粉量減衰メソッド
前記事で解説している「レシオ&時間一定法」との比較で言うと、抽出杯数を増やす際に粉量を単純等倍するのではなく、「杯数に合わせて粉量の増加分を徐々に減らして行く方法」になります。
この方法を用いる場合、杯数毎に粉量と注水量の比率(ブリューレシオ)が変化します。
通常、注水量に対する粉量を増やす(ブリューレシオを小さくする)につれて、自ずと【時間:長 → 濃いめ】効果がプラスされてしまうので、その分を【粉量:少 → 軽め】効果でマイナスして打ち消してやることが目的です。
その考え方自体は昔から知られていますが、言葉だけの表現では伝わりにくい内容です。
そして何より、「減衰法を用いた場合、レシピの具体的な値を示そうとしても、全てのケースに対応可能な理論が存在しないので、情報伝達の時点で必ず齟齬が生まれる」という致命的な欠陥を抱えていました。
杯数を変える時には、何をどれくらい増やしたり減らしたりすればいいの?
普段からご自身でコーヒーを淹れている方ならば誰もが当然抱くであろう、こうした疑問であっても、それに明確にお答えするための基礎的な理論や技術(ノウハウ)に関して、今なおコーヒーの世界には余白が残されている、という課題が浮き彫りになる事例の一つです。
当店が「複雑性の障壁」と呼ぶ問題を前にして、業界全体が立ち往生している段階を乗り越えるために、このテーマの検証にふさわしい条件を設定した上で得られた多数の計測結果から、法則性を辿って導き出した結論としてのノウハウをご紹介して行きます。
ブリューレシオが変化しても濃度を一定に保つための方策として、分量と時間の調整についての適切な計算方法を導入します。
※今のところは、抽出過程の非線形な変化を伴う現象を前提とした推測・仮説の域を出ていませんし、どこかに希望的観測を含んでいるかもしれない、という自問自答の段階です。
実験的なアプローチ方法の一つとしてご覧頂き、有志の方には是非ご意見・ご批判等頂ければと思います。
また、挽目調整という別の方策については、各々の挽目を正確に計測したり、調整する手段がない(最低でも粒度分布測定器が必要になる上に、様々なミルの挽目まで言及し始めると結論が出ない)ため、ご家庭向けとしては採用していません。
一般化に当たっての要旨と記号化の必要性
「レシオ&時間一定法」の結果から、再現性を高める上では、「粉の状態・ドリッパー・フィルター・注水パターン」といった複数の要因によって構成される、「流出速度(水の通り抜けやすさ)」について、一定もしくは安定的なパターンを保つこと。
加えて、それを可視化した指標をもちいることの重要性が明らかになりました。
それこそが、多様な抽出条件と透過式の構造的問題が生む出す複雑性の障壁に対処し、レシピ調整と結果の因果関係についての整合性を求めるに当たって不可欠なプロセスの一つです。
一部とは言え、【分量・時間・濃度】の相関関係を具体的な数値で示すことが可能となったことによって、これまでは感覚的に表現されて来た変動要因についても、レシピを構成するポイントの一つとして並べることが出来るようになります。
安定した注水パターンによって可視化されるポイント
- 杯数ごとの粉量増減率
- 杯数ごとの1投時間増減率
これらの値を工程レシピに導入し、複雑な変化を伴うケースにも対応可能とする計算方法が以下になります。
様々な数値を扱うための措置として、意味が曖昧だったコーヒー用語については、すでに数学・物理分野において一般化、共通化されている表現や記号に出来るだけ置き換えることとします。
その目的は、工程を数値で計算可能にするために抽出工程の構成要素について規格化を行うこと。
また、それらの要素を指す言葉や表現が、主体によって異なることから引き起こされる初歩的な情報混濁という問題を回避するための対策を施すことです。
※記号化の過程にも紆余曲折のストーリーがあるのですが、割愛させてもらいます。
実践的に使用可能な範囲と抽出例
- 使用器具:1~2杯Hario V60 01 2~5杯Hario V60 02 ペーパー
- 抽出条件について言及がないものは記事②内の基準レシピ・注水パターンと同じ
- 1投目(蒸らし)以降の2~4投目は注水量・時間ともに3等分とする
- 最小杯数の抽出レシピを基準値とする
- ハンドドリップ・プアオーバー透過式5杯分ほどまで
粉量計算式
コーヒー抽出のポイントを細分化、記号化した要素の一覧(一部)
- 乗算:*
- 除算:/
- 累乗:^
- 杯数:n(1≦n≦5)
- n杯分粉量(g):Sn
- n杯分目の粉増加量(g) :an
- 最小杯数粉量(g) :a1 (n=1)
- 総抽出量(g):Mn = n*最小杯数抽出量
- 最小杯数抽出量:M1(n=1)
- 投入回:i(任意の自然数)※分割回数については記事②参照
- 1投注水量(g):mi(m1を除くm2・m3…mi)
- 1投時間(s):ti(t1を除くt2・t3・…ti)※1投注水時間ではないことに注意
- 蒸らし注水量(g):m1(i=1)
- 蒸らし時間(s):t1(i=1) ※m1・t1は独立した値のため計算時注意
- 総抽出時間(s):T(t1+t2+t3 …ti≒T)
- 杯数ごとの粉量増減率(g/n):r
- 杯数ごとの1投時間増減率(s/n):rt
- 濃度(%):成分量(g) /Mn ※TDS濃度(記事②参照)
- 収率(%):成分量(g)/Sn
基準レシピと比較用レシピによる複数の抽出液を計測することで得られた値と、それらの関係を整理して行くと、「一杯ごとの粉の増減量」については、その比率がおよそ「0.9」に近い値を示す、という結果が得られました。
よって、増減させる粉量は等比数列を用いて近似的に求められることとなり、以下の式を用いることで事前に杯数分ごとの粉量を算出することが出来るようになります。
そして、杯数ごとの粉量の増減に伴う、一投時間の増減率についても、計測値から得られた値を元に指標化する方法を確立しました。
その指標を用いることで、総抽出時間についても事前に算出することが可能となります。
以下は、基準レシピの値を代入した計算と抽出の一例です。
一般項:n杯分目の粉増加量
初項:a1 = 12 公比:r = 0.9
2杯分目の粉増加量 = 12*0.9^1 ≒ 10.8
3杯分目の粉増加量 = 12*0.9^2 ≒ 9.7
4杯分目の粉増加量 = 12*0.9^3 ≒ 8.7
5….
