るようにする共通のルールをあらかじめ設定しておくことが望ましいです。
ここでは、【圧力】という誰でも知っている言葉を「コーヒーの淹れ方」にまつわる様々な情報をつなげていく「鍵(共有キーワード」にしてもらうことを目的としています。
その役割を果たせるようにするためには、「抽出のコツと表現されるものの多くは【圧力】を主要な原理(ルール)としている手法」であることを明らかにしておく必要があります。
以下では、その「鍵」を使うことで圧力を利用した方式・器具・抽出条件・手法によって風味に与えられる効果が目的に対して適切かどうかを判断する際の根拠までが得られるようになる解説を試みたいと思います。
ドリップの源流「水と粉の性質」を知る
基本編・応用編の二つの記事で明らかにしようとしているのは「抽出を成り立たせている水と粉の性質とその間に働く力」です。それは誰にとってもどこであってもどのコーヒーであっても変わりません(普遍)。
私達が日常で目にする様々なドリップとして、カスタマイズ(派生)されたり細分化されたりする以前の源流に当たる情報です。
だからこそ、そこに焦点を合わせた時に見えて来る「4つのポイント」について理解することが、素材や方式、器具、環境、あるいは人やお店(ビジネス)といった特殊ケースに左右されることなく、数多ある「ドリップ」の全体像を捉えるための最短ルートと言えます。
- 圧力を生み出す主因ごとに分類する
- 圧力と基本ポイントとの関係を整理する
この試みは「コーヒーの淹れ方」の解説としては新しいアプローチ方法になります。
すでに明らかになっている要因と明らかになっていない要因について、どのように扱ったり表現したりすれば伝わりやすいものになるか?という自問から導かれた内容ですので、稚拙な点、聞き慣れない用語や直感的に把握しづらい内容もあるかと思いますが、総じて水が粉に浸透しようとする力をイメージしてもらうと分かりやすくなると思います。
コーヒーのおいしさは人それぞれ?じゃあその解説もそれぞれ?
好き嫌いだけで捉えるなら、その通りだと思います。
しかし、その感覚的な支点になりやすい一角だけではなく全体を見渡すなら、「それぞれ」が生まれて来る源流がどこかにあることも見えて来ます。ここではそれら全てに共通する原理を基準にして整理するという方法を取っています。
このような解説方法についても、コーヒーと同じようにそれぞれのお好みがあり、全ての人が納得するものはないということは承知しています。
ただ、「コーヒー界や文化」において独自に培われ、広く通用されるようになった抽出に関する捉え方とその表現方法には、その源流付近に不足している部分があります。
新しいアプローチによって、今までにない正確な「地図(ナビゲーション)」としての役割に近づくものと考えています。
それは、少しづつ求められ始めている「コーヒーが生まれるための自然と人間の働き」という次の領域まで、つながりを持って理解したり説明したり出来る方法を模索する上でも不可欠なステップになります。
それは現状支配的な「マーケティング理論」とは異なる次元の認識論です。
まだそこまでを明確にお答え出来る段階ではないので、より深く幅広く探究して行きたいと考えてます。
以下で用いる科学的な用語や過程については不正確にならない程度に要約しています。ご興味ある方はキーワードで検索してみて下さい。
【圧力】から紐解くドリップとは?
