抽出を客観的に捉える方法
上手にドリップするには? – 基本編 – では、抽出条件と濃度の関係性について表す場合、「濃いめ・軽め」という表現を使って、変化の方向だけをお示ししています。
より正確かつ客観的にその関係を把握することが求められる中級段階では、変化の方向性のみでは十分とは言えません。
どれくらいの変化なのか?
変化の度合いを知るためには、それを測定したり、表現したりする方法を学ぶ必要があります。
ここでは、その具体的な方法について解説して行きます。
まず、コーヒーの比較検証を行うに当たって土台となる、「抽出レシピ」について整理してみましょう。
当店では、抽出に関わるいくつものポイントのことを、まとめて「抽出条件」と呼び、それらについて以下のように分類することで整理しています。
また、「抽出レシピ」とは、それぞれの抽出条件に具体的な値を設定することによって、目的のコーヒーに導くガイドラインとしたもののことを言います。
また「ポイント=要因」という意味で使っています。
※正確な英訳では「ファクター(factor)」に当たりますが、ここでは耳馴染みを優先しても問題ない程度の違いです
抽出条件を整理する
カテゴリー1:材料ポイント【生豆・焙煎度・挽き目・鮮度】
カテゴリー2:環境ポイント【設備・器具類】
カテゴリー3:工程ポイント【分量・時間・温度・圧力】
カテゴリー4:風味ポイント【濃度・収率・官能評価】
基準レシピを設定する
- 【生豆:グアテマラ 焙煎度:6(シティー) 挽き目:5(中粗挽き) 鮮度:焙煎後数日以内】
- 【設備:室内 気温:25℃・器具類:HARIO V60 樹脂製 専用ペーパーフィルター】
- 【粉量:12g 抽出量:150g 時間:蒸らし30秒 + 1分30秒 湯温90℃ スラリー温度85℃ 圧力 基準注水パターン(4投分割・撹拌なし)】
※これは当店で比較検証の際に用いている基準レシピです。比較検証の際に用いるレシピで重要なのは、それがどんなレシピか?ではなく常に変わらないレシピか?ということです
※スラリーとは固体と液体の混合物を指し、ここではドリッパー内で粉と水が混ざった状態のものを指します
※カテゴリー4については順を追って後述します
検証の対象を明確にする
記事①で述べた、「透過式の抱えるデメリット:杯数を変える時に【分量】が変わると【時間】も変化するという相互作用の影響」を探るために、以下のような検証を行ってみます。
基準レシピ1杯分と2杯分についての比較を行います。
2杯分の条件について、コツや感覚による計測不能な調整を加えてしまうと検証自体も無意味になってしまうので、単純に粉量2倍で出来上がりのコーヒー量(抽出量)も2倍とします。
また、【分量】を増やすと【時間】が自ずと長く掛かるようになるという前提について検証するので、ここでは比較条件を分かりやすくするために、抽出時間も2倍と設定した上で、それに沿うように注水量を調整します。
- 粉量2倍(12g⇒24g)
- 抽出量2倍(150g⇒300g)
- 時間(1分30秒⇒3分)
このように条件を整理し数値として可視化することで、検討内容にしっかりと焦点を当てることが出来るようになります。
また、その焦点をずらさないようにするためには【温度】による影響を極力除外する必要があります。そこで、工程中のそれを一定に保つための対策を行っています。※割愛
ここからは、透過式で起こりやすい不規則な変化の過程では一体どういうことが起きていて、どういう結果につながるのか?について問題点と対処法という形に整理して解説して行きます。
問題1:注水の規則性(パターン)が曖昧
杯数を増やした場合に【時間】が長く掛かる原因としては、「増やした抽出量に対して時間当たりの注水量(注水速度)が少な過ぎたこと」なのは明らかです。
しかし、いつどのくらいの量をどのくらいの速さで注いでそうなったのか?ということは上の抽出レシピだけでは分かりません。
ハンドドリップであれば、開始から終了まで一定に水を注ぎ続けるコーヒーマシーンのようなパターンとは異なり、ほとんどのケースで蒸らし、1投目、2投目~、注水量、時間などをなんらかの形で調整しようとするでしょう。
様々な形状をした、お気に入りのドリップポットやドリッパーを使って。
ここで改めて考えて頂きたいことは、「工程ポイントにあえて不統一で不規則な変化を与えることには、そもそもどんな効果や目的があるのか?」ということです。
普段、何となく行っていることの理由について改めて考えてみると、?となってしまうようなことも多いですが、少なくとも目安としている何かがあるはずです。
どこかで誰かから見せてもらったり、聞いたりしたこと…。
例えば、円を描くように注ぐ、雫を落とすように注ぐといった注ぎ方、どれかの重さ、どれかの時間、粉と水の浸り具合、流れの速さ、挽き目、膨らみ具合、色合い、香りの立ち方などなど。
私達が抽出中に感じることの出来る変化を挙げようと思えば、いくらでもあるのは確かですが、それらのうちのどれが目安としてふさわしいこと、あるいは、あなた自身が意識されていることでしょうか?
