抽出の基礎
コーヒー抽出において、「経験と勘」に頼る部分の多かった従来の手法は、環境や個人差によって結果が不安定になりやすいものでした。現代のコーヒー業界、特にスペシャルティーコーヒーと呼ばれるトップランクの品質を扱う領域では、物理化学的な原理に基づく科学的アプローチの導入を積極的に進めることによって、客観性と再現性を備えた抽出方法が確立されつつあります。
🔬 抽出の科学的原理
コーヒーの抽出は、決して魔法や職人技で成り立っている訳ではありません。その基礎的な仕組みについて、正面から向き合って学ぶ機会と気持ちさえあれば、どなたでも自分でおいしいコーヒーが作れるようになります。厳密な科学的理論や技術まで習得するためには大きなコストが必要ですが、大事なのは気持ちや認識に潜む見えない壁を乗り越えることです。それだけで、コーヒーについての正確な知識に基づく判断や安定した手法を扱うことが誰でも出来るようになります。
- 🌡️ 分子の運動と拡散: 温度が高いほど分子の運動エネルギーが増加し、コーヒー成分の水への溶解・拡散が促進されます。粒子の不規則な動き(ブラウン運動)から分子の存在を証明したのが、かのアインシュタインであり、抽出プロセスについて考える上で欠かすことの出来ない原理です。アレニウスの法則では、温度が10℃上昇すると反応速度は約2倍になると言われています。
- ⚖️ 濃度勾配による物質移動: コーヒー粉表面の高濃度域から水中の低濃度域への成分移動により抽出が進行します。この勾配の強さ(濃度差)が抽出の速さ(拡散速度)を決定します。また、各成分(酸類、糖類、カフェインなど)は固有の溶解度を持っています。すなわち、各成分の水への溶けやすさの差を利用することで風味調整を行うのが、私たちが「コーヒーの抽出」と読んでいるプロセスです。
- 🔄 表面積と接触時間(接触機会): 粉の粗さ(表面積)と水との接触時間の積は、成分溶解量の上限を決定する上で大きな要因となります。
📊 科学的指標による抽出制御
抽出に関わる現象を定量化したり、可視化したりすることで、安定した工程と結果を実現する(再現性を高める)ために用いられる、代表的な指標が以下です:
抽出液の濃度を数値化
理想値: 1.15-1.35% (SCA基準)
豆から抽出された成分の割合
理想値: 18-22% (SCA基準)
粉と水の質量比
理想地: 1:16-17(SCA基準)
これらの指標を理解し活用するためには、少し踏み込んだ学習と濃度計などの計測器具が必要ですが、示されている内容自体に難しい点はありません。ただ、普段の抽出では適当に扱われていたり、見過ごされたりしがちな要素というだけです。以下では、コーヒー抽出を成り立たせている基礎的な用語と仕組みについて簡潔に解説していきます。
基本用語
- ろ過分離 (Filtration): フィルターを用いてコーヒー液から粉を取り除く方法で、透過式抽出の基本となる分離方法です。注水方法、ドリッパー、フィルターなど抽出条件の違いが味わいに反映されやすい方法となります。
- 沈殿分離 (Sedimentation): コーヒー粉とコーヒー液を分離する工程の一つ。水に対する比重の違いを利用して粉を自然に沈殿させ、上澄み液を取る方法で、浸漬式抽出の基本となる分離方法です。
- 溶解度 (Solubility): 各成分ごとの水に溶け出す度合い。温度や時間によって変化する成分の拡散速度。
- 濃度勾配 (Concentration Gradient): コーヒー粉層内での濃度差。抽出が進むにつれて変化する。
- 温度勾配 (Temperature Gradient): コーヒー粉層内での温度差。抽出に影響を与える。
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ブリューレシオ (Brew Ratio): コーヒー粉の質量と抽出に使用する水の質量の比率。味わいの濃さ(濃度)を調整する重要な要素です。一般的に「粉量:注水量」で表記され、例えば1:15はコーヒー1gに対してお湯15gを使用することを意味します。
