抽出レシピ作りのテンプレート
コーヒーの風味傾向ついて表す場合の最も大きな分類は「苦味と酸味」です。
そして、その違いは主にコーヒ豆の焙煎度によって決定されています。
その理由は、果実の種としての生豆が元々持っているフルーツ系の酸味成分と甘味成分が、焙煎時に生豆に加えられる熱量によって徐々に減少し、香ばしさを伴う苦味成分へと変化して行く、というトレードオフの関係になっているからです。
焙煎過程による風味変化
浅煎り(1ハゼ前後):酸味が優位
⇓
深煎り(2ハゼ前後):苦みが優位
さらには、成分の変化だけでなく、植物の繊維で出来た物質としての密度や硬さといった性質も変化して行くからです。
浅煎り(1ハゼ前後):硬く重い(密度高)
⇓
深煎り(2ハゼ前後):脆く軽い(密度低)
同じ生豆であっても、異なる焙煎度では抽出の対象となる成分、成分溶解の進行速度は、大げさではなく誰の目にも明らかな違いとして現れます。
そして、コーヒーの風味・色合いといった仕上がり具合は、その影響が強く反映されたものとなっています。
コーヒーレシピと呼ばれる、いくつかの主要な抽出条件の選択に当たっては、お好みやオリジナリティーに合わせた細かい分類を許容するだけの幅はありながらも、より大きな分類で見れば、焙煎度を軸とした選択に収束していることが明らかになります。
それだけ、焙煎度という指標は最終的な風味傾向との相関が強い支配的な要因だからです。
コーヒーの風味を左右している要因をざっと思い浮かべるだけでも、生豆の生産・輸送・保管・焙煎・製粉・抽出の各段階について、それぞれから枝分かれした細かい違いまでを辿って行けば、軽く数十項目を越えるくらいの数になります。
もし、「レシピとは、抽出に関わるあらゆる要因の組み合わせ方によってコーヒーの数だけ存在し、そのわずかな違いでさえ全く異なる風味を生み出し得るもの」といった風に仰々しくお伝えした上で、一つ一つの条件設定に細心の注意を払うように促されたとしたら…
計り知れない奥深さに誰もが恐れおののいてしまうことでしょうが、ご安心頂いて大丈夫です。
とある抽出レシピについて、あたかも無限に近い組み合わせの中から導き出された唯一の正解であるかのように訴え掛ける論法は、商品の特別さを演出するために供給側が伝統的に用いて来たマーケティングの常套手段の一つに過ぎません。
このような論法(レトリックあるいは説明の仕方)は、各要因の結果に対する影響度(各パラメーターの重み付け)を無視することによって、「無限の可能性(架空でしかあり得ない量やパターン)を錯覚させる」という、私たちの認識の脆さを突いています。
どのような豆や抽出方法であっても、そこには焙煎度が示す物理化学的な性質と、人の味覚という生物学的な仕組みに則って自然に描かれる明確なパターンが存在します。
今記事では、その基本的なパターンについて焙煎度別にテンプレート化してみましたので、抽出レシピ作りの下敷きに使ってもらえれば幸いです。
複数のレシピを扱う際には、以下の親子関係に基づいた整理を行っておくと、イメージ通りに新たなレシピを組み立てて行くことが出来るようになると思います。
- 焙煎度 ⇒ 基本パターン(テンプレートレシピ)
- 1に個別のケースに合わせた微調整を加えた派生型 ⇒ 応用パターン(バリエーションレシピ)
関連記事:コーヒー用語集 – 焙煎について
中煎り~中深煎り
現在の日本で最も多くの方に親しまれているコーヒー豆の焙煎度は、風味傾向において酸味と甘みとコク、華やかさと香ばしさのバランスがほど良い中深煎り前後です。
浅煎り派、深煎り派の両極から聞こえて来る強い主張や特殊ケース、希少価値が際立つのはさもありなんですが、実際のところは、静かにその中間に落ち着く方が圧倒的な多数派です。
そして、「わたしたちの好み」はそう簡単に変わるものではないので、「他の人はどうしてるんだろう?」といった不安をお持ちのようでしたら、その点もご安心頂いて大丈夫です。
そのような訳で、まずは国内で最も支持層の多い焙煎度「中深煎り」の基本的な抽出レシピについて、その値を仮に標準値と置いた上でグラフ化してみました。
焙煎度別に基本レシピをグラフ化して比較することで、数値や言葉だけだとレシピごとの条件の変化を把握しづらかった面が改善され、「焙煎度が異なる場合、各値は標準(50%)と比べてどれくらい変化するのか?」ということが、直感的に分かりやすくなりました。
グラフの項目は、抽出レシピの中でも核心部分となる、「基本&応用ポイント:豆からの成分溶解量に大きく寄与する条件」に絞ってまとめています。
グラフ全体を見た時、緑色に見える部分が多いほどより濃いめ(溶け出す成分量が多い抽出条件)となり、逆に緑色が少ないほど軽め(溶け出す成分量が少ない抽出条件)となっています。
※レシピの数値は目安とお考え下さい。