実は、それらの全てが、「成分の溶解量」に関わっている重要な要因です。
ただし、よくよく観察したり、比べたりしてみると分かることですが、それらは抽出条件、あるいは、あなた自身が少し変わったとしたら、見え方や感じ方、値も連動的に変化してしまう不安定な性質のものたちばかりだということです。
複数要因の相互作用で不規則に変化する対象について、その一部や表象だけを目安として変化をコントロールしようとしても、抽出工程全体を再現することは出来ません。
この問題を当店では、複雑性の障壁と呼んでいます。
抽出過程と結果の関係についての解明を阻む複雑性の障壁に対して、有効な解決策を見出すことが出来ない現状が続くとしたら、その混沌(あるいは組み合わせ問題)は拡大する一方となってしまいます。
透過式のデメリット:目的に対して正確な濃度調整を行うことが困難
透過式では、抽出条件と注水パターンによって粉と水の接触機会が不規則に変化してしまうので、各ケースごとに成分溶解量の変動が起こりやすい方式だからです。
このデメリットを拡大させる要因が「注水工程が漠然とし過ぎていること」であり、「ハンドドリップ」こそがまさにその代表と言えます。
例えば、「ハンドドリップのコーヒーはおいしい」といった表現があったとして、一度でもご自身で淹れたことがあれば、おいしいコーヒーを作るための解決策としては飛躍し過ぎの結論だと感じるのではないでしょうか?
以上のことから、抽出の検証はに当たっては、まず注水工程の詳細を明らかにすることが不可欠と言えます。
複雑な問題に出会った時の注意点
コーヒーに関することだけでなく、複雑な問題に対して必ず付いて回るのが、「超越的な解決策への誘惑」です。
例えば、「職人技」「豊富な経験(経歴)」「疑似科学」「第六感的な何か(スピリチュアル系)」などを根拠として、もっともらしく誰でもすぐに出来そうな解決方法がささやかれるような場面です。
呼び方はどうあれ、根拠と結論をつなぐ道筋がつながっていない状態を指して「超越的」、あるいは「飛躍的」と言い表します。
この場合、情報の発信者や提示方法などの外面的な装飾(パッケージ)は二の次であり、「現実の問題を解決し、目的を達成するためのプロセスとしてふさわしいかどうか」という、内容が示す実効性のみが重要です。
もちろん、現実にはパッケージを充実させる方が目的達成のために効果的という場面も往々にしてあるものなので、全てに通じる注意点とは言えません。
少なくとも、「提示された方法をよって問題が解決されたかどうか?」という結果ついて確認することが重要なことと思います。
対処法1:基準注水パターンを設ける
以下は、当店の基準レシピにおいて用いているものです。
注水1投目については、「蒸らし」と呼ばれる抽出準備段階として、それ以降の注水とは区別して扱います。
- 1投目注水量は粉量の1.5~2倍
注水開始から30秒間
粉の層だけではなく、粒子内部まで浸透させる。
注水の基本は粉全体に偏りなく行き渡ることなので、足りないより多少サーバーに落ちる程度が良い。
蒸らしで投じた注水量は、最終的に粉に吸水されたままになります。
注水量から蒸らし注水量(吸水量)を差し引いた分が、抽出量になります。
※詳細は③記事で後述
1投目では粉や器具類と水温の差が大きい場合が多いため、ドリッパー内のスラリーがレシピ温度に到達しない、という現象が起こりやすい。
抽出レシピに蒸らし工程がある場合、粉の準備が十分に整った状態を想定しているはずなので、不十分な状態からレシピに沿って次の工程を進めた場合、目的の結果より未抽出傾向になりやすい。