撹拌
撹拌をコーヒー抽出で用いる際の代表的な手法としては以下の3つが挙げられます。
- ステア:スプーンや棒、へらを使って行うもの
- スピン:ドリッパーやサーバーごと粉と水の混合物を揺らしたり回転させたりするもの
- 対流:水流によって粉全体が動き続ける状態を作り出すもの
呼び方は違えど、様々な調理でごく自然に用いられて来た手法の一つです。
素材に力学的な圧力(運動エネルギー)を加えて成分を押し出す・剥がすという「加圧」によって以下のような効果が得られます。
- 浸透性を高める
- 成分溶解量を高める
- 全体の状態について均一性を高める
過去のドリップ解説において「粉を動かさない方が雑味が出ない」という一文をご覧になったことがある方は多いと思います。その影響から未だコーヒー愛好家の一部では撹拌は邪道という固定観念がはびこっているように見受けられる場面があります。
ここでは、もう少しコーヒーについて柔軟に捉えて頂けるように、撹拌を抑制する目的は【圧力】という視点を得た場合にどのように見えるのか?について以下の事例を追って解説してみます。
「粉を動かさない」という言い回しは、過去に国内で流行し今も根強い人気の【深煎り・多粉量・中温度(80℃前後)・長時間(5~10分前後)】という抽出条件を標準とする、一部のネルドリップ式で用いられて来たセオリーです。
そこで目的としている風味は、抽出方式と条件を見ただけでも判断出来ますが「かなり濃いめでどっしりとした飲みごたえ(ボディー)のあるコーヒー」となります。
長時間掛けて粉の層全体から成分を取り出して行く手法は、後述する「浸透と拡散」という圧力の一種を利用するためのもので、当然これもやり過ぎれば雑味が出ます。
なので、さらに撹拌を追加することで成分抽出が過剰となってしまうことを防止しましょう、という圧力ポイントに則したバランス調整について表現したものと見ることが出来ます。
抽出する条件や手法を【分量・温度・時間・圧力】という4つの調整ポイントに分類して整理し直すことによって、それらの「加減」が風味にどう影響を及ぼすのかという関係性をより明確に表すことが出来るようになります。
抽出の全体像から見れば「粉を動かさない」というセオリーは、全てに通じる原理に当たるものではなく、多様な調整方法の中で「減圧」に該当するものの一つと位置付けられます。
それは上記の事例以外では、撹拌という「加圧」を前提条件に含む方式も数多く存在することでも証明されます。
「浸漬式」全般では、水の中で粉が舞い上がるという形で構造的に自ずと撹拌が加わります。具体的には、あらかじめサーバーに水と粉を全量投入するフレンチプレス式、エアロプレス式、沸騰した水とその動きを用いるサイフォン式、小鍋で煮出すトルコ式など。
上記のいくつかの例が示すことから、豆、器具、方式、手法といったどれか一つを取り上げて「美味しく出来る、出来ない」とする根拠とはなり得なず、目的の風味に合わせたバランスを常に意識する必要があるということがご理解頂けるのではと思います。
近年の世界を見渡すと、方式や器具、セオリーといった型に囚われず、実際に起こっている現象そのものを重視する姿勢が見受けられます。
それに伴い、状況と目的に合わせてどのようなタイミングでどれくらい4つのポイントを調整するかという方向性の見える議論もされるようになって来ています。
同じように抽出しても風味がブレるのはなぜ?
同じ粉と器具を使い基本ポイントを守るようにするだけで大きくブレることはなくなります。
しかし、杯数を変えるために粉量を大きく変える場合や風味の細かい部分については抽出のたびにブレを感じることがあると思います。
それは、様々な水と粉の性質による抽出過程での部分的なズレや偏り(抽出ムラ)が原因の一つになっています。
撹拌には「水と粉の接触機会と成分の溶出経路を増やす、あるいは均等化する」という効果もあるので、そういった抽出ムラを緩和するための手法としても用いることが出来ます。
