抽出レシピ作りのテンプレート
コーヒーの大まかな風味傾向は焙煎度によって決定されています。
その理由は、焙煎時の熱の与え方によって、生豆の持つ風味成分だけでなく、物質としての密度や硬さといった性質までもが異なったものになるからです。
元は同じ生豆であっても、焙煎度が違えば抽出時に対象とする成分や溶解の進み具合も違うので、その影響が強く反映されたコーヒーエキスになるということです。
レシピを構成する各抽出条件の選択に当たっては、お好みやオリジナリティーを許容するだけのある程度の幅はありながらも、広い範囲での分布を見れば、自ずと焙煎度を軸とした選択に収束していることが分かります。
それだけ最終的な風味傾向との相関が強い、支配的な要因ということです。
ある一つのコーヒーの風味を左右している要因をざっと思い浮かべるだけでも、生豆の生産・輸送・保管・焙煎・製粉・抽出の各段階とそれぞれの細かなプロセスを辿って行けば、軽く数十個越えるくらいの数になります。
もし、「レシピとは抽出に関わるありとあらゆる要因の組み合わせによってコーヒーの数だけ存在し、それぞれのわずかな変化でさえ全く違った風味を生み出し得るもの」といった感じで仰々しく表現されたとしたら…
計り知れない奥深さに誰もが恐れおののいてしまうことでしょうが、ご安心頂いて大丈夫です。
それが、あたかも無限に近い組み合わせの中から導かれた唯一の正解であるかのように訴える論法は、商品の特別さを演出するために使われるマーケティングの常套手段の一つに過ぎません。
このような論法(レトリックあるいは説明の仕方)は、各要因の結果に対する影響度(各パラメーターの重み付け)を無視することで「架空の可能性(無限の組み合わせ)を錯覚させる」という、私たちの認識の脆さを付いています。
どのような豆や抽出方法であっても、そこには焙煎度が示す物理化学的な性質によって自然に描かれる明確なパターンが存在します。
その基本的なパターンを焙煎度別にテンプレート化してみましたので、抽出レシピ作りの下敷きに使ってもらえれば幸いです。
複数のレシピを扱う際には、以下の親子関係に基づいた整理を行っておくと、ケースごとの条件の選択や組み立てがイメージ通りに出来るようになって行くと思います。
- 焙煎度 ⇒ 基本パターン(テンプレートレシピ)
- 1を元に個別の条件に合わせて微調整を加えた派生型 ⇒ 応用パターン(バリエーションレシピ)
中煎り~中深煎り
現在の日本で最も多くの方に親しまれているコーヒー豆の焙煎度は、風味傾向において酸味と甘みとコク、華やかさと香ばしさのバランスがほど良い中深煎り前後です。
浅煎り派、深煎り派の両極から聞こえて来る強い主張や特殊ケースが際立つのはさもありなんですが、実際のところは静かに中間に落ち着く方が圧倒的な多数派なので、その点についてもご安心頂いて大丈夫です。
まずは、この範囲についての基本的な抽出パターンをレシピ化し、その値を仮に標準値とおいてグラフ化してみました。
焙煎度別に基本レシピをグラフ化して比較することで、数値や言葉だけだとレシピごとの変化を把握しづらかった面が改善され、「焙煎度が異なる場合に各ポイントの値は標準(50%)と比べてどのように変化するのか?」ということが直感的に分かりやすくなります。
グラフ内の各項目は、抽出レシピの中でも核心部分となる「豆からの成分溶解量に大きく寄与する条件(基本ポイント)」のみに絞ってまとめています。
焙煎度別にグラフ全体を見た時、緑色に見える部分が多いほどより濃いめ(溶け出す成分量が多い抽出条件)となり、逆に緑色が少ないほど軽め(溶け出す成分量が少ない抽出条件)となっています。
※レシピの数値は目安とお考え下さい。
コーヒー抽出レシピが示す値の厳密性についてですが、そもそもの素材が自然の生み出す農産物であることや、生産から加工、流通経路を経て一杯のカップに至るまでの様々な仕組みを鑑みれば、それがまるで精密な工業製品と同等の画一性を持っているかのようなイメージを重ねることには無理があると思います。
レシピ外の抽出条件(豆や器具・環境など)が異なることを前提とした上での目安や比較のために示された値であればなおのこと、数度、数秒や数mlといった違いが生み出すかもしれない小さな変化を探る前に、はっきりと感じ取れる大きな変化を生み出す要因(あるいは尺度)から着目してみましょう。