器具類の予熱や蒸らし時の注水温度を数度高めに調整するといった対策によって回避する。
- 工程3~5の2投目以降では、出来るだけ注水パターンを変えないようにします。
言葉で言うのは簡単ですが、実際にハンドドリップでそれを成立させるためには多くの注意点があります。
注水工程を安定させるためには、基本ポイントを細分化した以下の要因についても調整する必要が出て来ます。
【分量:粉量・微粉量・蒸らし注水量・各投注水量・抽出量】
【時間:蒸らし時間・各投時間・各投注水時間・各投待機時間・注水流量・ろ過流量】
以下に挙げる注意点の目的は、「抽出ムラ」と呼ばれる粉と水の接触機会の部分的な偏りを防止して再現性の高い注水パターンを得ることにあります。
お好みや抽出条件に合わせて特定の風味傾向に導くパターンとは目的が異なることにご注意下さい。
- 注水口の高さ:粉上面から数センチメートルの範囲内を保つ
※水勢による加圧を出来るだけ防止する。
計測不可能なため、対流による撹拌、スピン、ステアなどは用いない
ドリッパー内の水の重さが増減すると下部に向けて掛かる水圧が増減します。注水量に伴う流出速度の増減が起こるということですが、その変動パターンを出来るだけ一定に保つようにする
- 注水範囲:粉上面を平らに保ちながら偏りなく注ぎ、粉の層全体に行き渡らせる
中心部分を窪ませるタイプ(外周部に土手を設けるなど)の意図的にチャネリングを利用して成分溶解量をコントロールする手法は用いない。
※チャネリング:水が粉の層を透過する際の流路が一部に偏ること
結果として収率が落ちるため、スッキリとした味わいを生む効果のある手法として利用される
- 注水流量(g/s):単位時間当たりの注水量を一定に保つ
- 1投時間:注水開始からドリッパー内の水がほぼ落ち切るまでとする
※1投の終わりを何を持って判断するかは難しい所です。ここではドリッパーから落ちる抽出液が雫状になった時点とします。
- 1投注水量:1投注水量の範囲は最低でも粉全体が浸る状態から蒸らしで膨らんだ上部ライン辺りまで。
- 注水回数:注水を複数回に分割する場合、注水流量を一定に保った上で、1投注水量に達した時点で注水を止める。
ドリッパーから落ちる抽出液が雫状になったら、待機時間なしで次の注水を開始する。
注水と待機の流れを繰り変えす。
- 注水流量、1投時間、1投注水量といった値は、設定した抽出条件によって変わるものなので、③記事で後述する注水パターンの導出方法によって求める
※注水パターンの数値化および可視化については、流量測定に対応したコーヒースケールの利用がお勧めです。
お湯は何回に分けて注いだらいいの?
ペーパードリップなどの透過式では、目的の抽出量になるまで注水を何回かに分けるという手法が一般的です。
注水回数とは、その分割数のことですが、それについての決まりというものは特にありません。
また、蒸らしを1投目と数えるの?それとも、蒸らしの次から1投目と数えるの?という話もありますが、こちらもコーヒー界のルールのようなものはなく、それぞれの判断で便宜的に使われている数です。
注水回数については、蒸らしを行ったあとの注水を2~4回程度に分ける、とされていることが多いと思います。
それは、現代的な風味の嗜好や器具の容量に合わせた場合、それくらいだと皆がちょうどいいと感じる結果になりやすいといった、不特定多数の人達の長年の経験と情報交換によって導かれた数と言う他ありません。
ただし、「皆がそうしてるから」という回答は、中級段階として不十分です。
注水回数の増減にはどんな効果があるのか?