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ブリューレシオは、レシピの基本となる抽出条件の一つです。同じコーヒー豆、同じ抽出方法でも、ブリューレシオが異なるだけで味わいに違いが生まれます。例えば、1:15はバランスの取れた味わい、1:10は濃厚な味わい、1:18は軽やかな味わいになる傾向があります。
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TDS (Total Dissolved Solids:総溶解固形分): 抽出されたコーヒー液に溶け込んでいる物質の総量を示す指標で、主にコーヒーの濃度を表します。単位はppm(parts per million)または%で示されます。専用の濃度計(BRIX/TDSメーター)で測定します。SCA(スペシャルティコーヒー協会)の基準では1.15〜1.45%が理想的とされています。
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TDSは、コーヒーの濃度(強さ)を示す指標であり、高いほど濃く、低いほど薄い味わいになります。ただし、TDSが高いからといって美味しいコーヒーとは限りません。抽出は全体のバランスが重要です。
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抽出収率 (Extraction Yield): 投入したコーヒー豆の量と、実際に抽出された成分量の割合を示す指標です。TDSの値と抽出量、投入したコーヒー豆の量から計算されます。抽出の度合いを客観的に評価するために重要で、SCA基準では18〜22%が理想的とされています。計算式: 収率(%) = (TDS × 液量) ÷ 粉量 × 100
収率を指して抽出効率と表現されるようなケースも見られますが、収率は原料と収穫物の量ベースの比率であることが明確な用語として使われています。効率という言葉は何をベースとするかによって意味が大きく変わるので、この場合はあまり適切な表現とは言えません。さらに詳しく
抽出収率は、コーヒー豆からどれだけの成分が抽出されたかを示す指標です。高すぎると過抽出、低すぎると未抽出の状態と表現されます。目安としての理想的な収率の範囲は定められていますが、コーヒー豆の種類や焙煎度合い、抽出方法、何よりお好みによって調整することができ ます。
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抽出コントロールチャート (Brewing Control Chart): コーヒー抽出のおおまかなバランス(濃度と収率)を示すグラフ。横軸に収率(Extraction Yield)、縦軸に濃度(TDS)を取り、客観的
に抽出を把握したり、評価したりする上での代表的な指針となります。
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抽出コントロールチャートは、SCA(スペシャルティコーヒー協会)において採用されている表記方法で、コーヒーの抽出を科学的に分析するためのツールの一つです。チャートの中心付近が理想的な抽出とされ、右上にいくほど過抽出、左下にいくほど未抽出の状態を示します。
- 過抽出 (Over-extraction): 抽出時間が長すぎたり、粉が細かすぎたり、湯温が高すぎたり、ブリューレシオが高すぎたりすることによって、コーヒー豆の不要な成分まで抽出されてしまい、苦味や渋味が強く出てしまう状態。舌の奥に残るような嫌な苦味が特徴です。
- 未抽出 (Under-extraction): 抽出時間が短すぎたり、粉が粗すぎたり、湯温が低すぎたり、ブリューレシオが低すぎたりすることによって、コーヒー豆の美味しい成分が十分に抽出されず、酸味が際立ち、風味が弱く、輪郭のぼやけた薄い味わいになってしまう状態。ナッツ、出がらしのような穀物的な風味を感じることもあります。
- Q: コーヒーが苦すぎる・薄すぎるときはどうすればいいですか?
- A: 苦すぎる場合は粉を粗くする、湯温を下げる、抽出時間を短くしてみてください。薄すぎる場合は粉を細かくする、湯温を上げる、抽出時間を長くするか、コーヒー粉の量を増やしてみてください。
- Q: 家庭で美味しいコーヒーを淹れるには何から始めればいいですか?
