コーヒーの大まかな風味傾向は焙煎度によって決定されています。
その違いは成分や密度といった豆の性質を大きく変化させることで抽出の進み方にも影響を及ぼすことから、抽出条件は自ずとそれに合わせて選択される場合が多くなっています。
もし、「抽出レシピは豆の品種や産地・焙煎度・挽き目・抽出方式・器具・お好み~といった無数のバリエーションに伴ってコーヒーの数だけ生まれる」といった感じで表現されたとしたら、計り知れない奥深さに恐れおののいてしまいそうですが、どうぞご安心下さい。
あらゆる抽出の源流には、焙煎度によって描かれる明確なパターンがあります。
それらを基本パターンとしてテンプレート化してみましたので、お好みに沿った抽出レシピ作りの下敷きに使ってもらえたらと思います。
中煎り~中深煎り
現在、最も多くの方に親しまれているコーヒー豆の焙煎度は、風味傾向において酸味とコクのバランスが良い中深煎り前後です。
これについての基本パターンをレシピ化し、仮にその値を標準値(バー全体の50%)とおくことで、焙煎度が異なる場合には調整の方向性や各要因の値がどのように変化するかについて視覚的にも分かりやすくなるようにしてみました。
抽出条件についての補足
- ハンドドリップ透過式 ペーパーフィルター
- 比較しやすいよう分量(粉量と抽出量)は全て同じ条件としています
焙煎度
- 3:ミディアム 4:ハイ 5:シティー
目的
- どんな豆からも過不足なく風味を引き出しつつ、ある程度飲みやすい範囲に収める
方向性
- 満遍なくほどほどに
- 濃度:1.5%前後 収率:18%前後
微調整の一例
- 深煎り・浅煎りのパターンと比較して、お好みに近づくように値や器具を変えてみる
※風味傾向が万人向けだからと言って、その方が技術的に簡単という訳ではありません。
特に透過式は仕組みや過程そのものが不安定なので、「実は~過ぎてしまっていた」という意図に反したことが起こりやすくなっているからです。
この記事では、成分の溶解量という抽出の本質に関わるポイントのみを挙げています。
深煎り
焙煎度
- 6:フルシティー 7:フレンチ 8:イタリアン
目的
- 力強いボディー感(コク)と甘さ、香ばしいロースト感を味わう
方向性
- 豆の繊維が脆く成分が溶け出しやすくなっていることや苦みや雑味となる成分も多めに含まれているため、低めの温度で静かにゆっくりと溶かし出す
- 抽出後半の収率を下げる
微調整の一例
- 苦みやいがいがしさ、舌触りのざらつき(雑味)が強いと感じた時は、レシピの湯温を下げる、もしくは抽出後半のみ湯温を下げる
- 同様に挽き目を粗くする
- よりボディー感を味わいたい時は粉量を増やす、もしくは時間を長めにする
- コーヒーオイルを透過させやすいネルや金属メッシュといった粗めのフィルターと組み合わせてみる
浅煎り
焙煎度
- 1:ライト 2:シナモン
目的
- 華やかな香りと果実系の甘酸っぱさに表れる、それぞれの豆が持つ個性を楽しむ
※生豆のグレードがスペシャルティー以上にランクされるものは、果実系の酸味を呈す素となる多様な成分を含む傾向があります。
この辺りの焙煎度でその生成が最も活発になるため個性が表れやすいとされています。
方向性
- 特徴である強い香りと爽やかさが両立した味わいに仕上げたい場合は、素早くしっかり溶かし出すようにする。
- 収率を上げる
※比較的に成分が溶け出しにくいため
※粉の品質(生豆・焙煎・挽き目)が高い場合に推奨
微調整の一例
- 全体的に物足りない、あるいは酸味が強いと感じた際は挽き目を細くする
- 蒸らし時間もしくは全体の時間を長くする(3~4分)ことでボディー感を追加する
- あるいは、浸漬式器具を用いて時間4分を目安に抽出する
- 渋みや雑味が強いと感じた時は挽き目を粗くする、もしくは湯温を下げる
※酸味成分は水に溶けやすいので、抽出段階で酸味だけを調整することは難しいです
投入回数(注水分割数)ってどう決めるの?