日常的な感覚(初級段階)では流されそうな問いだったとしても、抽出の基本的な要素については裏付けの取れる根拠に則って回答(および実践)出来てこその中級、と当店では位置付けています。
コーヒー抽出について理論的に考える場合、粉と水が触れ合うことで起こる「浸透と拡散(溶解)」という現象を理解して行く必要があります。
注水回数は直接的に粉と水の接触面積や時間を左右する要因なので、その違いがどのような影響を及ぼすのかについてはあまり知られていない、という現状の方にこそ疑問を感じます。
あまり良い例えではないかもしれませんが、出来るだけシンプルに説明すると、洗濯する時に服を絞ったり、きれいな水に入れ替えたりする回数を増やすほど、「汚れ ≒ 取り出したい成分」が落ちやすくなる現象と原理的には同じことです。
そして、やり過ぎると「落としたくない服の色や繊維 ≒ 苦味・雑味や微粉」まで徐々に落ち始めてしまうという点でも同じです。
ついでに言うと、ドリップはこのようなごく日常的な感覚で行われていることと同じということに気づいてさえもらえれば、当店が「ドリップが難しそうだと感じるのはただのイメージです」とお伝えしている理由もご理解頂けるのではと思います。
つまり、同じ抽出時間でも注水分割数を増やすほどその効果が強まり収率を高める(上限あり)という結果になり、以下の関係性にまとめることが出来ます。
注水回数:少ない ⇒ 軽め 多い ⇒ 濃いめ
最少 ⇒ 1投型(目標注水量を一度に全て注ぎ切るタイプ)
浸漬式(フレンチプレスなど)、サイフォン式、エスプレッソ式
最多 ⇒ 点滴注水型(一滴づつ水滴を落として行くタイプ)
滴下式(一部のネルドリップ、水出し、氷出し)
注水回数と各成分の抽出量の関係について
問題2:基本ポイントと濃度の関係が不透明
次に、濃度が基本ポイントの変化と共にどのように変化するのかについて考えてみます。
そこで、成分の溶解工程に当たる3~5の2投目~終了までの時間に絞って比較します。
上記のデメリットによって時間が2倍(3分)になったということは、結果的に基準レシピより1分30秒分の【時間:長い → 濃いめ】効果がプラスされたコーヒーを2杯分作ったということになります。
当初の目的は基準レシピの2杯分でしたが、意図に反して異なるレシピを使ったコーヒーになってしまったということでもあります。
もちろん、濃度は【時間】が2倍になったからといって2倍になる訳ではなく、数値上では1%以下の変化です。
しかし、人の味覚は濃度と温度に敏感なので、味わいに馴染みの深いコーヒーであれば0.1%単位の変化でも多くの方が感じ取れる範囲だと思います。
このような仕組みのため「分量を変えるた時に濃さが想定外になってしまうという失敗は、起こりやすい上に感じ取りやすい変化として表面化しやすい」ということになります。
ここで重要なのは、変化が起こる要因とその方向性までは各種計測器具で出来るとしても、その結果生まれたコーヒー液の変化についてはどのように把握したらよいのか?という問題です。
抽出工程や器具類と風味の関係を表すために、いくら信頼出来る評価者によるものだとしても「官能評価」による感覚的な言語表現だけで十分とすることは、かなり危うい意思決定の仕組みを許容していることになります。
基本ポイントをはじめとした「抽出・工程条件の中のどの要素がどのくらい変化すると、溶解する成分の種類と量はどのくらい変化するのか?」
この疑問については、そもそもの関係性から具体的な表現方法に至るまでほとんど確立されていないままの現状に危機感を覚えることは、それほどおかしなことでしょうか?