例えば、ドリッパー内で積み重なった粉の高さや形状が、上層と下層にかかる自重と水圧に偏りを生み出しています。
それは部分的な接触機会の差となり、結果として成分が溶け出す量にまで差を生み出す要因になっています。
具体的な例として円錐型ドリッパーについては、満遍なく水が行き渡りやすい反面、下部の先端部分に向かうほど圧力や水流が集中してしまうことなどです。
浸漬式全般については、粉の比重が小さい(水より軽い)ためにその多くが水面に浮かび上がってしまうことなどが原因として挙げられます。
また、粉に含まれる「微粉」について、それがフィルターや粉の隙間に入り込むことで引き起こされる「目詰まり」という現象は、意図した抽出を阻害する原因の代表的なものです。
水の流れに乗りやすい性質や粉に含まれる割合といった条件によって影響度は変化するので、場合によってはドリップ前に微粉量を調整するといった対策も求められます。
撹拌には同時に「拡散現象」も付随することになります。
抽出(成分の水への溶解)が強く促される手法であることを理解した上で、目的の風味に対して注意深く加減する必要があります。
関連記事:下記「拡散ってどういうこと?圧力なの?」
関連記事:コーヒーミルの重要な仕事 – 挽き目・微粉・粒度分布
関連記事:記事中段□内「抽出ムラって何?」
注水の高さと量
注水口から粉面までの高さや注水量を変えることで「水勢(重力・位置エネルギー)」を加減する手法です。
水勢を増して粉に「加圧」することで成分の抽出量も高まります。
水勢と水量が粉量に対して一定のラインを越えると、ドリッパー内で粉が浮き上がり対流が発生します。つまり、水勢を調整することによっても「撹拌」に近い効果が得られるようになります。
圧力の受け皿(サーバー)がある「浸漬式」の場合はその説明で十分と思います。
しかし、水の重さを利用してを粉やフィルター、受け皿(ドリッパー)に開けた穴を通過させる構造の「透過式」の場合は、「加圧」によって【時間】も変化することを考慮に入れた上で用いる必要があります。
透過式では、水勢による加圧を用いると抽出液が流れ出す速さ(流出速度)が上がる結果、時間は短くなるという風味傾向から見てプラス(濃いめ)とマイナス(軽め)の効果が同時に発生してしまうからです。
逆の例として「減圧」を用いる代表例が「点滴型注湯法」と呼ばれる、雫のように水を注ぐ手法になります。
撹拌項でもお示ししたようなネルドリップ式や水出しコーヒー、ドリップ式コーヒーメーカーの一部で採用されているシャワーヘッド型注水機構などで用いられることが多いです。
「水圧・水勢」を抑えて流出速度を遅くすることには、その水が粉の上層から下層までを透過する間に接触する時間と面積を増やすことで、多くの成分を溶け出させるという目的があります。
【圧力:低】×【時間:長】という、冒頭で挙げたエスプレッソマシーンとは逆のポイント調整の組み合わせ方によっても、成分抽出量は高めることが出来るという実例です。
また、透過式の流出速度は時間だけでなく水と粉が接触する面積にも関わって来るので、それについては後述して行きます。
※詳細は下記「ポタポタお湯を注いで時間を長く掛けるのはなぜ?」
透過式における【時間】の関係(仮)
※以下の模式図は、解明や表現のための当店の試みや考え方としてご紹介しているものです。現状の不明瞭な部分にあえて触れていますので正確さを欠くことにご留意下さい。
抽出ポイントのカテゴリー分け
カテゴリー1【粉の状態:生豆の種類・鮮度・焙煎度・挽き目】
カテゴリー2【4つのポイント:分量・温度・時間・圧力】
カテゴリー3【器具:ドリッパー・フィルター】
用語の記号化
分量(g):粉量M・抽出量W・注水量A
流出速度I(g/s):一秒間あたりに濾過抽出される量(平均)
温度K:水温(圧力と抵抗にも関わる要因で扱いが未定)
時間T(s):抽出開始から終了までの時間
