抽出レシピのテンプレート
コーヒーの大まかな風味傾向は焙煎度によって決定されています。
その違いによってコーヒー豆の成分や密度といった物質としての性質が大きく変化することから、抽出の進み方にもその影響は強く現れます。
なので、レシピを構成する抽出条件というものは、自ずとそれに合わせて選択される場合が多くなります。
もし、「抽出レシピは豆の品種や産地・精製方法・焙煎プロファイル・焙煎度・挽き目・抽出方式・器具・お好み~といった様々な条件に伴ってコーヒーの数だけ生まれるもの」といった感じで表現されたとしたら…
計り知れない奥深さに誰もが恐れおののいてしまうでしょうが、ご安心頂いて大丈夫です。
関係する要因を並べて立てて、無限の組み合わせから唯一見出した正解であるかのように訴えるのは、特別さを演出するためのマーケティングにおける常套手段の一つに過ぎません。
あらゆる抽出の源流には、焙煎度によって描かれる明確なパターンが存在します。
それらを基本パターンとしてテンプレート化してみましたので、抽出レシピ作りの下敷きに使ってもらえたらと思います。
また複数のレシピについて以下の親子関係に基づいた整理を行うことで、様々なタイプのコーヒー抽出がイメージ通りに出来るようになると思います。
- 焙煎度 ⇒ 基本パターン(テンプレートレシピ)
- 1に個別の条件・お好みに合わせて各ポイントに微調整が加わった派生型
⇒応用パターン(バリエーションレシピ)
中煎り~中深煎り
現在、最も多くの方に親しまれているコーヒー豆の焙煎度は、風味傾向において酸味と甘みとコク、華やかさと香ばしさのバランスがほど良い中深煎り前後です。
これについての基本パターンをレシピ化し、仮にその値を標準値(バー全体の50%)とおくことで、焙煎度が異なる場合には調整の方向性や各要因の値がどのように変化するかについて、視覚的にも分かりやすくなるようにしてみました。
以下のテンプレート内に挙げる各ポイントは、抽出の核心部分となる「成分溶解量を決定付ける要素」についてシンプルな形でまとめたものとなっています。
※レシピの数値は目安とお考え下さい。
コーヒー抽出レシピが示す値の厳密性についてですが、そもそも完全に一致させなければ全く異なる結果を生み出すようなレベルの仕組みからは程遠いものなので、およそで十分です。
レシピ外の抽出条件(豆や器具・環境など)さえ異なることが前提の比較であればなおのこと、数秒や数度といった値が生み出す小さい変化より、それ以前に大きな変化を生み出す要因はないのか?について着目してみましょう。
抽出条件についての補足
- ハンドドリップ透過式 ペーパーフィルター
- 比較しやすいよう分量(粉量と抽出量)は全て同じ条件としています
焙煎度
- 3:ミディアム 4:ハイ 5:シティー
目的
- 中庸な万能型
- どんな豆からも過不足なく風味成分を溶かし出しつつ、ある程度飲みやすい範囲に収める
方向性
- 満遍なくほどほどに
- 濃度:1.5%前後 収率:18%前後
微調整の一例
- 深煎り・浅煎りのパターンと比較して、お好みに近づくように値や器具を変えてみる
※風味傾向が万人向けだからと言って、その方が技術的に簡単という訳ではありません。
特に透過式は仕組みや過程そのものが不安定なので、どんな抽出においても「気付かない所で~過ぎてしまっていた」という意図に反した現象が起こりやすいからです。
深煎り
焙煎度
- 6:フルシティー 7:フレンチ 8:イタリアン
目的
- 力強いコク(ボディー・質感)と甘さ、香ばしさ(ロースト感)を味わう
方向性
- 低温長時間
- 比較的に豆の繊維が脆いことや界面活性物質が多いことから、成分全体が溶け出しやすく中には苦味や雑味となる成分も否応なく含まれるため、低めの温度で静かにゆっくりと溶かし出す
- 成分溶解量(収率)を減らす
※もともと成分が溶け出しやすいので、結果的に中煎り~中深煎りレシピと同程度の濃度に収まります
微調整の一例
- 苦みやいがいがしさ、舌触りのざらつき(雑味)が強いと感じた時は、レシピの湯温を下げる、もしくは抽出後半のみ湯温を下げる
- 同様に挽き目を粗くする
- よりボディー感を味わいたい時は粉量を増やす、もしくは時間を長めにする
- コーヒーオイルを透過させやすいネルや金属メッシュといった粗めのフィルターと組み合わせてみる
- ポイント調整をより低温・長時間方向に向けることで甘さを際立たせる(水出し方式の特徴に近付ける)
浅煎り
焙煎度
- 1:ライト 2:シナモン
目的
- 華やかな香りと果実系の甘酸っぱさに表れる、それぞれの豆が持つ個性を楽しむ
※生豆のグレードがスペシャルティー以上にランクされるものは、果実系の酸味を呈す素となる多様な成分を含む傾向があります。
この辺りの焙煎度でその生成が最も活発になるため個性が表れやすいとされています。
方向性
- 高温短時間
- 特徴である強い香りと爽やかさが両立した味わいに仕上げたい場合は、素早くしっかり溶かし出すようにする。
- 成分溶解量(収率)を増やす。
※比較的に成分が溶け出しにくい性質のため、結果的に中煎り~中深煎りレシピと同程度の濃度に収まります
※高収率(高抽出効率)レシピは、粉の品質(生豆・焙煎・挽き目・保管状態の全て)がハイレベルの場合に推奨
微調整の一例
- 全体的に物足りない、あるいは酸味が強いと感じた際は挽き目を細くする
- 蒸らし時間もしくは全体の時間を長くする(3~4分)ことでボディー感を追加する
- あるいは、浸漬式器具を用いて時間4分を目安に抽出する
- 渋みや雑味が強いと感じた時は挽き目を粗くする、もしくは湯温を下げる
※酸味成分は水に溶けやすいので、抽出段階で酸味だけにフォーカスした調整を施すことは難しいです
投入回数(注水分割数)ってどう決めるの?