コーヒー抽出レシピが示す値の厳密性についてですが、そもそもの素材が自然の生み出す農産物であることや、生産から加工、流通経路を経て一杯のカップに至るまでの様々な仕組みを鑑みれば、それがまるで精密な工業製品と同等の画一性を持っているかのようなイメージを重ねることには無理があると思います。
レシピ外の抽出条件(豆や器具・環境など)が異なることを前提とした上での目安や比較のために示された値であればなおのこと、数度、数秒や数mlといった違いが生み出すかもしれない小さな変化を探る前に、はっきりと感じ取れる大きな変化を生み出す要因(あるいは尺度)から着目してみましょう。
抽出条件についての補足
- ハンドドリップ透過式 ペーパーフィルター
- 比較しやすいよう分量(粉量と抽出量)は全て同じ条件としています
焙煎度
- 3:ミディアム 4:ハイ 5:シティー
目的
- バランスの良い万能型
- どんな豆からも過不足なく風味成分を溶かし出しつつ、ある程度飲みやすい範囲に収める
方向性
- 満遍なくほどほどに
- 濃度(TDS値):1.3%前後
- 収率:20%前後
微調整の一例
- 深煎り・浅煎りのパターンと比較して、お好みに近づくように値や器具を変えてみる
※風味傾向が万人向けだからと言って、その方が技術的に簡単という訳ではありません。
特に透過式については、「調理方法としての仕組み自体が不安定」という構造上の問題を抱えているので、「気付かない所で~過ぎてしまっていた」といった理由から、ご自身の意図とは反する抽出パターンに陥りやすい方法となっています。
深煎り
焙煎度
- 6:フルシティー 7:フレンチ 8:イタリアン
目的
- 力強いコク(ボディー・質感)とキャラメル系の甘さ、香ばしさ(ロースト感)を味わう
方向性
- 中温中時間
- 比較的に豆の繊維が脆く界面活性物質の量が多いことから、成分全体が溶け出しやすくなっています。苦味や雑味の成分も否応なく多めに含まれるため、やや低めの温度で静かにゆっくりと溶かし出す
- 成分溶解量を減らす(収率を下げる)
※結果的に中煎り~中深煎りレシピと同程度の濃度に収まります
微調整の一例
- 苦みやいがいがしさ、舌触りのざらつき(雑味)が強いと感じた時は、レシピの湯温を下げる、もしくは、それらの成分が溶けやすくなる抽出後半のみ湯温を下げる
- 時間が長くなった結果として、上と同様の傾向が見られる場合は挽き目を粗くする
- よりボディー感を味わいたい時は粉量を増やす、もしくは時間を長めにする
- コーヒーオイルを透過させやすいネルや金属メッシュといった粗めのフィルターと組み合わせることで質感、香味を加えてみる
- ポイント調整をより低温・長時間方向に向けることで苦みを抑え甘さを際立たせる(水出し方式の特徴に近付ける)
浅煎り
焙煎度
- 1:ライト 2:シナモン
目的
- 華やかな香りと果実系の甘酸っぱさに表れる、それぞれの豆が持つ個性を楽しむ
※生豆のグレードがスペシャルティー以上にランクされるものは、果実系の酸味を呈す素となる多様な成分を含む傾向があります。
この辺りの焙煎度でその生成が最も活発になるため個性が表れやすいとされています。
方向性
- 高温短時間
- 特徴である強い香りと爽やかさが両立した味わいに仕上げたい場合は、素早くしっかり溶かし出すようにする
- 粉からの成分溶解量を増やす(収率を上げる)
比較的に粉の繊維が硬く締まった状態で、水抜けが悪く成分も溶け出しにくい性質のため
結果的に中煎り~中深煎りレシピと同程度の濃度に収まります
※高収率タイプのレシピは、粉の品質(生豆・焙煎・挽き目・保管状態の全て)がハイレベルで、過度な酸味や苦味、渋みといった雑味成分がもともと少ない場合に推奨。
逆に考えれば、低レベルな豆には低収率タイプの方が適しているということですが、このような豆の性質や状態に合わせた調整方法を知ることが、「それぞれの強みを活かしたり、嫌味を目立たなくしたりするための措置を意図に沿って施す」という確かな技術につながって行きます。
微調整の一例
- 全体的に物足りない、あるいは酸味に偏っていると感じた際は挽き目を細くする
- 同様の目的で撹拌を強めてみたり、蒸らし時間や全体の時間を長く(3~4分)してみたりすることで濃度を上げる
- 酸味や渋みなどのとげとげしさが強い、甘みが少ないと感じた時は、挽き目を粗くする。もしくは湯温を下げる
- ドリップポットによる注水に慣れていない、あるいは水抜けの悪い器具類を用いていたり、微粉量が多っかたりするために目詰まり起こしやすい、などの理由から時間調整が上手く行かない場合は、浸漬式器具を用いて時間4分前後を目安に抽出してみる
※酸味成分は水に溶けやすいので、酸味成分のみに絞って溶解量の調整を施すという対策は、抽出の仕組みとして難しいです
一般的には濃度を下げるか、水に溶けにくく抽出後半に溶解量が増えて来るコクや甘味を追加することによって目立ちにくくするといった方法で味覚上のバランスを調整します
投入回数(注水分割数)ってどう決めるの?