対処法2:TDS濃度と収率を計測・計算する
まず、対処法としてとっつきやすいとは言えない計測・計算を用いなくてはならない理由は、実際の「濃度」は「濃度感」とは必ずしも一致しないという実際の現象と感覚との乖離が起こる場合があるからです。
例えば、感覚的な濃度感の判定だと浅煎り豆の抽出液の色が薄く透明感が強いことから濃度は低いだろうとか、深煎り豆だと抽出液の色が濃く、飲んだ時に重たい印象を受けることから濃度が高そうだといった判断になることは一見妥当のように思えます。
しかし、実際に濃度計を用いた計測によると、その感覚とは真逆の結果になるケースはよくあります。
このようなことがなぜ起こるかというと、成分の種類によっては少量でも人の感覚や色味に強く影響するものあれば、その逆もあるからです。
そして、それらの成分がどのくらい含まれるかについては抽出工程以前の【生豆】【焙煎】【挽き目】という要因まで段階的に遡って追究され得るもので、最終的に抽出液に溶けだす成分と種類ごとの比率というものは個々のケースによって大きく異なって来ます。
つまり、感覚のみでの濃度に関する評価は十分ではなく、抽出液にどれくらいの成分が溶け出しているのか?という抽出工程を評価する上で重要な基準となる濃度を判定し、再現性の向上に資する指標とするためには、正確な測定方法に則って行う必要があるということです。
さらには、濃度を把握することによって、抽出工程と風味の関係についてより深い理解を手助けしてくれる指標を扱うことが出来るようになります。
それが、粉量に含まれる可溶性成分が抽出液にどれくらい溶け出したのかを表す「収率」という値です。
濃度や収率という言葉が何を指すのかを簡潔にお示しすると、以下のようになります。
- TDS濃度 = Brix濃度 × 0.8
- 抽出された成分量 = 抽出量 × TDS濃度
- 収率 = 抽出された成分量 ÷ 粉量
- 濃度(%):質量パーセント濃度(水1mlは1gで換算)
- Brix濃度:糖度(ショ糖の含有率)
- TDS:Total Dissolved Solids 総溶解固形分
- 収率(%):EY or Extraction Yeild
- 0.8:近似的にBrix値をTDS値に換算するための係数
※抽出液の成分にショ糖はほぼ含まれていないため、BrixからTDSを求めるには、コーヒー用の換算値を用いる必要があります。資料によっては0.79~0.85といった幅が見られます。
使用濃度計:ATAGO「PAL-COFFEE(BX/TDS)」
この機種には液体の温度によって測定値を自動補正してくれる機能がありますが、屈折率を元に計算するタイプは全般的に温度が高いと値が低めに出る傾向があります。
正確性を期すために、測定は液体が室温(およそ25℃)と同程度となった時点で行っています。その際は同一カップ内から得た複数サンプルについての結果の平均を採用。
記事中の数値については、最低限必要なもの以外は少数点第二以下を四捨五入。
精密用途以外の機器類の計測値や換算値はもともとが近似値であることや、それぞれに有効範囲が存在することをご承知おき下さい。
実測例
基準コーヒーの濃度はおよそ1.5%になりました。
対して、2倍レシピの濃度は、基準コーヒーより0.2%ほど増加し、およそ1.7%となりました。
抽出された成分量を計算
150g × 1.5% = 2.3g
300g × 1.7% = 5.1g
これを収率で表すと
2.3g ÷ 12g = 19%
5.4g ÷ 24g =21.3%
両方とも一杯分で見た時の増加率を表すと
5.1 ÷ 2 = 2.55
2.55 ÷ 2.25 ≒ 1.13 113%
21.3 ÷ 18.9 ≒ 1.13 113%
これら2つのコーヒーのカテゴリー4について表してみます
- 基準【濃度:1.5% 収率:19%】
- 2倍【濃度:1.7% 収率:21.3%】