圧力P(?):水を透過させる力の総和
格子状物質の配管抵抗R(?):水の流れやすさを表す指標
風味に対する効果を指標化 参考例
【鮮度:高 → 軽め】=【r1:小 → 軽め】
【焙煎度:深 → 濃いめ】+【r2:小 → 軽め】
【挽き目:細 → 濃いめ】+【r3:大 → 濃いめ】
【粉量:多 → 濃いめ】+【r4:大 → 濃いめ】
【温度:高 → 濃いめ】+【r5:小 → 軽め】
【ドリッパー:早 → 軽め】=【r6:小 → 軽め】
【フィルター:細 → 濃いめ】=【r7:大 → 濃いめ】
※抽出条件がもたらす風味の傾向について詳細に捉えた場合、左側【】は影響度の高い一次的な効果のみを示しており、それ以外にも副次的な効果(右側【】)が存在しています。
関係を模式化する
抵抗R = 鮮度(r1) × 焙煎度(r2) × 挽き目(r3) × 粉量(r4) ×温度K2(r5) × ドリッパー形状(r6) × フィルターメッシュ(r7)
圧力P = 温度K1 × 注水量A × 高さH × 気圧 × etc
流出速度I = 圧力P / 抵抗R
時間T(s) = 抽出量W(g) / 流出速度I(g/s)
※【時間】の変動に関わる要因に焦点を当てた場合の一次効果と副次効果を含めた指標を作ることで、4つのポイントと風味の関係を一般化することを試みています。
【焙煎度:深 → 濃いめ】+【r2:小 → 軽め】のように、1つのポイントが同時に逆の効果をもたらす場合もあることが明確になります。
【挽き目:細 → 濃いめ】+【r3:大 → 濃いめ】については、蒸らし時点では粉の膨らみを大きくする要因ながら、水の透過に伴って粉全体の密度を一気に高めて抵抗を大きくするという見た目とは逆の働きをするという厄介な要因もあります。
これらの抽出条件や工程中にも変動する要因一つ一つについて、計測したり調整したりしながらドリップするなどということは、複雑過ぎておそらく人間には不可能なことだと思います。
さらに細分化したり異なる側面に焦点を当てるとすると、これでもまだ一部分です。
要因とそのおおまかな効果を羅列するだけなら現在でも可能ですが、今後においても正確な数値化や計算に当たっての重みづけ、そして関係性を示すための一般化まで可能になるのかは分かりません。
もちろん、わざわざ全ての抽出過程を追わずとも入口と出口だけに注目することで【時間】という客観的に計測可能な結果に集約して表せることは、皆さんご存じの通りです。
そして、それが抽出において基本ポイントの役割を担っている理由です。
このように、透過式において各要因の相互作用がもたらす風味への影響度を計測・確認する術は限られていることから、比較的把握しやすい基本ポイントと官能評価を軸としてあとは経験の積み重ねによる判断に頼らざるを得ないのが現状です。
※一つ上の▢で解説した「ブレ」についても圧力以外の要因は固定という前提です。
この課題に関連が深く、障壁となりやすい事例が以下のようなものです。
ドリッパーを変えたら味が変わる!?
透過式の場合は上記の流出速度が粉と水との接触機会を表す重要な目安になります。
ドリッパー(フィルター交換型)には円錐、台形、円筒などありますが、それぞれの「形状(大きさ・角度・リブ・流出口など)」によって水が流れる速さが変化すること以外に風味に影響を与える原理的な作用はありません。
フィルターとの兼ね合いも考慮する必要はありますが、基本的には速度を基準にすることでシンプルに理解出来るようになると思います。
※原理については下記「浸透 – 透過と浸漬 -」項参照
※材質の熱伝導率や断熱構造による保温性の違いは温度環境によっては影響します。
初心者の方への注意点として「〇を使う(する)だけで美味しくなる!」といった魅力的な表現に出会った際には、一歩引いて4つのポイントのバランスに着目してみることをお勧めします。
お湯が掛かってない所は成分が抽出されずもったいない?