- A: まずはコーヒー豆と水の比率(1:15程度)を計り(スケール)で測ることから始めましょう。新鮮な豆を使い、お湯の温度は90度前後が目安です。ドリッパーとペーパーフィルターがあれば十分美味しいコーヒーが淹れられます。
抽出コントロール
早い
軽やか
標準的
バランス
ゆっくり
濃厚
薄め
すっきり
標準
バランス
濃いめ
しっかり
(80-85°C)
酸味強調
(90-95°C)
バランス
(95°C以上)
苦味強調
(1-2分)
軽やか
(2-4分)
バランス
(4分以上)
濃厚
美味しいコーヒーへの道のり
- レシピ (Recipe): コーヒー抽出の条件をまとめたもの。再現性を高める。
- 変数 (Variable): 抽出に影響を与える要素(湯温、時間、粉量など)。変動要因
- 測定誤差 (Measurement Error): 分量や時間、TDSなどの測定におけるズレ、計算ミス。正確な情報伝達や再現性の阻害要因。
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外部環境 (External Environment): 周囲の温度、器具類の水平や配置、風など、抽出環境も味わいに影響を与える要素です。例えば、気温が低いと抽出温度が下がりやすく、風が強かったりドリッパーが傾いていたりすると抽出にムラが生じる可能性があります。ドリッパーやサーバー、カップが水平な場所に設置されているか、温まっているかなど、まずは安定した抽出環境を確保することが重要です。
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抽出環境は、見落とされがちですが、コーヒーの味わいに大きな影響を与える要素です。特に、屋外で抽出する場合は、風や気温の変化に注意が必要です。また、使用する器具の材質や形状によっても、保温性や熱伝導率が異なるため、抽出温度に影響を与えることがあります。
- 粉の粗さ (Grind Size): コーヒーの抽出速度や味わいに大きく影響する要素。抽出方法によって適切な粗さが異なります。細かすぎると表面積が増え、成分が過剰に抽出されて苦味や雑味が出やすく(過抽出)、粗すぎると成分が十分に抽出されず、酸味が強く風味が弱くなりがちです(未抽出)。
- メッシュ (Mesh): 粉の粒度やフィルターの網目の細かさを表す単位。ミルのダイヤル値やフィルターの網目の大きさは各メーカーや商品によってバラバラです。統一基準で表す場合、メートル法を用いてマイクロメートル(μm)単位で表すことが多いです。メッシュの国際規格を用いる場合、数値が大きいほど細かいことを指す点に注意。
- 微粉 (Fines): 挽いたコーヒー粉の中に含まれる非常に細かい粉。もともと成分が溶けだしやすい上に、フィルターの目詰まりを引き起こすことで、過抽出傾向で雑味の多い味わいの原因になることも。
- 蒸らし (Blooming): 本格的な抽出の前に少量の湯をコーヒー粉に注ぎ、蒸らす工程。コーヒー粉のガスを抜き、固着した成分をほぐすことで、粉層全体から均一な抽出を促す効果があります。
- ガス抜き (Degassing): 焙煎後のコーヒー豆から放出される炭酸ガスを抜くこと。新鮮な豆ほどガスを多く含み、抽出の妨げになることがあります。蒸らしはこのガス抜きを目的の一つとしています。
- コーヒー豆と水の量 (Coffee-to-Water Ratio): 抽出するコーヒーの濃度を大きく左右する要素。好みの濃さに合わせて、ブリューレシオと呼ばれる、使用するコーヒー豆とお湯の比率を調整します。
- 水温 (Water Temperature): コーヒーの成分抽出に影響を与える重要な要素。SCAA推奨は90-96℃、一般的なハンドドリップでは88-94℃が適切とされています。浅焙豆は高め(90-94℃)、深焙豆は低め(85-90℃)に設定するのが基本です。温度が低いと未抽出より、高いと過抽出よりとなりやすい傾向があります。
- 抽出時間 (Brewing Time): コーヒー粉が水に触れている時間。抽出方法や粉の粗さによって適切な時間は異なります。適切な抽出時間は、バランスの取れた味わいを実現するために重要です。短すぎると未抽出、長すぎると過抽出になります。
- 1投時間 (Pouring Time per Interval): 注水を複数回に分割する場合など、1回あたりの注水と待機に掛かる時間。総抽出時間に影響。
