風味とは
コーヒーの風味は、人の五感を刺激する複雑な要素の組み合わせです。単に「味」だけでなく、香りや口に含んだ時の感触、後味など、総合的な印象を指します。
素材・加工・環境による多様な風味の変化
コーヒーの風味は素材と加工によって風味が作り出されます。そして、飲む時の香り、温度、カップの形状、一緒に食べるものなどの影響を受ける味覚の性質によって、その感じ方が変わったりもします。
さらに、その場所や一緒にいる人など、様々な環境や心理的な要因までもが織り重なることで、各々の人の中で複雑なグラデーションを生み出すものです。
化学的な成分と風味の関係
コーヒーの風味は、数百種類にも及ぶ化学物質の複雑な相互作用によって生まれます。これらの成分は、コーヒーの生育、精製、焙煎、そして抽出といった各段階で生成・変化し、特定のフレーバーノートと深く関連しています。
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トリゴネリン:
- 生成段階: 生豆に蓄積、焙煎で一部がニコチン酸に変化。
- フレーバーノートとの関連性: 焙煎香、わずかな苦味。
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クロロゲン酸類:
- 生成段階: 生豆に蓄積、焙煎で分解。
- フレーバーノートとの関連性: 酸味、収斂味、焙煎が進むと苦味成分も生成。
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カフェイン:
- 生成段階: 生育過程で生成、豆に多く含まれる。
- フレーバーノートとの関連性: 強い苦味、風味の骨格。
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糖類 (ショ糖、果糖、ブドウ糖など):
- 生成段階: 生豆に蓄積。
- フレーバーノートとの関連性: 直接的な甘味はわずか。焙煎でカラメル化し、甘い香り、香ばしさを生む。
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アミノ酸:
- 生成段階: 生豆に存在。
- フレーバーノートとの関連性: 焙煎で糖と反応(メイラード反応)、香ばしさ、ローストナッツ、チョコレート風味、褐色を生む。
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脂肪酸:
- 生成段階: 豆の細胞内に存在。
- フレーバーノートとの関連性: マウスフィール(口当たり)、コク、滑らかさ、香りの持続性。
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揮発性化合物 (数百種類):
- 生成段階: 主に焙煎中(アミノ酸と糖の熱分解・反応)。
- フレーバーノートとの関連性:
- ピラジン類: ナッツ、ロースト、土のような香ばしさ(深煎りで増加)。
- フラン類: 甘く香ばしい、カラメル、アーモンド、トースト。
- エステル類: フルーティー(ベリー、リンゴなど)、フローラル。
- アルデヒド類: 青っぽさ、草っぽさ、柑橘類(焙煎初期に生成)。
- フェノール類: スモーキー、スパイシー、薬草。
- 硫黄化合物: ロースト野菜、ゴム(少量で複雑さを付与)。
主要な酸味成分とフレーバーノート
酸味成分は、コーヒーチェリーという果実の種であるコーヒー豆が元来持っている成分です。日本では深煎りのコーヒーが一般的だったため、酸味の種類や量とコーヒーの風味の関係はあまり知られていません。酸味が風味の豊かさや奥深さを生み出す要素と知れば、その感じ方も変わるかもしれません。
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酢酸:
- 生成段階: 発酵、焙煎。
- フレーバーノートとの関連性: 爽やかでシャープな酸味、過剰だと酢のような刺激臭。
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クエン酸:
- 生成段階: 生豆に自然に存在。
- フレーバーノートとの関連性: レモンやライムのような明るく爽やかな酸味。
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リンゴ酸:
- 生成段階: 生豆に自然に存在。
- フレーバーノートとの関連性: リンゴや洋梨のような、丸みのある穏やかな酸味。
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酒石酸:
- 生成段階: 生豆に自然に存在。
- フレーバーノートとの関連性: ブドウのような、やや渋みを伴う酸味。
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リン酸:
- 生成段階: 生豆に自然に存在。
- フレーバーノートとの関連性: 明るさやミネラルのニュアンス。
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キナ酸:
- 生成段階: クロロゲン酸の焙煎分解。
- フレーバーノートとの関連性: 苦味や収斂味(特に深煎り)。
成分が生成される段階
- 生産段階(栽培・精製): 品種、環境(土壌、気候、標高)、精製方法(ウォッシュド、ナチュラル、ハニーなど)で、糖類、有機酸、アミノ酸などの風味の前駆体となる成分が蓄積。発酵は、酢酸や乳酸などの生成を通じて、風味の多様性に影響。
- 焙煎段階: 熱で化学変化。メイラード反応(糖とアミノ酸)、カラメル化(糖の熱分解)、ストレッカート分解(アミノ酸の分解)で、数百種の香気成分、苦味成分が生成。浅煎りは酸味が強く、深煎りは苦味、香ばしさが強い。
- 抽出段階: 焙煎豆から、湯温、抽出時間、粒度で成分が溶け出す。高温ほど多く抽出されるが、望ましくない成分も。適切な抽出が風味のバランスに重要。
五味(味覚神経にある受容体の種類)
- 甘味 (sweetness): 砂糖のような甘味はわずか。香りや粘性など、甘さを想起させる総合的な感覚。焙煎によるカラメル香などが要因。