注ぎ方に関して頂くことのあるご質問です。
コーヒー粉の粒子は目に見えないほど細かい植物の細胞壁が、焙煎の熱で膨張して空洞化した穴(細孔)となり、それらが無数に並んだ「格子形状」になっています。それは植物の繊維で出来た細い管の集まりと見ることが出来、その集まりである粉全体も同様と言えます。スポンジや土壌をイメージしてもらうと良いと思います。
水が繊維の管の入り口に触れると互いの「表面張力」の働きで水が管の奥へ浸透して行くという、いわゆる「毛細管現象」が起こり吸水されて行きます。その力は分子同士が引っ張り合う「分子間力」が源になっているので、その強さが気圧や重力と釣り合う地点まで上下左右どの向きにも進みます。
浸透には水を注ぐ位置や勢いだけではなく、見えない所でもこうした「水と粉の性質」による力が自然に働いています。
浸透具合についての正否は程度問題になるので、記事全体をご参考の上で目的やお好みによって調整して頂ければと思います。
関連記事:コーヒー豆や粉が膨らむのはなぜ
浸透 - 透過と浸漬 -
これらは抽出において、その言葉通り中心的な「浸透」の仕組みに当たります。そして、必然的に【圧力】を含む4つのポイントが最も複雑に絡み合う部分になります。
それを短い文章だけでまとめるのは難しい所ではありますが「抽出中に水と粉の間で何が起こっているのか?」という本質的な作用に焦点を当てることで明らかにして行きたいと思います。
まず二つの方式に大別される理由となっている「水と粉がどのような状態で接触しているか」による違いをお示ししておきます。イメージを把握しやすいよう用語の関係も合わせて整理しておきます。
透過と浸漬って何が違うの?
水と粉の接触機会(分量と時間)が異なります。各々の状態がどのように違うのかについて大きく分けて表すと以下のようになります。
- 透過:粉量 > 水分量 → 不飽和状態
水が溜まらずに粉の層を通り抜ける
断続的な注水によって接触する体積と時間ともに間隔を設けて配分を行う
- 浸漬(しんし): 粉量 < 水分量 → 飽和状態
はじめに粉と水を全量混ぜ合わさることで接触機会は終始ほぼ一定となる
※「透過」と「濾過」の関係を整理しておきます。両方とも何かが何かを通り抜ける現象としては同じことですが、透過する際に不純物や目的外の要素を分離する目的で用いる場合を「濾過」と呼びます。
コーヒー抽出において粉の層に水を通り抜けさせる目的は成分を水に溶出させることが目的なので「濾過」ではなく「透過」に当たります。その後、粉とコーヒー水溶液をフィルターで分離することが「濾過」に当たります。
コーヒー抽出器具において「透過式」という場合、これらはワンセットなので紛らわしいのですが、異なる過程を表していることにご注意下さい。
※粉量と水分量の等式は絶対的な関係を表すものではなく、様々な抽出工程や器具を見て行けば条件や意図によっては等式が逆転し、「透過式」と呼ばれるものでも飽和状態になったり「浸漬式」と呼ばれるものでも不飽和状態となったりすることが起こり得ます。
一般的なペーパードリップに見られる抽出方法は「透過式器具」を用いてはいるものの、実際の過程を状態で表すと意図せず「浸漬+濾過」の繰り返しとなっていることが多いです。
その理由は後述しますが、ここでは現象そのものに焦点を当てていますので、呼び名ではなく物理的な状態を基準にイメージまたは確認してみて下さい。
「透過」がドリップ問題の核心
浸漬状態での粉から水に成分を移動させる原理は下記する拡散現象が中心で、比較的単純化しやすいことから科学的な解説も見つかりやすいと思います。
ここからは、ドリップにおいて最も複雑な仕組みで成り立っている透過について、その解明を中心に風味や浸漬との関係についても迫って行きたいと思います。
透過状態をコーヒー的に普通の表現に言い換えると、以下のような手法によって意図されているもの指します。
- 蒸らし
- のの字を描く
- シャワーヘッド型注水
- 点滴型注水
- 粉に呼吸させる
- ドリッパー内の抽出液が落ちるまで待つ
- 注水量と時間の配分(最も現代的)
これらは全て上段二つの□内でお示しした「不飽和状態における水と粉の性質」を利用するためのコーヒー抽出において最も特徴的な部分を表しています。
焙煎された豆は内部で格子形状の繊維が無数の細孔を形成していて、それぞれに固形化した成分が貼り付いて固まっていたり炭酸ガスや香りとして閉じ込められていたりする状態です。
豆を粉々にすることで繊維の壁を壊して粒子表面に露出させた部分のそれらは放出されやすくなりますが、粒子の内部にはまだガスや成分の出入口がない細孔が残っています。
このような状態の「粉(粒子の集まり)」にただ水を注ぐだけでは、全体まで均一に浸透しません。なので、成分が放出されやすい部分とそうでない部分の抽出ムラが起こることになります。
抽出ムラって何?