注水分割数:少ない ⇒ 軽め 多い ⇒ 濃いめ
関連記事:濃度がブレない抽出レシピの作り方② – 1.2.1 お湯は何回に分けて注いだらいいの?
もう少し詳しく知りたいという方は、以下の記事などもおススメです。
関連記事:上手にドリップするには? – 基本編【分量】【温度】【時間】と濃度の関係 – ドリップ工程とポイント調整の効果
ハンドリップ用レシピ生成&ガイドアプリ
当店開発の抽出最適化アプリをご利用頂けます。
各ケースに合わせた抽出レシピ生成のみでなく、全体の実行プランを最後までサポートするガイド機能を搭載しています。
※注
記事内のレシピは1杯用の代表例です
以下のアプリでは、杯数(分量)変更時の濃度変化を抑制することで幅広いケースに対応したレシピを生成する、という目的に合わせて初期値が設定されています。
目標濃度がやや濃い目、抽出時間が長めといった所でレシピの値が若干異なるため、お好みによって調整して下さい。
抽出工程中の温度変化を把握する
温度バーにある「スラリー温度」という言葉については、はじめて目にされる方がほとんどだと思います。
- スラリー:固体と液体の混合物
- コーヒースラリー:コーヒー粉と水が混ざった状態
この用語は、現在のコーヒー業界では工学系のごく限られた分野でしか使われないものです。
しかし、スラリー温度こそ抽出中の成分溶解プロセスにおいて本質的に重要な値です。
一言にコーヒーの温度と言っても、それが抽出プロセス中のどこを指すのかで意味が変わります。
もし、説明する人と説明を受ける人、あるいはレシピや温度計が、それぞれに異なる部分を指しながら「温度」と呼んでいたとしたら、そこにズレがあると気付かない限り、いつまで経っても共通の理解に辿り着くことはないでしょう。
そして、このようなすれ違いはごくありふれているために見過ごされがちです。
いざ、抽出のことをもっと知りたいとなった時には、一つ一つの要素を識別するための言葉を知ることも、次への足掛かりを得る方法の一つになると思います。
例えば、以下のような疑問を持たれたことはないでしょうか?
- 沸したお湯って何度くらい?それをドリップケトルに移したら何度くらいになるの?
- ドリッパー内(あるいは浸漬状態)の温度って、時々でけっこう変わってるのでは?
- 抽出液が飲み頃の温度になるように調整するには?