- 酸味 (acidity): 有機酸による酸味。爽やかさ、フルーティーさなど。クエン酸、リンゴ酸、酢酸など。精製や焙煎で変化。
- 苦味 (bitterness): カフェイン、クロロゲン酸、メラノイジンなどによる苦味。深煎りで増加。
- 塩味 (saltiness): ミネラル(カリウム、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム)による塩味。微量だが、水の硬度で甘味や酸味を引き立てたり、苦味、ボディを強くしたり。
- 旨味 (umami): コーヒーオイル、タンパク質(アミノ酸)、繊維質などによる旨味。粘性でコク、深み。
五味以外の味覚
- 辛味
- 喉越し
- 返り香
風味の構成
カッピング(Cupping)という国際的なコーヒー豆の評価方法では、風味を以下の分類に分けて点数を付け、総合点で評価するという仕様となっています。おおまかなグレードとしては、100点満点中の90点以上がトップスペシャルティ、80点以上がスペシャルティ、70点以上がプレミアム、それ以下がコモディティーのように分けられます。
- アロマ (aroma): 粉、または抽出前の香り。揮発性の高い香気成分。例: フローラル、フルーティー、ナッツ、チョコレート、スパイシー
- フレーバー (flavor): 口に含んだ時の香り、味、触感の総合的印象。味覚、鼻に抜ける香り(オーラルアロマ)が重要。例: バランスが良い、複雑、クリーン、個性的、円熟
- アシディティ (acidity): 酸味。ポジティブな要素。明るさや輪郭。例: 明るい、キレがある、ジューシー、穏やか、心地よい
- スイートネス (sweetness): 甘味。ポジティブな要素。例: ハチミツ、キャラメル、ブラウンシュガー、メープル、フルーティー
- ビターネス (bitterness): 苦味。豆の種類、焙煎度合いで変化。例: ビターチョコ、ダークチョコ、心地よい、尖った、焦げた
- ボディ (body): 質感。重さ、粘度、舌触り。例: さらっと、なめらか、ベルベット、シロップ、重厚
- アフターテイスト (aftertaste): 飲み込んだ後の感覚。持続性や質。例: 長く続く、クリーン、心地よい、スパイシー、チョコ
- ユニフォーミティー (uniformity): 均一性。複数カップでの一貫性。例: 一貫性がある、均一、安定
風味の評価方法
- テイスティング (tasting): 風味評価全般。
- カッピング (cupping): 専門的な評価方法。世界標準ルール。🔗Evolving the SCA Cupping Protocol and Form - SCA
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フレーバーノート (flavor note): 風味の具体的表現。例: チョコ、ナッツ、ベリー
- 代表的な表現:
- フルーティー: ベリー、シトラス、トロピカルフルーツ
- フローラル: ジャスミン、ローズ、ラベンダー
- ナッツ: アーモンド、ヘーゼルナッツ
- チョコレート: ダークチョコ、ミルクチョコ
- スパイス: シナモン、クローブ
- ハーバル: 緑茶、ハーブ
- スイート: キャラメル、バニラ
- その他: トースト、シリアル、スモーク
- フレーバーホイール (flavor wheel): フレーバーノートの関係の体系的分類図。詳細表現のガイド。🔗SCAAの新しいコーヒーフレーバーホイールを日本語に翻訳してみた【印刷用PDF付き】 - 山と珈琲さん
- 濃度 (strength): 成分の濃さ。TDS(総溶解固形分)で測定。
- 収率 (Extraction yield): 豆(粉)の量に対する、抽出液中の成分量の割合。抽出効率の指標。
- ブリューイング (brewing): 抽出(醸造)。
- ブリューイングコントロールチャート (brewing control chart): ブリューレシオ・濃度・収率の関係のグラフ。抽出分析、コントロール用。理想範囲を知るツール。🔗コーヒーの可視化と計算を可能にするブリューレシオ・TDS濃度・収率とは? – 抽出コントロールチャート生成アプリ
コーヒーの薬理効果
コーヒーにはカフェインをはじめとする様々な生理活性物質が含まれており、人の身体に様々な効果をもたらすことが知られています。
- カフェイン: 覚醒、集中力向上、利尿効果。適量なら一般的に安全。
- クロロゲン酸類: 抗酸化作用、血糖値・血圧への影響など、健康効果が研究中。
- トリゴネリン: 焙煎でニコチン酸(ビタミンB3)に変化、代謝に関与。
- ジテルペン類 (カフェストール、カーウェオール): 抗酸化、抗炎症作用が研究中。カフェストールは血中コレステロール上昇の可能性も。
- メラノイジン: 抗酸化作用、腸内環境への影響が研究中。
注意点:これらの成分による確かな効能については研究途上であり、人の暮らしと健康に関するさらなる研究が期待されるという段階です。コーヒーの摂取は、個人の体質や健康状態、摂取量などを考慮し、生活に彩りを添える食品として楽しむことが第一です。
参考文献
- Adriana Farah, Carmen Marino Donangelo, "Phenolic compounds in coffee", Brazilian Journal of Plant Physiology, 2006. (https://www.scielo.br/j/bjpp/a/cbSqnBPFFvhRTvKFm6WNQWC/)
- Specialty Coffee Association, "Protocols & Best Practices" (https://sca.coffee/)
- Emma Davies, "Coffee flavor chemistry", RSC Publishing, 2017. (書籍)
- The Coffee Roaster's Companion / Scott Rao, 2014. (書籍)