抽出条件についての補足
- ハンドドリップ透過式 ペーパーフィルター
- 比較しやすいよう分量(粉量と抽出量)は全て同じ条件としています
焙煎度
- 3:ミディアム 4:ハイ 5:シティー
目的
- バランスの良い万能型
- どんな豆からも過不足なく風味成分を溶かし出しつつ、ある程度飲みやすい範囲に収める
方向性
- 満遍なくほどほどに
- 濃度(TDS値):1.3~5%前後
- 収率:18~20%前後
微調整の一例
- 深煎り・浅煎りのパターンと比較して、お好みに近づくように値や器具を変えてみる
※風味傾向が万人向けだからと言って、その方が技術的に簡単という訳ではありません。
特に透過式は、調理方法としての仕組み自体が不安定という構造上の問題を抱えているので、「気付かない所で~過ぎてしまっていた」という意図に反した現象が至る所で起こりやすくなっているからです。
深煎り
焙煎度
- 6:フルシティー 7:フレンチ 8:イタリアン
目的
- 力強いコク(ボディー・質感)とキャラメル系の甘さ、香ばしさ(ロースト感)を味わう
方向性
- 中温中時間
- 比較的に豆の繊維が脆く界面活性物質の量が多いことから、成分全体が溶け出しやすくなっています。苦味や雑味の成分も否応なく多めに含まれるため、やや低めの温度で静かにゆっくりと溶かし出す
- 成分溶解量を減らす(収率を下げる)
※結果的に中煎り~中深煎りレシピと同程度の濃度に収まります
微調整の一例
- 苦みやいがいがしさ、舌触りのざらつき(雑味)が強いと感じた時は、レシピの湯温を下げる、もしくは、それらの成分が溶けやすくなる抽出後半のみ湯温を下げる
- 時間が長くなった結果として、上と同様の傾向が見られる場合は挽き目を粗くする
- よりボディー感を味わいたい時は粉量を増やす、もしくは時間を長めにする
- コーヒーオイルを透過させやすいネルや金属メッシュといった粗めのフィルターと組み合わせることで質感、香味を加えてみる
- ポイント調整をより低温・長時間方向に向けることで苦みを抑え甘さを際立たせる(水出し方式の特徴に近付ける)
浅煎り
焙煎度
- 1:ライト 2:シナモン
目的
- 華やかな香りと果実系の甘酸っぱさに表れる、それぞれの豆が持つ個性を楽しむ
※生豆のグレードがスペシャルティー以上にランクされるものは、果実系の酸味を呈す素となる多様な成分を含む傾向があります。
この辺りの焙煎度でその生成が最も活発になるため個性が表れやすいとされています。
方向性
- 高温短時間
- 特徴である強い香りと爽やかさが両立した味わいに仕上げたい場合は、素早くしっかり溶かし出すようにする
- 粉からの成分溶解量を増やす(収率を上げる)
比較的に粉の繊維が硬く締まった状態で、水抜けが悪く成分も溶け出しにくい性質のため
結果的に中煎り~中深煎りレシピと同程度の濃度に収まります
※高収率タイプのレシピは、粉の品質(生豆・焙煎・挽き目・保管状態の全て)がハイレベルで、過度な酸味や苦味、渋みといった雑味成分がもともと少ない場合に推奨
微調整の一例
- 全体的に物足りない、あるいは酸味に偏っていると感じた際は挽き目を細くする
- 同様の目的で撹拌を強めてみたり、蒸らし時間や全体の時間を長く(3~4分)してみたりすることで濃度を上げる
- 酸味や渋みなどのとげとげしさが強い、甘みが少ないと感じた時は、挽き目を粗くする。もしくは湯温を下げる
- ドリップポットによる注水に慣れていない、あるいは水抜けの悪い器具類を用いていたり、微粉量が多っかたりするために目詰まり起こしやすい、などの理由から時間調整が上手く行かない場合は、浸漬式器具を用いて時間4分前後を目安に抽出してみる
※酸味成分は水に溶けやすいので、酸味成分のみに絞って溶解量の調整を施すという対策は、抽出の仕組みとして難しいです
一般的には濃度を下げるか、水に溶けにくく抽出後半に溶解量が増えて来るコクや甘味を追加することによって目立ちにくくするといった方法で味覚上のバランスを調整します
投入回数(注水分割数)ってどう決めるの?