まずコーヒー粉の性質について考える時は「粉(全体)」と「粒子(一粒)」に分けて捉える必要があります。
その上で水と粉(粒子内部まで)が接触した際に、成分の溶解・拡散に関わる【温度】【時間】【圧力】が均一でないと、部分ごとの溶解量にバラツキ(ムラ)が生まれてしまうということを表しています。
完全に均一にすることは不可能ですが、それに近づけることによって、抽出を繰り返してもカップごとの違いが感知出来ないほどの再現性は十分可能になります。
- 最初の注水で粒子が水に浸る状態になると、周囲を覆う水の水圧が壁になり粒子のガス抜きと膨張が妨げられます。同じく、ガス抜きに伴う粉全体の膨張も妨げられ、粒子・粉とも内部での「水の通り道(溶出経路)」が作られにくくなります。
- ガスを保持したままの乾いた粒子は比較的に水が浸透しにくく、水に浮きやすい状態です。そのことが浸漬過程で粉の上層と下層における水との接触機会に差を生み出します。
- 「透過式」の注水過程では、水勢や注水位置の加減によって粉粒子の表面やドリッパーの壁面沿いを水が流れて行くだけになったりする場合あります。また、噴き出すガスや気泡、粒子の積み重なり方などによっても水が流れやすい経路に偏ってしまうことがあります(チャネリング)。
そこで、注水を以下のような二段階の目的に分けることで、出来るだけ粉全体から均一に成分が溶け出すようにする工夫が生まれたと考えられます。
① 浸透:粉全体から粒子内部まで吸水させつつガスを抜き、粒子内部で固まっている成分が水に溶け出しやすい状態を作る
② 溶解:粒子内部や周辺から成分が溶け出し濃度が高まった抽出液を、新たに注がれて来る水に拡散させる
抽出の過程を大きく分けると、さらに以下を加えた三段階と見ることが出来ます。
③ 濾過:フィルターに通して抽出液から粉を分離する
※濾過に関しては行わない方式もあること。また、それに関連の深い「フィルターの性質」は別要因として捉えないと混乱の元になるので、ここでは省きます。
拡散ってどういうこと?圧力なの?