「成分量が13%増加したことによって濃度が0.2%増加し1.7%になった。風味は全体的にやや濃いめ。基準よりもコクが強くなった分だけ酸味は控えめに感じられたが、弱くなったという感じはない。」というように、どの程度の変化なのかについて数値の裏付けを伴って明確にすることが出来るようなります。
収率計算フォームを使って抽出状態を把握する ※2023/8追記
結果から考察を得る
「同じ豆でもドリップが変わると風味が変わる」という表現から付加要因を除いた本質とは、工程ポイントによる3つの比率の変化とその組み合わせで構成される風味変化のことを指しています。
- 濃度:抽出液中の成分量と水量の比率
- 収率:粉量と溶解した成分量の比率
- 含有成分比率:溶解した成分における種類ごとの量の比率
SCA等で引用されること多いある研究結果において、多くの人がおいしいとか飲みやすいと感じる適正な収率は18~22%の範囲に収まるとされています。
この抽出例にその値を当てはめた場合、濃度は1.4~1.8%という範囲で変化することになります。
この0.4%という差にはどれくらいの違いがあるのか?ですが、実際に飲んで確かめてもらうと明らかな濃さの違いを感じられる方が多いと思います。
当店の経験的に濃度感だけを対象した場合には以下のような印象を持たれる方が多いです。
- 1.5% 程よいコク、甘さと苦みのバランスが良く飲みやすい
- 1.7% やや強めの苦みと粘度感を伴い、飲みごたえがある。人によっては、重たい印象を受ける場合もある。
酸味や後味といった細かい点まで踏み込んで行くと、印象が大きく異なるほどなので、ブラインドテストを用いた場合、別の豆と判断する方もいるのではと思います。
その違いについて、おいしい・おいしくないとか成功・失敗と判断するのは人それぞれです。
しかし、人の認識しにくい部分で、そのような印象さえ与えかねない大きな変化が起こり得る仕組みを用いていること自体が、抽出における風味調整とその評価において数々の混乱を生み出している元凶と言っても過言ではないと思います。
以上のことから、透過式の仕組みが引き起こすバランス調整についての様々な疑問は「抽出条件が変化した場合でも抽出液の濃度を一定に保つためには、抽出工程の核となる注水パターンについてどのように調整すれば良いのか?」という問いに集約されます。
※問題点を分かりやすくするため時間が2倍掛かったとしていますが、注水量が同じならば、よほど意識して速度を落とすか微粉による目詰まりが起きたかしない限り2倍となるまでの変化は起こらないはずです。
一般的な何種類かの円錐型ドリッパーについての検証結果では、単純に一定の注水速度で注水量を2倍にした場合のドリッパーから抽出液が落ち切るまでの時間は、およそ1.2~1.3倍という一定に近い値が得られます。
時間の増減率が一定に近くなる理由については、まだ推測ですが、水の体積と圧力の関係から得られる一定の比率とかなり近い値であることまでは確かめられています。
例外は「KONO式ドリッパー」「Timemoreクリスタルドリッパー」といった、円錐形でもリブの高さや長さが変則的に作られている特殊なタイプです。
それは、リブの形状(長さ・高さ・数・線形)によってドリッパーの上部と下部で流出速度を変化させる仕組みを謳っているので、リブがある範囲に収まる粉量の場合と、その範囲を越える場合という違いによって、時間の増減率も変化するのではないかと予想されます(検証中)。
また、この検証から示唆されることは、ドリッパーとフィルターという器具がもたらす風味傾向とは、どのような仕組みによって生み出されているのかということです。
工程ポイントのどこにどの程度の影響を与えるのかについて、具体的な数値で把握することが出来れば、それぞれの器具の特性もより明確に示すことが出来るようになります。
「~飲み比べ」や「~検証」の信ぴょう性って?
