基本編と応用編①では、コーヒー抽出の原理、それが働く仕組み、その効果についての骨子を明らかにして来ました。
抽出の全体像を見渡すために必要な基礎的な情報については整理が出来たのではないかと思います。
然るに、抽出レシピには主要なポイントとして【圧力】の種類と大きさが書き加えられる必要があるということになります。
しかしながら、同時に明らかとなった問題によって、現状はそれを基本ポイントに含めるべきではなく、応用ポイントとして慎重に扱うべきものであることも示されました。
- 抽出工程中の粉(および可溶性成分)に掛かる圧力が「どこで・どのように・どれくらい増減したか」を計測して数値化することは技術的に困難なので、その最終的な効果について表現する方法によっては混乱の元になってしまうこと。
※物理の世界では「非線形」「非平衡」と記述される状態で、その完全な解析と定式化は非常に困難とされています。
※圧力計・調整器付きのエスプレッソマシーンを除く
- 加減や粉の状態・器具との相性によっては、正反対の効果を与えてしまう場合があり、意図した通りの調整を施すには抽出全般への理解と経験が必要になって来ること。
- ここでは【圧力】と表現した、水(液体)が粒子(個体)と接触する際に働くいくつかの力や要因とコーヒー抽出との複合的な関係、またそれらと自然との関係について、私の説明がまだまだ十分ではないこと。
これらの未解決問題を回避する次善の策として、基本工程表においては「注湯量・ペース」として、ざっくり【分量】【時間】ポイントにまとめるという形を取っています。
実際にご自身でドリップする時、もしくはご覧になる機会がありましたら、まずは3つの基本ポイントを押さえた上で、応用的なポイントとして【圧力】について試行・確認を重ねるという方法でご活用頂くのが良いかと思います。
まとめ
コーヒーの抽出とは、ある【分量】の粉に含まれている水に可溶な成分をコーヒー水溶液中にどれくらい取り出すのかという「濃度調整」です。
そして、濃度変化に対して原理的に作用するポイントが【温度】【時間】【圧力】で、これらのバランスによって成分溶解量を調整することが抽出の本質的な役割です。
- 抽出液(コーヒー水溶液)全体中の成分量の割合 ⇒ 濃度(TDS)
- 粉量と溶け出した成分量の割合 ⇒ 収率
調整の効果について確かめる方法の一つが、風味傾向をこれらの基準によって数値化することです。
濃度計(糖度計)で計測した値から収率を計算することが出来ます。時々の官能評価や印象だけに偏らないように客観的な指標を得るための方法として、専門的なところでは数十年も以前からすでに活用されているものです。
※このような分析方法は、もともと農作物や水質の検査に関わる分野で長年用いられて来たもので、コーヒーの分野で消費者の間にも広く知られ始めたのはごく最近になります。
4つのポイントと収率の関係
バー全体が粉量100%を表し、■が抽出された成分量
残り■の大部分はセルロース(豆の細胞壁を構成する繊維質)
- 最大収率 30%弱
- 官能評価において適切な範囲とされるTDS濃度と収率 1.15~1.45% 18~22%
- 抽出例 条件:透過式・ペーパー・中煎り・中挽き・11g・抽出液150g
- 目標値:TDS濃度1.45%・成分量2.2g・収率20%
- 低収率 数%~10%前後
ポイント調整と風味の関係
抽出4つのポイントの加減によって起こる風味傾向の変化を示した簡略図です。各ポイントの組み合わせ方を変えてお好みを探してみましょう。
こうしてグラフ化すると分かる通り、【圧力】の説明・測定方法はなお不十分です。実際には「ポイント調整と風味の関係」のようにきれいな「線形」では表せません。
この関係性と変化について正確で具体的に表す方法を見つけることが、全体像をより明確にお示しするために必要なことと考えています。
また、抽出の原理を踏まえて方式・器具・手法を見渡してみると、それらは4つのポイントのいずれかに特定の傾向を与える役割を持っていること、それを実現するための工夫についても自ずと見えて来るのではと思います。
そして、明確な根拠を持ってご自身のお好みに合う組み合わせを選ぶこと、イメージ通りの調整が出来るようになることで、新たな楽しみが広がって行くのではと思います。
そこでは、ご自身が持っていたコーヒーやコーヒー屋の捉え方も以前とは違ったものになっているかもしれません。
その先にあるものとは?
これまではコーヒー抽出の基礎にある「水と粉の性質」に焦点を合わせて、目に見えるマクロ(巨視的)な部分と見えないミクロ(微視的)な部分の橋渡しと整理を目的にお話してきました。
それでは、ここから先の話にも少し触れてみたいと思います。
- どういう成分が私たちが感じているような風味を生み出しているのか?
- 抽出する成分ごとの比率はどこまで意図的に調整出来るのか?
実は、これらについてもまだ大まかにしか分かっていません。
コーヒーの風味を構成する要素は大きく「香り・酸味・苦味・甘味・うま味(油分?)」に分類されます。
そういった風味の素になる数百から千種類ほどの成分と抽出、そして私たちの感覚との関係がより明らかになって行く中で、新たな知見を基にした生産・加工方法や抽出方法が生まれて来ることは常に想定されます。
コーヒーが私たちの体や心に与えてくれる様々な影響についても、その多くはまだまだ謎めいていますが、新たな研究によって確証に近付いて行くものと思います。
そして、私たちの暮らしに関わってくる変化としては、AI搭載のロボットが自動で生豆の選択から焙煎、製粉、抽出までこなすようになり、いつでもあなたのその時の気分や体調に合わせたコーヒーを作ってくれるということが当たり前になるかもしれません。
それは、現代の知見と技術の組み合わせを持ってすれば可能な範囲のことなので、世界のどこかに無人のロボット販売店が出来ていたとしても、明日の朝キッチンにあったとしても、何の不思議もない段階に来ています。
すでに一部の分野では、高度なエンジニアリングとそれを制御するためのAIをいかに使いこなすか?というステージへと人の役割が移行しつつあり、否応なくコーヒーも全体の流れに合流することになると思います。
今回の記事で、これらのようなコーヒーの多様な魅力の一端をお伝え出来ていましたら幸いです。
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