「拡散現象」は、気体や液体中の原子や分子は濃度によっても動き方が変化することに起因し、この場合は濃度が高い方の成分分子が、濃度が低い真水の方へ移動して行く(水分子は逆に移動して行く)ことで全体が均一になるように働くことを言います。濃度差が大きいほどその力も大きくなります。
また、それらの液体が穴の開いた壁や膜(フィルター)といったもので隔てられていて、その穴(経路)の大きさが水分子ほどしかないという条件が揃うと「浸透圧」と呼ばれる力を発生させる源でもあります。
水の動きに大きく関わり自然に起こる現象ですが、常温常圧環境では進行速度が比較的遅く時間が長く掛かります。
この理由によってドリップにおいては「水圧・水勢」や「撹拌」や「水温」といった、外部からのエネルギーを加えることで成分が水に溶解する速度と効率を高める方式が一般的なものとなっています。
※成分が水に溶解する際には、イオン化したり水和・加水分解するものも存在しますが、ここでは分子までの段階に止めます。
最初の注水で「蒸らし」に当たる①段階は、粉全体が吹き出して来るガスの圧力で大きく膨らむことや香りが立って来ることで「水が浸透するにつれ粉・粒子の中で溶出経路が増えて行く過程」が見えやすいと思います(コーヒードーム)。
ただし、表面上はそのように見えても内部まで十分に行き渡っておらず抽出ムラを起す原因となることも多いので注意が必要です。
※「蒸らし」という表現も誤解を招きやすい用語です。言葉通りだと水蒸気や湯気によって水分と熱を行き渡らせる調理法をイメージさせることから、注水量が少な過ぎるケースが出て来ます。実際には毛細管現象を利用して水(液体)を粒子内部に吸収させることが目的です。
次の②では抽出中の水が茶褐色に染まって行きます。その濃さも進行度合いを表す目安になります。
以降の注水でも①と②を繰り返しを意識しながら注水量とペースを配分することで、上記して来た透過中の「毛細管現象」と「拡散現象」が起こる機会を加減することが出来ます。
しかし、この手法には抽出におけるほぼ全ての要因が相互作用に関わって来るため、どうしても4つのポイントのバランスや使用器具といった状況の違いによって、その効果の表れ方も大きく異なってしまいます。
抽出において、また情報伝達においても、その不安定さを解消することは非常に困難な部類に当たります。
そのため、あえて不飽和状態の多用を避けて飽和状態の割合を多くしたり、撹拌を用いたりすることで、抽出ムラや状況によるバラツキを抑えることが出来る抽出レシピや器具が推奨される機会が増えて来ています。
「カッピング」の方式に「浸漬式かつフィルターによる濾過なし」という極度に単純化された工程が選ばれているのも同じ理由です。
それぞれのメリット・デメリットを踏まえて、抽出方式やお好みの風味に合わせた使い分け出来ると調整の幅が広がると思います。
※関連記事:上手にドリップするには? – 基本編【分量】【温度】【時間】と濃度の関係 –「カッピング」と「テイスティング」の違いは?項
ポタポタお湯を注いで時間を長く掛けるのはなぜ?
水出しコーヒー器具やネルドリップ式の一部などで見ることが出来る例のアレについてです。
点滴型注水は、透過式を用いた場合にも水と粉が接触している時間をより長くするために用いられる手法です。
その目的は、上記の①②プロセスを部分的に細かい間隔(表面積と時間)で繰り返して行くことで、圧力が偏った部分にのみ集中してしまうことを回避しつつ、粒子の奥深くからの抽出を促すことにあります。
実際の技術的な側面で言うと、水圧を下げるために注水口と粉上面の距離を近くした上に雫を落とすような少量注水を行うということは、接触時間は長くなっても接触面積は小さくなるということでもあります。
この2種類の抽出ムラを避けて透過の効果を存分に得るためには、いかに満遍なく断続的に不飽和状態を維持しながら注水し続けられるかという点が問われることになります。
この手法は「透過式では新たな水を注ぐほど粉が持っている成分を取り出すことが出来るというメリット」を活用するための最たるものです。
それは、「浸漬式では抽出中に全体の濃度が均一に近くなるほど粉から水への成分の移動が起こりにくくなるというデメリット」の対極に位置します。
別の視点では、注水に当たって手間も技術も細口ドリップポットも必要なく抽出ムラも起こりにくい浸漬式のメリットの対極に位置するとも言えます。
また、この違いが同じ時間で比較すると透過式の方が浸漬式より抽出(成分の水への溶解)が速く進行する理由の原理的な解説となります。
「成分の溶け出しやすさ」という観点から、これらの作用が与える風味への影響度をまとめると以下のようになります。
【不飽和の時間 長い⇒濃いめ 短い⇒軽め】
【飽和の時間 長い⇒濃いめ 短い⇒軽め】
【圧力の大きさ:不飽和 > 飽和】
※粉と水分は容器内に偏りなく広がっているものと仮定します。
温度
温度は圧力と切り離せない関係にあります。イメージで言うと、原子や分子がどれくらいの