「カッピング」という業界公式と言える方法は、生豆の持つ風味を評価するという点において信ぴょう性の高い方法として世界共通で採用されています。
しかし、様々な抽出・工程レシピを経たコーヒーの風味ついては、条件の組み合わせが無数に存在することになるので、まずはどこをどう比較するのか?について明確にする必要があります。
ですので、比較したい対象に焦点を合わせるためのルール作りから始めるのが基本です。
どこまでのルールを設計し運用出来るかという点に、その評価が正当性を獲得出来るかは掛かっています。
風味について焦点を合わせる場合は、少なくとも以下の要件を満たすようにして、変化を浮き彫りにする工夫をすると良いと思います。
- 比較対象を明らかにする
抽出液、器具、手法、方式など。その全体なのか一部なのか。
- 基準となるコーヒーの抽出条件・工程を明らかにする
- 比較するポイント(変更点)は1つに限定する
- 他のポイントが連動して変化していないかに注意する。変化する場合は条件や方法の調整によってそれを抑える
- 測定可能な要因については数値で検討する
- 測定条件と測定値の妥当性についても検討する
複数の要素に起因した変化が同時多発的に発生する現象については、どの要因がどれくらい最終的な結果に影響を与えたかを特定することが困難になるため、主観的な印象以外での評価は出来ないという立場を取らざるを得ません。
実際には、ルール設計や評価方式が曖昧な状態でも比較や検証と呼ぶ事例は多いですが、比較する作業自体を楽しむという目的も大いにあると思うので、結果を参考にされるどうかはご自身の目的によってご判断頂くのが良いかと思います。
情報収集においては、根拠はどうあれ信ぴょう性に基づいた判断がなされるという場面も多々あるとは思いますが、ことコーヒー抽出に関しては「収率→濃度→風味」という根本的な仕組みがあることだけでも理解しておくと、そのプロセスと結果の妥当性について俯瞰して捉えることが出来るようになります。
例えば、長年の悩みを解消したいとか高い精度を求める方は「ロジック(論理の組み立て方)と第三者による検証可能性」については最低限の注意を払うことが必要と思います。
第三者によって検証可能な指標を提示するということは、その結果についての正当性、ひいては公正さを担保するという意味合いを持つ重要な行為に当たるからです。
発信側にその点についての意図や理解があるかないかは、情報の信ぴょう性に対する判断材料の一つになると思います。
印象的で断片的な情報を目印として偏った判断を行ってしまうことは人の認識にとって必定の障壁です。
ご自身で比較検証に挑戦してみることもお勧めします。
関連記事:上手にドリップするには? – 基本編 –
ハンドドリップによるブレとの付き合い方
残念ながら「透過式の構造的問題」に対する根本的な解決方法はありません。
その原因が抽出・工程条件だけでは捉え切れない変動要因と相互作用が多過ぎるためです。
そして、このような性質の問題は人の認知能力では捉えにくい上に、物理的な定式化さえ不可能な場合の方が多いことから理論的に踏み込める範囲には限界があります。
では、そんな所で何を模索しているのか?というと、出来るだけ問題が大きくならないようにするための適切な対処方法です。
原理的な解決はなくとも、人の知覚可能な範囲内で再現性を得ることは十分に可能なことだからです。
それを探すためにまず必要なのは、問題がどのような形なのかを把握することです。それらについて整理して行く中で浮かび上がって来た共通のポイントを当店では【圧力】としています。
どのような解説であっても、この問題に触れる場合の最終的な決まり文句は「やってみてダメならお好みで調整しましょう」で締めくくられます。これは、風味のお好みはそれぞれだからという理由だけではありません。
原理に則った丁寧な解説を元に試みたとしても、個々のケースで最終的に現れて来る細かい風味変化の原因については追究し切れないという「複雑性の障壁」を、コーヒーに携わる方であれば経験的に知っているからです。
誤解のないよう付け加えると、当店もご家庭向けという範囲であれば同じことを言います。
基本ポイントを押さえた抽出レシピを用いるアプローチ方法や考え方が第一段階の対処方法です。
それだけでも、お好みに合わせたコーヒーを楽しんでもらったり、その精度や再現性を高めたりするために十分有効な上に、慣れれば難しいことではないと思います。
それが世界的な活動によって一般の方にも広がり始めたことは全体の大きな改善につながっていると思いますし、一昔前なら一部のプロフェッショナルしか対処出来なかったような問題でさえ、わずかなコストとご自身の力で解決出来る環境がすでに整っている時代だとも思います。
そして、以下から解説して行く内容は、ドリップ調整において第二段階に当たる対処方法となります。
しかしながら、この段階に踏み込もうとすると扱う対象の性質上、疑問への明確な回答や根拠が得られない可能性が高くなります。
例えそうだとしても、原理に則った判断基準や調整方法によって問題に対処する術を得ることは、お好みのコーヒーに辿り着くための大きな近道になると思います。
改善のヒントにご興味のある方や決まり文句だけでは物足りないという方は、引き続き次項ならびに関連記事をご参照下さい。
関連記事:おいしいコーヒーの淹れ方は?応用編② – 収率・伝え方の注意点・AI
この項で【圧力】を調整するための次善の策は【分量】【時間】ポイントに「注水量とペース」として織り込むこととしています。
この記事でお伝えしようとしていることが、その実践方法です。
粉と水の比率だけじゃダメなの?