- 水の注ぎ方 (Pouring Pattern): ドリップコーヒーにおいて、注ぐスピード、湯量、注ぐ場所、軌道などが抽出の均一性や味わいに影響します。一定のリズムにコントロールして注ぐことが重要です。全体に回しかけるサークルポア(いわゆる「の」の字を書く)。中心のみに注ぐセンターポア、雫のようにポタポタと注ぐ滴下式注水法(いわゆる点滴)など。
- チャネリング (Channeling): 抽出中に水がコーヒー粉全体に均一に浸透せず、抵抗の少ない特定の箇所(チャンネル)を通って流れ出てしまう現象。抽出不足や過抽出を引き起こし、バランスの悪い味わいの原因となります。
- コーヒードーム (Coffee Dome): ドリップ抽出時にコーヒー粉の表面が膨らんで形成される丘状の盛り上がり。焙煎度が深く新鮮な豆ほど二酸化炭素の放出が活発で大きなドームを形成します。蒸らしの段階で顕著に見られ、抽出の均一性に影響を与える要素の一つです。
- 撹拌 (Agitation): 抽出中にコーヒー粉と水を意図的に混ぜ合わせること。コーヒー粉全体にお湯を均一に行き渡らせ、抽出ムラを防ぎ、成分の抽出を促進する効果があります。
- 流量 (Flow Ratio): 透過式ドリッパーでの抽出において、注水時やろ過時の液体の流れる速さを数値で表す際の指標。注水時とろ過時の流量のバランスによって、コーヒー粉への水の浸透時間に変化が生じ、味わいに影響を与えます。
- 目詰まり (Clogging): フィルターがコーヒー微粉で詰まること。抽出速度の低下によって過抽出による雑味の原因となる場合も。
- 湯温降下 (Water Temperature Drop): 抽出中にお湯の温度が下がる現象。成分の拡散速度に影響。
- 水の質 (Water Quality): 水に含まれるミネラル分(硬度など)やpHがコーヒーの風味に影響を与えることがあります。一般的に、硬度が低く、中性の水がコーヒーの風味を引き出しやすいとされています。
- コーヒー豆の鮮度 (Coffee Bean Freshness): 焙煎からの時間経過とともにコーヒー豆の風味は劣化します。新鮮な豆を使用することで、より豊かなアロマとフレーバーを引き出すことができます。
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コーヒー豆の熟成(エージング) (Bean Aging): 焙煎後のコーヒー豆は、時間経過とともにガスが抜け、メイラード反応などの化学変化が進みます。これにより、風味や口当たりが変化するため、抽出に影響を与える要素となります。豆の熟成度合いに応じてレシピを調整することで、よりポテンシャルを引き出した抽出が可能になります。
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コーヒー豆の熟成は、焙煎直後から始まり、数日後から数週間後が飲み頃とされることが多いです。熟成が進むと、酸味が穏やかになり、甘みやコクが増す傾向があります。ただし、熟成が進みすぎると、風味が劣化し、酸化したような味わいになることがあります。
- Q: コーヒー豆はどのくらい保存できますか?美味しく飲むコツは?
- A: 焙煎から2-4週間以内に使い切るのが理想的です。豆は密閉容器に入れて冷暗所で保存し、挽くのは淹れる直前にしましょう。焙煎直後よりも、2-3日置いた方がガスが抜けて味が安定します。
- Q: ドリップとエスプレッソ、どちらを選べばいいですか?
- A: 日常的に飲むならドリップがおすすめです。器具が手頃で、穏やかな味わいを楽しめます。濃厚な味わいやミルクと合わせたい場合はエスプレッソが適していますが、専用マシンが必要です。
抽出方式
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透過式 (Drip)
主に重力や蒸気圧を利用し、コーヒー粉に注いだ水を粉とフィルターに通すことでエキスを抽出する方法。幅広い分類であり、ハンドドリップやオートドリップ(コーヒーメーカー)、エスプレッソなどで用いられる方式の多くがこれに該当します。粉層内を水が流れるパターンと粉のろ過方法によって抽出する成分をコントロールできるのが特徴です。
この方式は「ろ過分離法」を応用したもので、フィルターを用いてコーヒー粉と液体を物理的に分離しながら抽出を行います。ドリッパーやフィルターの仕様が風味に大きく影響します。
- ハンドドリップ・ポアオーバー (Hand Drip / Pour Over): ドリップコーヒーの中でも、特に手動で丁寧にお湯を注ぎながら抽出する方法を指します。湯の温度、注ぐスピード、量、軌道などをコントロールすることで、繊細な味わいを引き出すことができます。