注水分割数:少ない ⇒ 軽め 多い ⇒ 濃いめ
関連記事:濃度がブレない抽出レシピの作り方② – 1.2.1 お湯は何回に分けて注いだらいいの?
もう少し詳しく知りたいという方は、以下の記事などもおススメです。
関連記事:上手にドリップするには? – 基本編【分量】【温度】【時間】と濃度の関係 – ドリップ工程とポイント調整の効果
抽出工程中の温度変化を把握する
温度バーにある「スラリー温度」という言葉については、はじめて目にされる方がほとんどだと思います。
- スラリー:固体と液体の混合物
- コーヒースラリー:コーヒー粉と水が混ざった状態
この用語は、現在のコーヒー業界では工学系のごく限られた分野でしか使われないものです。
しかし、スラリー温度こそ抽出中の成分溶解プロセスにおいて本質的に重要な値です。
一言にコーヒーの温度と言っても、それが抽出プロセス中のどこを指すのかで意味が変わります。
もし、説明する人と説明を受ける人、あるいはレシピや温度計が、それぞれに異なる部分を指しながら「温度」と呼んでいたとしたら、そこにズレがあると気付かない限り、いつまで経っても共通の理解に辿り着くことはないでしょう。
そして、このようなすれ違いはごくありふれているために見過ごされがちです。
いざ、抽出のことをもっと知りたいとなった時には、一つ一つの要素を識別するための言葉を知ることも、次への足掛かりを得る方法の一つになると思います。
例えば、以下のような疑問を持たれたことはないでしょうか?
- 沸したお湯って何度くらい?それをドリップケトルに移したら何度くらいになるの?
- ドリッパー内(あるいは浸漬状態)の温度って、時々でけっこう変わってるのでは?
- 抽出液が飲み頃の温度になるように調整するには?
さらには、ケトルやドリッパー、サーバーは何製がいいの?ペーパーリンスはいるの?ちょうどいい抽出量や時間の決め方って?などなど。
抽出に関してよく挙げられる疑問の数々は,、その源流を辿ると「温度(より根本的には成分溶解に消費されるエネルギー:熱量)」に端を発するものが多いのですが、それらの答えは全て「スラリー温度の変化」にあると言っていいと思います。
温度管理の起点はスラリー温度
もう少し具体的な例を挙げながら解説して行きます。
ドリップの準備から終了までの全工程を通して、水は以下のような異なる器具を段階的に経由するのが一般的です。
「ポット(やかん)⇒ドリップケトル ⇒ドリッパー ⇒ サーバー ⇒ カップ」
それぞれの条件にもよりますが、ポットなどで湯沸かしをしてから次の器具への移し替えを行うごとに、その水から熱は大きく奪われるので、水温は少なくとも5℃程度づつ下がって行きます。
例えば、以下のような状況で知らずに移し替えを行った場合には、どこかの段階であっという間に10~20℃といった範囲で急落してしまっているということも十分にあり得ます。
- 冷えた器具、あるいは冷えやすい器具を用いている
- 気温が低い時期や場所、アウトドアでは加えて風を受ける場所で行っている
- 抽出時間や準備時間が長い
- 1、2杯分程度の少量抽出(準備する湯量も含めて少ない場合)
つまり、抽水温度をはじめとする工程中の温度管理について考える場合は、スラリー温度を起点として加減を行わなければ正しく成立しないということです。
実は、抽出工程中の温度変化が最終的な風味に及ぼす影響はとても大きなものです。
しかし、室内の安定的な温度環境を暗黙の前提とする一般的な解説においては、ドリップケトル内の初期温度以外について言及される機会はそう多くありません。
このような理由から、イメージと異なる抽出結果、あるいは不安定な再現性の原因を探る中で意識に上がりにくいポイントの一つとなっています。
コーヒーメーカーよりハンドドリップの方がおいしいのはなぜ?