さらには、ケトルやドリッパー、サーバーは何製がいいの?ペーパーリンスはいるの?ちょうどいい抽出量や時間の決め方って?などなど。
抽出に関してよく挙げられる疑問の数々は,、その源流を辿ると「温度(より根本的には成分溶解に消費されるエネルギー:熱量)」に端を発するものが多いのですが、それらの答えは全て「スラリー温度の変化」にあると言っていいと思います。
温度管理の起点はスラリー温度
もう少し具体的な例を挙げながら解説して行きます。
ドリップの準備から終了までの全工程を通して、水は以下のような異なる器具を段階的に経由するのが一般的です。
ポット(やかん)⇒ドリップケトル ⇒ドリッパー ⇒ サーバー ⇒ カップ
それぞれの条件にもよりますが通常の抽出環境では、ポットなどで湯沸かしをしてから次の器具への移し替えを行うごとに、その水から熱は大きく奪われ、少なくとも5℃程度づつ温度が下がって行きます。
例えば、以下のような環境でお湯の移し替えを行う場合、あっという間に10~20℃といった範囲で温度が急落してしまう、ということが起こることもあります。
- 冷えた器具、あるいは金属をはじめとする冷えやすい器具を用いている
- 気温が低い時期や場所。風を受ける場所
- 抽出時間や準備時間が長い
- 1、2杯分程度の少量抽出(準備する湯量も少ない)
抽出中だけなく、準備から飲んでいる間までの各段階で、コーヒーに関わる温度は変化し続けています。
つまり、「注水温度をはじめとする抽出工程中の温度管理は、スラリー温度を把握し、それを起点とした加減を行わなければ正しく成立しない」という結論になります。
実は、抽出工程中の温度変化が最終的な風味に及ぼしている影響は、とても大きなものです。
しかし、室内の安定的な温度環境を暗黙の前提とする一般的な解説において、スラリー温度とその管理方法について言及されることは、まずありません。
先に述べたように、このポイントは業界内でさえ理解も周知も進んでいないからです。
イメージと異なる抽出結果、あるいは不安定な再現性の原因を探るプロセスの中で、その重要性に反して、なかなか意識に上がりにくいポイントとなっている理由です。
コーヒーメーカーよりハンドドリップの方がおいしいのはなぜ?
工程中の温度変化の影響を表す代表的な例としては、機械式コーヒーメーカーとハンドドリップの比較が分かりやすいと思います。
それぞれの注水温度をよく見てみると、それらがスタートからゴールまで一定に近いのか、それとも徐々に低下していくのか、という違いがあります。
では、どちらが良いのか?
コーヒーらしさを生み出す主要な成分は工程前半に溶け出すため、1投目の早い段階(蒸らし)でスラリー全体を目的温度に到達させるのが理想です。
この点は機械でも手動でも同じですが、それぞれの熱の伝わり方も考慮して条件を整えたり、必要な対策を施したりして安定させることで再現性が向上します。
最もシンプルな実践方法として、十分な湯通しによる器具類の予熱がおすすめです。
苦味、雑味成分は工程後半にかけて溶け出しやすくなって行きますが、それは出来るだけ抑えたいというのが普通の感覚だと思いますし、多彩なフレーバーやクリーンカップを重視する業界での評価もその傾向が強いです。
ハンドドリップでは、上記の水の経路と抽出時間に従がい工程後半になるにつれて注水温度が徐々に低下して行くパターンを描くのが通常です。
成分の種類ごとの溶け出しやすさから見た場合、無意識ながらも注水パターンと希望の抑制効果の関係が一致する傾向にあるため、クリーンやスッキリ、まろやかといった印象が得られやすくなります。
結果的に、「ハンドドリップはおいしい」という評価が広まることになります。
これに反して、機械式(この場合は電気湯沸かし式ドリップケトルも含む)の多くは、湯沸かし部と注水部が直結しているため、工程後半にかけても注水温度が一定に近いパターンを描きます。
すなわち、ハンドドリップとは逆で希望に沿った抽出結果になりにくいということです。
このような物理的な違いが、「コーヒーメーカーよりハンドドリップで丁寧に(工程と時間を掛けて)淹れてもらったものの方がおいしい」と評価されて来た、いくつかの理由の一つです。
機械式でその希望に沿った注水温度のパターンを描くためには、別途に多段階の温度調整機構を設ける必要があります。
もちろん、メーカーさんの多くはこの問題を認識されているので、対策済みの機種も過去にいろいろ発売されています。
しかし、それらを日常生活の中で目にする機会があまりない、という状況になっていることには、以下のような現実的な理由があります。
注水温度や速度、分量といった抽出条件(パラメーター)について、細かい制御を行う機械的な仕組みを備えることは技術的に難しくないが…
⇒ 設計・製造・操作の工数が増えて複雑になる
⇒上級者やプロ向けの機種とせざるを得ない
⇒ 生産ロットが少ない
⇒ 高価となり普及しない
このようなギャップは需要と供給の間には必ず存在するものですが、ハード的には「枯れたノウハウ」と呼ばれるものだったとしても、それらを扱うソフト的なノウハウの方に障壁がある場合に起こりやすくなります。
例えば、自動車の運転やロボットの動きを自動化する際、機械部分よりも自律的に最適な選択を判断するための制御部分の開発に多大な困難がある、といったところです。
ここではこれ以上の詳細には触れませんが、ご興味のある方はコーヒーの温度変化と風味の関係、生産から消費に至るまでの様々な段階で使用さている機械類について調べてみるのも面白いと思います。