分割数:少ない → 軽め 多い → 濃いめ
関連記事:濃度がブレない抽出レシピの作り方② – 1.2.1 お湯は何回に分けて注いだらいいの?
もう少し詳しく知りたいという方は、以下の記事などもおススメです。
関連記事:上手にドリップするには? – 基本編【分量】【温度】【時間】と濃度の関係 – ドリップ工程とポイント調整の効果
温度管理の起点はスラリー温度
温度バーにある「スラリー」という言葉については、はじめて目にされる方がほとんどだと思います。
- スラリー:固体と液体の混合物
- コーヒースラリー:コーヒー粉と水が混ざった状態
この用語は業界でも工学系のごく限られた分野でしか使われないものです。
しかし、スラリー温度こそ抽出工程中の成分溶解にとって本質的に重要な値です。
一言に「温度」と言っても、実は様々な要因で成り立っています。抽出について詳しく知りたいという時に、それらを識別する言葉があれば大きな足掛かりになると思います。
例えば、以下のような疑問を持たれたことはないでしょうか?
- レシピの抽出温度ってどこのことを指すの?
- ドリッパー内の温度って状況とか条件によって変わるのでは?
- 飲み頃の温度になるように調整するには?
さらには、ドリッパーやケトル、カップは何製がいいの?リンスはいるの?蒸らし注水量や時間の決め方って?といった、実のところで温度に結びついている数々の疑問の答えは、全てそこにあると言っていいと思います。
工程中の温度変化を把握する
もう少し具体的な例を挙げながら解説して行きます。
ドリップ前後も含めた全工程を通して、沸した水は以下のような異なる器具を段階的に経由することが多いと思います。
「ポット(やかん)⇒ドリップケトル ⇒ドリッパー ⇒ サーバー ⇒ カップ」
それぞれの条件にもよりますが、湯の移し替えを経るごとに熱は大きく奪われるので、水温は少なくとも5℃程度づつ下がって行きます。
それと知らずに冷えた器具、あるいは冷えやすい器具を用いていたり、冬場のアウトドア環境で時間を掛けて少量抽出を行ったりする際には、どこかの段階であっという間に熱が奪われてしまい10~20℃という範囲で急落するようなことも十分起こり得ます。
つまり、抽出温度をはじめとした全工程中の温度管理について考える際は、その起点をスラリー温度に置かないと正しく成立しないということです。
こうした工程中の温度変化とその影響については、室内の安定的な温度環境を前提とする一般的なドリップ解説では言及される機会がほぼないこともあり、抽出の失敗、あるいは不安定な再現性の原因を探る中でも意識に上がりにくいポイントの一つとなっています。
その実際の影響を表す代表的な例を挙げると、機械的なコーヒーメーカーとハンドドリップの比較が分かりやすいと思います。
それぞれのドリップ中の温度をよく見てみると、それらの温度がスタートからゴールまで一定に近いのか、徐々に低下していくのかという違いがあります。
どちらが良いのか?
コーヒーらしい成分の多くは工程前半に溶け出すため、1投目のスタート地点に出来るだけ近いところでスラリー全体を目的温度に到達させることが理想です。
この点は機械でも手動でも同じですが、それぞれの熱の伝わり方も考慮して条件を整えたり、別の対策を施したりして安定させることで再現性が向上します。
実践方法としては「湯通しによる予熱」が最もシンプルでおすすめです。
雑味成分は工程後半にかけて溶け出しやすくなって行きますが、それは出来るだけ抑えたいというのが誰しも普通の感覚だと思います。
ハンドドリップの場合は後半になるにつれ注水温度が低下して行くことと、希望の抑制効果が自然に一致することになるため、今のところはあえて大きく取り立てるような風潮はありません。
しかし、機械式の多くは湯沸かし部と注水部が直結しているため温度が下がりにくいことから、その希望に沿った注水温度のパターンを描くには別途に多段階の温度調整機構を設ける必要が出て来ます。
この問題は昔から認識されていることなので、すでにそのような機構を備えたものもいろいろありますが、細かく調整出来るものほど高価な上位機種になって行きます。
ここではこれ以上の詳細には触れませんが、ご興味のある方は温度変化と風味の関係、その具体策について調べてみるのも面白いと思います。