粉量と注水パターンの関係を定式化する
この記事のテーマは、「ご自身の意図に沿ったコーヒーレシピを作成するための最短確実な手段」をご提供することです。
そこで、「再現性の高い抽出レシピの作り方①&②」を踏まえて、当店が独自に開発した抽出レシピ作成方法についてご紹介しています。
記事①と②までの内容をまとめると、コーヒー抽出において中級に当たる理論の骨子は、次のような式で表すことが出来ます。
・固定レシピ + 固定工程レシピ ⇒ 一定濃度・収率
今のところ当店では、コーヒー抽出の再現性を高める目的において、重要かつ共有可能な指標としては、「濃度」が最もふさわしいと考えています。
よって、「コーヒーの濃度を目的の値に導くための抽出条件と注水パターンの求め方」について、出来るだけ明確な形で表すことを重視したレシピ作成手法となっています。
シンプルに言い換えると、ブレないレシピの作り方です。
ただし、単に既知の手順を整理するだでなく、次の大きなマイルストーンに到達するため、多くの方がこれまでに聞いたことがないであろう条件や注意点を含みます。
ある抽出条件からの濃度の予測と事前調整を具体的な数値で可能にすること
ここからの試みは、「透過式の構造的問題について出来る限り追求するとしたら…」という前提に立ったものなので、言わば、未知の領域を探検して行くような話です。
再現性が高いと言葉で言うのは簡単ですが、それは結果を予測可能にすることと実質的な意味で同等ということであり、その結果が生じる仕組みをコントロール可能でなくてはなりません。
実は、コーヒー抽出において本来の再現性を得るには、現状かなり困難な障壁が存在します。
これまでのレシピ作成プロセスは、抽出の基礎的な仕組みとコントロール方法というルールが曖昧なまま、既存のパーツを並べ変えて当たりを探して行くという手順なので、結果の予測はおろか、再現性さえままならない原始的な手法でした。
よって、①記事のテーマ「抽出条件と工程の間にある連動的な関係」、②記事のテーマ「計測による対処法」という下準備をして探究に臨み、そこで獲得した新たな知見に基づいて、レシピ作成プロセスを土台から再構築して行く必要がありました。
その成果をご家庭でもお使い頂けるように、具体的な値や計算方法を示しながらガイドラインに沿って解説して行きますので、ご活用頂ければと思います。
※お試し頂く際には、最低限の精度を確保出来る器具類が必要になります。
濃度計・温度計・計り・タイマーなどの計測器、細口で水切れの良いドリップポット、安定した濾過抽出の仕組み(メーカー製ドリッパーと適合するフィルターのセット)、細かいメモリ付きサーバーなど。
杯数(分量)が多くなるほど、細かな変動による最終的な風味への影響は緩和されて行くので、安定した結果が得られます。
ただし、人間の味覚については、人それぞれの面や風味以外の総合的な刺激が加味される面もあるので、あまり細かい数値まで気にしない方が良いとも思います。
抽出中の液体の流れについて整理する ※2024/11更新
※更新前は、便宜的に「流量(g/s)」のことを「流速」と表現していた部分を訂正しました。
コーヒー抽出に関して、「流量」という言葉が使われる場合、一体どんな量を指しているのでしょうか?
まず、注水された水が粉の層を通って抽出液となり、サーバーに貯まるまでに辿る道筋を一本の経路と考えてみます。
その経路上には、ドリップケトルなどから注がれる水の量、また、フィルターを透過するろ液の量、あるいはサーバーに溜まった抽出量など、抽出中の液体には、段階ごとに異なる量と速さがあります。
抽出工程の定式化という試みに当たっては、それぞれの値をきちんと区別して扱うことが重要なって来ることから、それぞれの工程上の位置付けについて整理した上で、言葉の意味も明確にしておく必要があります。
物質の流れの大きさを表す場合、
体積流量(L/s) = 流速(m/s) * 断面積(m²)
のように表すのが一般的です。
しかしながら、コーヒー抽出に関しては、スケールを使って重量を測定する方が手軽なため、
質量流量(g/s) ⇒ 体積流量を「水の密度:1ml/g」として換算した値
で表す習慣となっています。
すると、上に挙げたいくつかの流れについては、
- 注水流量:注水量 ÷ 注水時間
- ろ過流量:ろ液量 ÷ ろ過時間
- 全体流量:抽出量 ÷ 抽出時間
と表すことが出来ます。
つまり、流量とは、「単位時間当たりに流れる物体の重さ」を表した言葉です。
ろ過流量が変化する条件(抵抗)とは?
注水スタート時点の流量が、経路の状態による影響を受けてろ過流量に変化したと捉えると、経路の状態とは、「抵抗(水の流れにくさ)」と考えることが出来ます。
抵抗を決定している要因と、それが不安定となる条件とは何か?