代表的な粉量調整方法として「粉:注水量=1:17」というSCA推奨のブリューレシオ(Ratio:比率)をご存じの方もいらっしゃるのではと思います。
覚えやすい目安にはなりますが、濃度は「粉量:抽出量の比率」だけで定まるものではありません。
水に溶け出す成分の量は、【時間】【温度】はもちろんのこと、それぞれに異なる粉の状態や器具類といった抽出条件・工程によって大きく変化するものだからです。
透過式において風味調整の幅広さをメリットと捉える場合、それに相対するデメリットは、調整のために必要な情報が多い上に見えにくいことに起因する風味のバラつきと捉えることが出来ます。
これらを一緒くたにして「奥深さ」と表現することも出来ると思いますが、オブラートに包み込もうとする態度は問題を発見して改善するという視点を放棄するということにもつながります。
角度の異なる視点として、濃度や風味という概形を作る個別の成分によって生み出される「アロマ・フレーバー・アフターテイスト・マウスフィール」といった感覚的特徴に焦点を当てた官能評価というアプローチ方法があります。
この方法は、最終的には有資格者の多数決で評価を決定する仕組みによって客観性を担保する方式となおり、SCAやCOEといった世界的な業界組織等でも採用されています。
この記事(中級・二段階目)では、あえて抽出・工程レシピの変化による含有成分の種類ごとの溶解量の変化については言及しません。
成分比の問題に踏み込むためには、再現性の高い抽出方法(+豆・焙煎・挽き目)を土台に据えない限り、どんな説明や評価や議論も空回り、もしくは堂々巡りに陥ってしまうからです。
原理的により精密さが要求される高度な調整方法が必要なことから、最終的な三段階目に位置する概念と技術であり、前段階を踏むことなしに正当な結果を得ることは出来ない領域です。
本Q&Aでは、風味の調整方法について精度や扱いやすさによるレベル分けを施すことで、それぞれの目的に沿った使い分けが出来るように構成しています。
コーヒー抽出が計算可能(アルゴリズム)になる?
コーヒー抽出における数学的な意味での数値化や一般化という試みは、まだ途上段階にあります。
複雑な状況や条件に対して柔軟かつ正確に回答してくれるような、十分に一般化された法則や公式と呼べるような操作情報(コマンド)は、私の知る限りではまだほとんど存在しません。
抽出レシピの数値として代表的な基本ポイント(分量・温度・時間)は、あくまで個別のドリップについての記録という結果情報(データ)です。
その集積から法則性を見出すことで、上記の推奨値といった操作情報が徐々に導かれて来てはいますが、全てのケースにまで適用可能な(普遍的な)情報とはなっておらず、その範囲も様々な条件付きの限られたものです。
現在のコーヒー機器による実践においては、どのような方式(プログラム式コーヒーメーカーやAI制御型アームロボット含む)であっても、抽出と風味の関係までをリアルタイムなフィードバック計算に基づいて行っている訳ではなく、事前のデータを元にインプットされた固定レシピをなぞる、もしくは再現するに留まっているのが実情です。
しかし、現在もその先を目指したアルゴリズムや制御機構の開発が世界のどこかで行われていると考えるのが自然な流れなので、賛否はあれども近い将来には身近なものとなるのではと思います。