工程中の温度変化の影響を表す代表的な例を挙げると、機械的なコーヒーメーカーとハンドドリップの比較が分かりやすいと思います。
それぞれの注水温度をよく見てみると、それらがスタートからゴールまで一定に近いのか、それとも徐々に低下していくのか、という違いがあります。
では、どちらが良いのか?
コーヒーらしさを生み出す主要な成分は工程前半に溶け出すため、1投目の早い段階(蒸らし)でスラリー全体を目的温度に到達させるのが理想です。
この点は機械でも手動でも同じですが、それぞれの熱の伝わり方も考慮して条件を整えたり、必要な対策を施したりして安定させることで再現性が向上します。
実践方法としては、十分な湯通しによる予熱が最もシンプルでおすすめです。
苦味、雑味成分は工程後半にかけて溶け出しやすくなって行きますが、それは出来るだけ抑えたいというのが普通の感覚だと思いますし、多彩なフレーバーやクリーンカップを重視する業界での評価もその傾向が強いです。
ハンドドリップでは、上記の水の経路と抽出時間に従がい工程後半になるにつれて注水温度が徐々に低下して行くパターンを描くのが通常です。
成分ごとの溶け出しやすさから見た場合に、そのパターンと希望の抑制効果が無意識ながらも一致するという場面が多いため、クリーンやスッキリ、まろやかといった印象が得られやすく、それらがハンドドリップが持つ自然な特徴としてあえて大きく取り立てるような風潮はありません。
これに反して、機械式の多く(この場合は電気湯沸かし式ドリップケトルも含む)は、湯沸かし部と注水部が直結しているため工程後半にかけても注水温度が一定に近いパターンを描きます。
すなわち、ハンドドリップとは逆で希望に沿った抽出結果になりにくいということです。
この違いが「コーヒーメーカーよりハンドドリップで丁寧に(工程と時間を掛けて)淹れてもらったものの方がおいしい」と評価されて来た、いくつかの理由の一つです。
機械式でその希望に沿った注水温度のパターンを描くためには、別途に多段階の温度調整機構を設ける必要があります。
もちろん、メーカーさんの多くは昔から当然とこの問題を認識されているので、そういっものもすでにいろいろ発売されて来た歴史があります。
しかし、それらをあまり目にする機会がないことには以下のような理由があります。
注水温度や速度、分量といったパラメーターについて細かい調整を行うための機械的な仕組みを備えることは技術的に難しいことではないが…
⇒ 設計・製造・操作が複雑になる
⇒上級者やプロ向けの機種とせざるを得ない
⇒ 生産ロットが少ない
⇒ 高価となり普及しない
このようなギャップは需要と供給の間には必ず存在するものですが、ハード的には枯れたノウハウと呼ばれるものだったとしても、それを扱うソフト的なノウハウの方に普及までの壁がある場合に起こりやすくなります。
例えば、自動車の運転やロボットの動きを自動化する際には、機械部分よりも自律的に最適な選択を判断するための制御部分の開発に多くの困難があるといったところです。
ここではこれ以上の詳細には触れませんが、ご興味のある方は温度変化と風味の関係、その具体策について調べてみるのも面白いと思います。