分割数:少ない → 軽め 多い → 濃いめ
関連記事:濃度がブレない抽出レシピの作り方② – 1.2.1 お湯は何回に分けて注いだらいいの?
もう少し詳しく知りたいという方は、以下の記事などもおススメです。
関連記事:上手にドリップするには? – 基本編【分量】【温度】【時間】と濃度の関係 – ドリップ工程とポイント調整の効果
温度管理の起点はスラリー温度
温度バーにある「スラリー」という言葉については、はじめて目にされる方がほとんどだと思います。
- スラリー:固体と液体の混合物
- コーヒースラリー:コーヒー粉と水が混ざった状態
この用語は業界でも工学系のごく限られた分野でしか使われないものです。
しかし、スラリー温度こそ抽出工程中の成分溶解にとって本質的に重要な値です。
一言に「温度」と言っても、実は様々な要因で成り立っています。抽出について詳しく知りたいという時に、それらを識別するための言葉があることで大きな足掛かりが得られると思います。
例えば、以下のような疑問を持たれたことはないでしょうか?
- レシピの温度ってどこのことを指すの?
- ドリッパー内(あるいは浸漬状態)の温度って、けっこう変わってるのでは?
- 飲み頃の温度になるように調整するには?
さらには、ドリッパーやケトル、カップは何製がいいの?リンスはいるの?蒸らし注水量や時間の決め方って?などなど。
抽出に関してよく挙げられる疑問の数々は,、実のところで【温度】に結びついている場合が多いのですが、それらの答えは全てそこにあると言っていいと思います。
工程中の温度変化を把握する
もう少し具体的な例を挙げながら解説して行きます。
ドリップ前後も含めた全工程を通して、沸した水は以下のような異なる器具を段階的に経由することが多いと思います。
「ポット(やかん)⇒ドリップケトル ⇒ドリッパー ⇒ サーバー ⇒ カップ」
それぞれの条件にもよりますが、湯の移し替えを経るごとに熱は大きく奪われることに変わりはなく、水温は少なくとも5℃程度づつ下がって行きます。
例えば以下のような状況でそれとは知らずに行うと、上記のどこかの段階であっという間に10~20℃といった範囲での急落が起こることもあり得ます。
- 冷えた器具、あるいは冷えやすい器具
- 気温が低い時期や場所、アウトドアでは加えて風
- 抽出時間が長い
- 少量抽出(のために準備する湯量が少ない)
つまり、抽出温度をはじめとした全工程中の温度管理について考える際は、その起点をスラリー温度に置かないと正しく成立しないということです。
実は、工程中の温度変化が抽出結果に及ぼす影響はとても大きいものです。
しかし、室内の安定的な温度環境を前提とする一般向けのドリップ解説においては、ドリップケトル内の初期温度以外について言及される機会はそう多くありません。
このような理由から、イメージと異なる抽出結果、あるいは不安定な再現性の原因を探る中で意識に上がりにくいポイントの一つとなっています。
その実際の影響を表す代表的な例を挙げると、機械的なコーヒーメーカーとハンドドリップの比較が分かりやすいと思います。
※注水経路の保温性能と捉えて頂くとより把握しやすいと思います。
それぞれのドリップ中の温度をよく見てみると、それらの温度がスタートからゴールまで一定に近いのか、徐々に低下していくのかという違いがあります。
どちらが良いのか?
コーヒーらしい成分の多くは工程前半に溶け出すため、1投目のスタート地点に出来るだけ近いところでスラリー全体を目的温度に到達させることが理想です。
この点は機械でも手動でも同じですが、それぞれの熱の伝わり方も考慮して条件を整えたり、別の対策を施したりして安定させることで再現性が向上します。
実践方法としては「湯通しによる予熱」が最もシンプルでおすすめです。
雑味成分は工程後半にかけて溶け出しやすくなって行きますが、それは出来るだけ抑えたいというのが誰しも普通の感覚だと思います。
ハンドドリップ行う場合は後半になるにつれ注水温度が低下して行くことと、希望の抑制効果が自然に一致する場面が多いため、今のところはあえて大きく取り立てるような風潮はありません。
しかし、機械式の多く(この場合は電気湯沸かし式ドリップケトルも含む)は湯沸かし部と注水部が直結しているため温度が下がりにくいことから、その希望に沿った注水温度のパターンを描くには別途に多段階の温度調整機構を設ける必要が出て来ます。
この問題は昔から認識されていることなので、すでにそのような機構を備えたものもいろいろありますが、細かく調整出来るものほど高価な上位機種になって行きます。
ここではこれ以上の詳細には触れませんが、ご興味のある方は温度変化と風味の関係、その具体策について調べてみるのも面白いと思います。