※以下は、各要因において、抵抗が大きくなる(液体が流れにくくなる)場合の条件
- 豆が浅煎り(繊維質の密度が高い)
- 豆の鮮度が低い(ガス量に伴う粉の膨らみが少ない)
- 粉の挽き目が細かい・微粉が多い
- フィルターのメッシュが細かい
- フィルターの層が厚い
- フィルターの実効濾過面積が小さい(濾過機構との兼ね合いで変わる)
- ドリッパーの流出口が小さい・少ない
- ドリッパーのリブが低い・溝が少ない
※フィルターの壁面に貼り付いた部分は液体・気体が透過しなくなるので、ろ過速度が落ちる
- 注水流量が少ない
- 滴下式はじめ、粉の対流が起こりにくい程度の速さ
- ドリッパーに滞留する水量が少なく、水の深さによって発生する水圧が小さい
これらの要因が重なり合うことで、経路全体の抵抗が流量に対して大きくなり過ぎると、途中で水の流れが止まったり、極端に減少したりする「目詰まり」と呼ばれる現象が起こります。
どの値だと目詰まりするのか?という疑問への答えは、各ケースの条件によって変わります。
ろ過流量が不規則に変化する、ということは、粉と水の接触機会も不規則に変化する、ということを意味します。
この不安定さが、抽出工程の変化と抽出結果について、一貫した因果関係を見出す試みを非常に困難なものとしている原因の一つです。
なので、出来るだけ安定した抽出状態を保つようにした上で、そこから得られたデータを元に考察して行く他ありません。
抽出プロセス内の変化を安定的に保つ、という目的に際して、目詰まりは障害という位置づけになるので、以下の手法によって適切な対策を施す必要があります。
- 注水流量調整
- 挽き目調整
- 微粉除去
- 撹拌
- 豆・器具類の変更
抽出工程を構成する要因間のつながりを見えやすくするためには、不作為要因や無関係な要因を特定して、その混入を防止するという視点からの対策方法が求められます。
レシオ&時間一定メソッド(おすすめ)
これからお示しする2つの解決策について、その根本的な考え方自体は古くからあるものですが、理論的な裏付けを伴う具体的な実践方法まで提示された事例は過去にありません。
その点において、初公開の当店オリジナルメソッドと言えるものです。
まず、一つ目の方法は、「杯数によって分量が変わっても抽出時間を一定に保つ」というものです。
透過式のデメリットに対処するための最もシンプルな方針は、出来る限り変動要因を減らすことです。
この方法は、どの杯数でも「粉量:抽出量の比率」と「粉と水の接触機会(スラリーの状態)」が変わらなければ「濃度と収率」も変わらない、という物理的な法則性に基づいています。
その実践に当たって重要になるポイントが「1投ごとの時間」です。
基本ポイントの【時間】について、より細分化した要素の一つですが、1投ごとの時間という値こそ、事前の計算や淹れる側の一存だけでは思い通りにならないレシピ調整の核心に当たります。
透過式において「粉と水の接触機会」をどのように数値で表すことが出来るのかを考えた際、「一投ごとの時間」という要因は、それを端的に表すのに適していると思います。
ただし、抽出条件や工程の異なる各状況におかれても、その値に整合性のある指標としての役割を与えるためには必須の条件があり、それが記事②で解説した基準注水パターンを設定することです。
そこには、直接には可視化出来ない工程中の【圧力(応用ポイント)】について、結果的に一定、もしくは一定の変化率が保たれるようにするために、【分量】【時間】という基本ポイントの計算と調整方法にルールを設ける、という意味合いがあります。
「抽出中の接触機会の指標化」は、これまでにないレシピ作成プロセスです。
このような、普段から馴染のない試みに対しては、その内容とは直接関係のない理由も含めて賛否両論があると思います。
当店Q&Aでお答えしているいくつかの問題解決策ついては、皆さんに賛否を問うている訳ではないので、それらを実際に導入するかどうかは、ご自身の判断で行ってもらえればと思います。
ただ、コーヒー抽出についての具体的な目標と規則性を見出し、レシピ作成プロセスの確たる進歩を獲得するための方法論としては、現状の私達にとって唯一可能な選択肢です。
サンプル計測の導入とその役割
通常、新しい抽出レシピや工程レシピを作成するに当たっては「とりあえずいつもの淹れ方でやってみて、それからポイント調整を試し試し探って行く」といった流れが普通ではないかと思いますが、そのような手当たり次第、運次第とも言える初級・1段階目に当たる形式は大きな変貌を遂げます。
当店の工程レシピ作成に当たっても「とりあえずやってみて…」までの考え方は同じですが、その内容は各抽出条件内で接触機会指標についての傾向と調整可能な範囲の把握という、次の方針を具体的に決定するための情報収集を担うものとなります。