- エスプレッソ (Espresso): 透過式の一つで、高い圧力(約9気圧)のお湯を短時間(約25〜30秒)で細かく挽いたコーヒー粉に強制的に通過させ、高濃度のコーヒーを抽出する方法。空気圧や蒸気圧を利用して注水時の水圧を生み出す機構を備えています。高圧で抽出された油脂分と炭酸ガスの効果でクレマと呼ばれる白から褐色の細かい泡が浮き立つという特徴があり、凝縮された風味とコクがあります。
- エアロプレス (AeroPress): シリンダー状の器具にコーヒー粉とお湯を入れ、空気圧を利用してコーヒーを抽出する比較的新しい方法。手軽に持ち運びもでき、抽出時間の調整や逆さにするなどの多様なレシピで抽出可能です。
- マキネッタ (Moka Pot): イタリア発祥の直火式エスプレッソメーカー。下部のボイラーで沸騰したお湯が蒸気圧でコーヒー粉を通過し、上部のチャンバーに抽出される仕組み。家庭で手軽にエスプレッソのような濃厚なコーヒーを楽しめます。
- パーコレーション (Percolation): 容器の下部で加熱したお湯を管を通して上部のコーヒー粉に循環させて抽出する方法。現在ではあまり一般的ではなく、アウトドア用の簡易抽出器具として用いられることが多い。高加熱、金属フィルターなどの条件によって力強くワイルドな風味が楽しめます。
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浸漬式 (Immersion)
コーヒー粉全体を水に浸して抽出する方法の総称。ここでは、「沈殿分離法」を主とし、容器の底に粉が沈んだままで上澄みを取る方式で分類しています。透過式に比べて抽出時間はやや長く掛かる場合が多く、微粉が味わいを損ないやすいというデメリットがありますが、器具や工程がシンプルなため、いつでも安定した風味が得られやすいという特徴があります。
- フレンチプレス (French Press): 粗挽きのコーヒー粉を容器に入れ、お湯を注いで4分程度浸した後、プランジャー(フィルター付きの押し具)で粉を押し下げて抽出する方法。金属フィルターのため、コーヒーオイルが抽出され、芳醇でコクのある味わいが特徴です。
- トルコ式(Turkish): 極細挽きのコーヒー粉と水を、イブリックという専用の小鍋に入れ、砂で加熱して煮出す方法。粉と一緒に飲まず、上澄みだけを味わいます。ユネスコの無形文化遺産に登録されている伝統的な抽出方法です。
- コピ・トゥブルック (Kopi Tubruk): インドネシアの伝統的な抽出方法。細挽きのコーヒー粉に熱湯を注ぎ、粉を沈殿させて上澄みを飲む、シンプルな浸漬式抽出です。
- カッピング(Cupping): SCAA(米国スペシャルティコーヒー協会)等で標準化された品質評価方法。統一された条件で抽出することで、豆本来の風味を客観的に評価します。
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複合式 (Hybrid)
- サイフォン (Siphon): 沸騰したお湯の蒸気圧と冷却時の真空圧を利用してコーヒーを抽出する器具。フラスコとロートで構成され、液体が自動的に移動していく視覚的な面白さもあります。加熱と冷却によって抽出をコントロール出来る独特な操作が特徴です。ネルフィルターを用いたコクのある味わいも特徴。準備と片づけに手間がかかります。
- クレバー式(Clever): クレバードリッパーという弁付きの専用ドリッパーを用いる方式。サーバーやカップの上に置くことで自動的にろ過が始まる仕組み。はじめはドリッパー内で浸漬状態が保たれ、弁が開いた段階からは透過状態となる。透過と浸漬を意図的に切り替えられるハリオスイッチドリッパーなどの製品も増えて来ており、抽出分野での新たな流行となっています。
- ドリップバッグ式(Drip bag): ドリップバッグとは、簡易ドリッパーとフィルター、挽いた粉が一体化した製品で日本発祥。サイズはカップ一杯分。カップに乗せる、または引っ掛けるだけでドリップが出来る便利さと個包装による保存性が売り。注ぎ始めの段階は透過式ですが、カップにコーヒーが貯まってくると、ドリッパーが徐々にコーヒー液に浸かり始め、後半は浸漬状態で抽出が進行します。つまり、元祖ハイブリッド方式と言えます。