上の式よりn杯分の粉量の関係は等比数列の和によって表せます。
2杯分粉量 = 12+(12*0.9^1) ≒ 23
3杯分粉量 = 12+(12*0.9^1)+(12*0.9^2) ≒ 32
4杯分粉量 = 12+(12*0.9^1)+(12*0.9^2)+(12*0.9^3) ≒ 41
5….
等比数列の和の公式:n杯分粉量
総抽出量と総注水量の計算式
最小杯数抽出量:M1=150の場合
総抽出量(g):Mn = n*150
M2 = 2*150 = 300
M3 = 3*150 = 450
M4 = 4*150 = 600
M5…
総注水量は、抽出量に「蒸らし注水量」を足した値とする
蒸らし注水量(g):m1=Sn*1.5~2
総注水量(g):蒸らし注水量係数を「1.5」とした場合
1杯 12*1.5=18 150+18=168
2杯 23*1.5≒35 300+35=335
3杯 32*1.5≒48 450+48=498
4杯 41*1.5≒62 600+62=662
5杯…
1投注水量と時間の計算式
杯数ごとの1投時間増減率(s/n):rt=1.3
※計測によって得られた値(記事②参照)
1杯分時の1投時間tiについて計測により28秒と得られたことより
ti(s) = 28 *1.3^n-1
1杯 mi= 150 / 3 = 50g ti = 28
2杯 mi = 300 / 3 = 100g ti = 37
3杯 mi = 450 / 3 = 150g ti = 48
4杯 mi = 600 / 3 = 200g ti = 62
5杯…
総抽出時間の計算式
蒸らし時間(s):t1=30とした場合
総抽出時間T(s)≒t1+t2+t3 …ti
この例ではt2以降は3等分としているため
T≒t1+ti*3
1杯 30+28*3=114 1分54秒
2杯 30+37*3=141 2分21秒
3杯 30+48*3=174 2分54秒
4杯 30+62*3=216 3分36秒
5杯…
杯数当たりの粉量 - 早見表 -
1cup | 2cup | 3cup | 4cup | 5cup |
---|---|---|---|---|
10g | 19 | 27 | 34 | 41 |
11g | 21 | 30 | 38 | 45 |
12g | 23 | 32 | 41 | 49 |
- 濃度
同一の最小杯数粉量a1(10・11・12)からなる、それぞれのグループは濃度が一定となる
10g~41g:1.15~1.2%
11g~45g:1.3~1.35%
12g~49g:1.45~1.5%
- 収率
1杯:18% 2杯:19% 3杯:20%
4杯:21% 5杯:22%
メリット&デメリットまとめ
メリット
- レシオ&時間一定法と比べ、同じ濃度感のコーヒーを粉量と時間を節約しながら作れるようになること
この方法では、杯数が増えるにつれて一定割合で増加する粉量が減ります。
2杯以降についての粉量を1杯分に換算して考えてみると、徐々にその量が少なくなって行くにもかかわらず同じ濃度を保ち続けていることになります。
理論的には、杯数が増えるにつれて粉からより多くの成分を取り出して行く必要がある、と言えますが、杯数が増えるにつれて収率が上がって行く、という実際の結果と整合しています。
記号化や計算手順、実証方法などの正確性において十分なものとは言えませんが、抽出条件の何がどのくらい(この例においては分量・時間についての係数rとrt)変化すると、濃度・収率はどのくらい変化するのか?、という関係性を具体的に記述するためのツールに発展する可能性を秘めています。
デメリット
- 慣習的なコーヒー解説の枠組みまで落とし込むことが出来ない内容を多く含むため、不特定多数の方に習得を促したい場合、上記の説明方法に対して抜本的な見直しが必要になる
- 杯数によって収率が変化する ⇒ 風味のバランス(含有成分量の比率)が変化する
- ドリッパーの適正杯数がより大きな場合でも応用可能だが、追加の計算が必要になる