その工程をサンプル計測と呼んでいますが、前者の方法とは一回の抽出で得られる情報の質がまさに段違いと言えます。
その情報を元に、あとは杯数に合わせて簡単な粉量計算を行うだけで、「再現性の高い(濃度がブレない)抽出&工程レシピ」が出来上がりますので、広くオススメ出来る方法と思います。
1投時間を決める方法と抽出例
まず、お使いのドリッパーで淹れる最大杯数を求めます。ドリッパーの仕様に記載されている値そのままでも、ご自身のレシピとして決めたものでも大丈夫です。
ここでは例として、記事②内の基準レシピ・注水パターンを用いた工程と追加条件・計算方法をお示ししています。
- 使用器具:透過式ペーパードリップ
1~2杯 ⇒ Hario V60 01
2~5杯 ⇒ Hario V60 02
- 注水分割数:4投(蒸らしあり)
1投目は蒸らしとする
2~4投目は注水量・時間ともに3等分
※注水分割数については②記事参照
- 粉量:杯数分で等倍
1杯12g ⇒ 2杯24g、3杯36g~
- 抽出量:杯数分で等倍
1杯分抽出量=150gとした場合
総抽出量 = 150g × 杯数
最大杯数を4杯した場合
150 × 4 = 600g
- 1投ごとの注水量(蒸らしは除く):
総抽出量 ÷ 注水分割数 ‐ 1
600 ÷ 3 = 200
- 総注水量:
抽出量に「蒸らし注水量」を足した値とする
- 蒸らし注水量(g):粉量の1.5~2倍
蒸らし注水量を「粉量 × 1.5」とした場合
1杯 12 × 1.5=18 150+18=168
2杯 24 × 1.5≒36 300+36=336
3杯 36 × 1.5≒54 450+48=454
4杯 48 × 1.5≒72 600+72=672
※粉とフィルターに吸水される水量・スラリー温度によって要調整
※蒸らし一投目の時点でサーバーに滴り落ちる抽出液について
その液体は抽出状態が不安定なものであることと、抽出中に差し引き計算をするのが面倒なことから、蒸らしの待機時間中に捨てて計りを0にリセットする方が再現性は若干向上します
- 最大粉量・抽出量でサンプル抽出を行い計測値を得る
1投ごとの時間:70s 濃度:1.6%
※数投した平均を取る
サンプル濃度が目標範囲から遠い場合は、注水速度、温度、挽き目、器具類を調整 ⇒ 再計測と条件修正を繰り返す
条件確定後の濃度調整は粉量でのみ行うものとする
- 抽出時間:
蒸らし時間 +(1投ごとの時間 × 注水分割数)
70 × 3=210 210+30=240s
総抽出時間 蒸らし30秒 + 3分30秒 = 4分
※このメソッドでは、杯数を変更することで分量が変わる場合であっても、総抽出時間を一定とする
杯数ごとの1投注水量と時間
3杯分 450 ÷ 3 = 150g 70s
2杯分 300 ÷ 3 = 100g 70s
1杯分 150 ÷ 3 = 50g 70s
杯数当たりの粉量 - 早見表 -
1cup | 2cup | 3cup | 4cup |
---|---|---|---|
10g | 20 | 30 | 40 |
11g | 22 | 33 | 44 |
12g | 24 | 36 | 48 |
- 濃度
この工程レシピ作成方法で達成したい目的は、粉量等倍グループにおいて濃度が一定となるようにすることです。
10g~40g:1.35~1.4%
11g~44g:1.45~1.5%
12g~48g:1.55~1.6%
- 収率:20~21%
メリット&デメリット
メリット
- 工程レシピをシンプルな計算のみで作成できること
- 全てのケースで、濃度と共に収率も一定近くに保てること
理論的には、どの杯数でも収率と濃度が一定ということは、成分量と粉量と水量の比率が一定ということなので、抽出液の風味も一定と言う結論になります。
当店の実証からは、不可避の不作為要因の影響による多少の差異は認められるものの、その結論を大きく否定する結果は得られませんでした。
この結果について逆に言うと、杯数に合わせて「粉量:抽出量(ドリンクレシオ)」、あるいは「粉量:注水量(ブリューレシオ)」のみを一定にして抽出したとしても、時間(あるいはスラリーの状態)を一定に保たない限りは濃度・収率が必ず変化してしまう(風味がブレる)、という物理現象を裏付ける証拠の一つ、ということになります。
デメリット
- 最大杯数の1投時間が基準となるため、次の記事でお示しする「定率減衰法」に比べて【時間:長 → 濃いめ】という結果になりやすい
- 最大杯数と最小杯数の差が大きくなる場合、杯数が少なくなるほど、少ない粉に対してゆっくり一定に注水するための技術と根気が必要になる
- 定率減衰法と比べて粉の消費量が多くなる