透過式と浸漬式の要素を併せ持つ方式。もしくは、どちらの方式でも可能な抽出方式。複合式という分類は一般的なものではありませんが、近年は抽出プロセスが複雑化し、どちらとも言えない方法が増えて来たため、当店では新たな分類を設けることで整理しています。
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水出し式 (Cold Brew)
水出し式は、抽出に用いる水の温度による分類であり、透過式や浸漬式といった分離方法による分類とは異なります。一般的に25℃以下の水を使用して抽出を行います。抽出温度は低いですが、アイスコーヒー専用という訳ではなく、温めてホットとして楽しむことも出来ます。
常温(25℃)に近い水を用いるため、熱湯に比べて成分が溶け出すのに多くの時間が必要になります。熱を加えないため、揮発や化学変化などによってコーヒー豆本来の風味が損なわれにくく、苦味や酸味が抑えられ、甘みとスッキリした味わいという独特の特徴があります。
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水出しコーヒーの特徴:
- 抽出温度: 15-25℃程度。温度が低いほど抽出に時間がかかりますが、より繊細な風味を引き出せます。
- 抽出時間: 8-24時間。豆の焙煎度や粒度、目的の濃さによって調整します。
- 粒度: 中粗挽きから粗挽き。細かすぎると苦味が出やすくなります。
- ブリューレシオ: 一般的に1:8から1:12。濃縮液として抽出し、飲む時に希釈することも可能です。
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抽出方式による分類
- 複合式: あらかじめ専用のフィルターパックに粉を詰めて水に浸しておく方式。もしくは、コーヒー粉を水に浸し、一定時間後にフィルターで濾過する方式。
- 透過式(滴下式): ドリッパーにコーヒー粉を入れ、常温の水を専用の注水器具で少しずつ注いで抽出する方法。
- 氷出し方式: コーヒー粉の上に氷を置き、溶けた水で徐々に抽出する方法。滴下式の一種に当たります。最も低温で抽出できるため、繊細な風味を引き出せます。
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専用器具
- 水出しポット: フィルター付きの浸漬容器。家庭用として人気があります。
- コールドブリューメーカー: 水滴の落下速度を調整できる専用器具。
- フィルターバッグ: 不織布製の専用バッグ。手軽に水出しを楽しめます。
- Q: ドリップとフレンチプレス、どちらが初心者におすすめですか?
- A: 初心者の方にはフレンチプレスがおすすめです。ブリューレシオを元に計量してお湯を注ぎ、4分ほど待って押すだけで、安定して美味しいコーヒーが作れます。ハンドドリップには注ぎ方などの技術的なノウハウも必要ですが、慣れればより繊細な味作りができます。
- Q: 水出しコーヒーは普通のコーヒーと何が違うのですか?
- A: 水出しコーヒーは冷たい水でゆっくりと成分が抽出されるため、強い苦味や酸味、渋味(いわゆる雑味)が溶け出しにくく、まろやかでスッキリした味わいになりやすいです。
アイスコーヒーの抽出方法
アイスコーヒーは、基本的にどの抽出方式でも作ることができます。抽出したコーヒーを冷却する工程を加えることで、それぞれの抽出方式の特徴を活かしたアイスコーヒーを楽しむことができます。
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急冷式 (Flash Brew)
熱湯で抽出したコーヒーを素早く冷却する方式です。はじめの抽出自体は通常のホットコーヒーと同じ(レシピは異なる)で、ドリップやエスプレッソなど、あらゆる抽出方式に適用できます。香り高く、キレのある味わいが特徴で、水出しとは異なる風味プロファイルを持ちます。
- 直接冷却方式: コーヒーに直接氷を加えて冷やす方法。
- 間接冷却方式: コーヒーを氷水や冷却器で外部から冷やす方法。
- 氷水冷却: サーバーを氷水に浸して冷やす方法。希釈を避けられる。
- 冷却コイル: 専用の冷却器を通してコーヒーを冷やす方法。業務用に多い。
- Q: アイスコーヒーを作るのに、急冷と水出しでは味が違うのでしょうか?
- A: はい、大きく違います。急冷は熱いコーヒーを急速に冷やすので、香りが高くキレのある味わいに。水出しは最初から冷水で長時間かけて抽出するので、まろやかですっきりした味わいになります。好みに合わせて選んでみてください。
- Q: コーヒーの道具はどのように揃えればいいですか?
- A: まずはドリッパー、ペーパーフィルター、計量カップ、サーバーから始めましょう。慣れてきたら、コーヒースケール(タイマー付き)、細口ケトル、コーヒーミルを追加すると、より美味しいコーヒーが作れます。
抽出器具
器具類は目的の抽出方式とレシピを実行するためのサポーターです。特に初心者の段階では、器具を最優先で考えてしまうことから抽出の沼にハマりやすくなる点に注意が必要です。
ドリッパー
- V60 (ハリオ): 透過式円錐形ドリッパーの代表格。大きな一つ穴とスパイラルリブが特徴で、透過速度が早めで抽出時間をコントロールしやすく、クリアな味わいに。
- カリタウェーブ (Kalita Wave): 平底で3つの穴が開いたドリッパー。コーヒー粉の状態が均一に保たれやすい。
- カリタ三つ穴 (Kalita Wave): 台形で3つの穴が開いたドリッパー。安定してバランスの良い味わい。陶器製のものには保温性がある。
- メリタ一つ穴 (Melita): 台形で1つの穴が開いたドリッパー。透過速度がゆっくりで浸漬式に近く、仕上りの安定性がある。
- コレス コーンドリッパー (cores): 純金メッキのメタルフィルター一体型ドリッパー。雑味が少なく、コーヒーオイルも抽出できるため、豆本来の味を楽しめます。
- カフェック フラワー (CAFEC): 花びらのようなユニークな形状のリブが特徴の円錐形ドリッパー。フィルターとの密着を防ぎ、スムーズな抽出を促します。様々な素材のモデルがあります。
- オリガミ(Trunk coffee): 日本のロースター発祥の円錐形ドリッパー。カリタウェーブフィルター平底にも対応している。デザイン性が高くカラーや素材に様々な種類がラインナップされている。
- ハリオ スイッチ (Hario Switch): 透過式ドリッパーとしても、浸漬式ドリッパーとしても使える2wayドリッパー。その名の通りスイッチ一つで抽出方式を切り替えられます。
- クレバードリッパー (Clever Dripper): 弁付きの浸漬式ドリッパーで、お湯を注ぎ終わったらサーバーに置くまで抽出が止まる浸漬式ドリッパー。手軽に安定した味わいを実現。
- リブ (Rib): ドリッパー内側の突起。フィルターとドリッパーの密着を防ぎ、空気の抜け道を確保。
フィルター
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紙フィルター (Paper Filter): 微細な粒子やオイル分を吸着するため、クリーンでスッキリとした味わいになる。使い捨てが一般的。様々なメーカーから、素材や形状に工夫を凝らした製品が販売されています。
- CAFEC アバカシリーズ
- 各社純正品多数、円錐、台形、平底、漂白、無漂白など種類が豊富。
- sibalist 化学繊維混成フィルター
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金属フィルター (Metal Filter): コーヒーオイルや微粉を通すため、コクやボディ感のある、豆本来の風味が楽しめる味わいになる。繰り返し使用可能。
- cores シングルウォールゴールドフィルター
- ネルフィルター (Cloth Filter): 布製のフィルター。ペーパーフィルターよりもオイル分を通し、金属フィルターよりは微粉を抑えるため、まろやかでコクのある味わいになる。使用後の手入れが必要。
- セラミックフィルター (Ceramic Filter): 多孔質のセラミック素材で作られたフィルター。耐久性が高く、微細な穴によってコーヒーオイルを程よく通しながら、雑味の原因となる微粉を効果的にろ過。独特の清涼感のある味わいが特徴。
- 不織布フィルター (Non-woven Filter): 繊維を織らずに熱や圧力で接着させて作られたフィルター。紙フィルターと比べて目詰まりが少なく、程よい通気性と濾過性を持つ。耐久性があり、複数回使用可能なものも。
- 化学繊維フィルター (Synthetic Fiber Filter): ナイロンやポリエステルなどの化学繊維で作られたフィルター。耐熱性と耐久性に優れ、繰り返し使用可能。微粉の除去とオイル分の通過のバランスが取れており、クリアでありながらもコクのある味わいを実現。
サーバー
- ガラスサーバー (Glass Server): 抽出されたコーヒーを受けるための容器。コーヒーの抽出量が見やすく、におい移りが少ないのが特徴。ハリオ、カリタなど様々なメーカーから販売。
- ステンレス断熱ボトル (Stainless Steel Server): 保温性が高く、割れにくいのが特徴。通勤時などの持ち運び、アウトドアなどでも活躍。京セラ、サーモスなどが人気。
ドリップケトル
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細口ケトル (Gooseneck Kettle): 注ぎ口が細く、湯量をコントロールしやすいケトル。ハンドドリップコーヒーには必須。
- ハリオ V60ドリップケトル ヴォーノ
- カリタ ドリップケトル カッパーシリーズ
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温度計付きケトル (Temperature Control Kettle): 湯温を正確に管理できるケトル。コーヒーの風味を的確にコントロールするために重要な機能。
- 山善 電気ケトル
- Brewista Artisan Gooseneck Kettle
- FELLOW Stagg EKG
カップ
- セラミックカップ (Ceramic Cup): 耐熱性、保温性が高く、様々なデザインがある。
- グラスカップ (Glass Cup): コーヒーの色や層を楽しめる。耐熱ガラス製が多い。
- ステンレスマグカップ (Stainless Steel Cup): 保冷性、耐熱性、耐久性が高く、アイスコーヒーやアウトドアにも適している。
その他の抽出用の器具
- メジャースプーン (Coffee Measuring Spoon): コーヒー豆を計量するためのスプーン。一杯あたりの容量はメーカーや種類によって異なります。一般的に約8〜12g程度です。
- コーヒースケール (Coffee Scale): コーヒー豆や抽出するお湯の量を正確に計測するための器具。ブリューレシオを再現性高く調整する上で非常に重要です。タイマー機能が付属しているものが多く、抽出時間の管理にも役立ちます。
- 濃度計 (Concentration Meter): 抽出したコーヒーの濃度(TDS)を測定する機器。客観的な数値で抽出を評価するために使用します。BRIX/TDSメーターなど。
- ドリップスタンド (Drip Stand): ドリッパーとサーバーを固定し、安定した抽出をサポートする器具。高さ調整や複数ドリッパー対応など、様々な種類があります。 エスプレッソマシン (Espresso Machine): 高圧でエスプレッソを抽出するための専用マシン。手動式、半自動式、全自動式などがあり、家庭用から業務用まで様々な種類があります。
- Flair Espresso
- ROK Espresso Maker
- 電動式エスプレッソマシン
- デロンギ (De'Longhi): デディカ、マグニフィカ、プリマドンナなど
- Gaggia: Classic、Babilaなど
- Breville: Barista Express、Dual Boilerなど
- JURA: Eシリーズ、Zシリーズなど
- La Marzocco: Linea Mini、GS3など (家庭用・業務用)
- タンパー (Tamper): エスプレッソ抽出時に、フィルターバスケットに入れたコーヒー粉を均一な力で押し固めるための器具。粉の密度を均一にし、抽出ムラを防ぎます。
関連用語
- 点滴抽出 (Drip Extraction): ポタポタと点滴のように水を落とし、長時間掛けて抽出する方法。ネルドリップ、水出し、氷出し方式などで用いられる。このような注水方法については、一般的に滴下式と呼ばれる。
- スピン (Spin): ドリッパー内でコーヒー粉を回転させるテクニック。攪拌効果を高める。
- リンス (Rinse): フィルターペーパーを湯通しすること。本来の紙臭さを除くという目的は現代では不要となりつつある。当店では、ペーパーをドリッパーに定着させる、器具を予熱する、器具を洗浄するといった抽出状態を安定化するための複数の目的で行う。
- コーヒースラリー (Coffee Slurry): コーヒー粉とお湯が混ざり合った泥状の状態。
- チャネリング (Channeling): ドリップ中にお湯が粉の特定箇所に偏って通り抜ける現象。抽出ムラの原因。
- サイドチャネリング (Side Channeling): フィルターの側面をコーヒー液が通り抜ける現象。透過式では通常の現象だが、量が多すぎると未抽出傾向になる。
- バイパス (Bypass): 高濃度に抽出したコーヒーに加水して濃度を調整する手法。抽出後半にかけて増加しやすい雑味を軽減したクリーンな味わいを目的とする。
- クレマ (Crema): エスプレッソ抽出時に形成される、きめ細かな泡層のこと。コーヒーオイルと二酸化炭素が乳化して生まれる、白から褐色の泡で、新鮮な豆ほど豊かなクレマが形成されます。クレマの質や量は、豆の鮮度、挽き目、抽出温度、圧力など、様々な要因によって変化します。エスプレッソの品質を評価する一つの指標とされています。
- 4:6メソッド (4:6 Method): Philocoffea代表の粕谷哲氏が提唱する抽出手法の一つ。注水量と抽出時間を4対6の比率に分けて、最終的な濃度と風味のバランスをコントロールするというもの。
- メソッド (Method): 方法、手順。
- フレーバーポテンシャル (Flavor Potential): コーヒー豆が持つ香味の潜在能力。良否を含む。抽出とは、それらの全てを引き出すことではなく、目的に沿って適切に引き出すこと。
