鮮度の基準は焙煎日
コーヒー豆のコーヒーらしい風味は、生豆全体を焦がさないように熱を加えて行く「焙煎」という調理を施すことで生まれます。
大手メーカー製の工場で大量一括焙煎された焙煎豆や粉といった商品では、消費期限が数ヵ月から1年ほどに設定されるのが一般的です。
食品衛生法によって焙煎豆は加熱調理・乾燥処理された食品に該当し、飲食しても体に害がない期間を目安として定められた範囲となっています。
しかし、製造年月日が記載義務から除外されて消費期限のみとなって以降、その辺りの事情を知らないと、いつ焙煎されたものなのかについては分かりづらくなっています。
さらに、コーヒーは時間経過による見た目の変化が少ない、ということもあり、コーヒーの新鮮さと風味の関係は多くの方にとって把握しにくいポイントとなってしまっています。
コーヒーも他の食品と同じように、鮮度が落ちるにつれて風味は劣化して行くものです。
密封して冷暗所が基本
熱・光・空気・水分を遮断するバリア性が高い容器
瓶・缶・タッパーなどの形状や扱いやすさは様々ですが、上記の要素について遮断性能が高い素材と構造を持つものがおすすめです。
当店のオンライン販売で使用している保存袋は、コーヒー用の中でも特に高い保管性能を持つものを使っています。
※ガス抜きバルブ、チャック式、内側アルミ蒸着の多層フィルム仕様
コーヒー用保存袋のガス抜き機構は何のため?
袋を密閉した状態で焙煎直後の豆を保管すると、焙煎後の豆内部から徐々に吹き出して来るガスの圧力で数日で袋がパンパンに膨れ上がり、袋や閉じ口が弱いと破裂することもあります。
自然なことではあるのですが、その見た目から何らかの異常と思われやすく、かさが増すことや破損につながるということは輸送、販売上も問題になることから講じられた対策です。
また、真空保存することで風味をより長持ちさせることも出来ますが、内圧に耐えながら長期間の真空状態を保つための強固な包装方法が必要になります。
保管温度と新鮮な期間の目安
保管する温度が低いほど、素材の状態を一定に保つことが出来るので、より低い温度で冷凍するほど風味は長持ちします。
肉や野菜のように水分が多く含まれている食品の場合は、冷却に時間が掛かると水分が凍結する間に素材の組成まで変化させてしまう、という現象が起こるために風味の劣化につながることがあります。
業務用の商品では、その対策として極低温環境での急速冷却や、水分を飛ばしながら冷却するフリーズドライといった手法が用いられることがあります。
しかし、もともと水分をほとんど含まないコーヒー焙煎豆の場合は、そのような現象による風味の劣化は起こりません。
また、低温状態では香りを含む気体類の膨張による内圧も低く抑えられる(揮発しにくい)ため、その多くを豆内部に閉じ込めたまま保つことが出来ます。
常温・冷暗所保存の場合(20℃前後)
- 豆の状態 ⇒ 焙煎日から2~3週間ほど
- 粉の状態 ⇒ 焙煎日から1~2週間ほど
冷蔵庫の場合(5~10℃前後)
- 豆の状態 ⇒ 焙煎日から2ヵ月ほど
- 粉の状態 ⇒ 焙煎日から1ヵ月ほど
冷凍庫の場合(-18℃前後)
- 数か月~数年
※当店基準で香りや味の劣化が少ないと思われる、およその期間についてお示ししたものです。
それぞれの期間を過ぎたらおいしくない、飲めないという意味ではありません。
工場などで窒素充填・真空パッケージなどの酸化防止処理が施された製品に関してはこの限りではありませんが、開封した時点からは同様です。
冷蔵・冷凍庫から頻繁に出し入れする際は、豆の温度が大きく上下したり、湿気を帯びて結露が起きたりしないようご注意下さい。
それらは成分の劣化を早める大きな要因となります。
冷蔵・冷凍された豆を使う場合でも、粉に挽いて抽出するまでには常温に近くに戻るので、最終的な風味に与える影響はほぼありません。
ただし、粉の状態で冷凍されたものを取り出してすぐに使用する場合は、粉の温度が下がるにつれて、あるいは粉量が増えるにつれて、抽出中のドリッパー内の温度が上がりにくくなることで、成分が溶け出しにくくなります。
一回の抽出で数十グラム~数百グラムほどの多めの粉量を用いる際は、少し時間を置いて常温に戻るの待つ、器具の予熱を入念に行うなどの対策をお考え下さい。
エージング(熟成)
成分の酸化や揮発・散逸といった風味の劣化を引き起こす主要な変化が抑えられた適切な保存状態においては、成分の熟成(エージング)作用の働きによる風味変化が徐々に表れて来ます。
焙煎直後の香ばしさ(苦味・スモーキーさ・ロースト香)やメリハリのあるシャープな味わい(酸味・穀物臭・青臭さ)といったとげとげしさが次第に落ち着いて、全体的に一体感を帯びたまろやかさが感じられるようになって行く。
焙煎日から、およそ数日~1週間程度の期間を置いたものを好まれる方が多いようです。
そして、極浅煎り豆(ライトロースト)、極深煎り豆(フレンチ、イタリアンロースト)の焙煎直後の風味にはより尖った印象が感じられやすいため、2週間~1ヵ月ほどと比較的長期間のエージングが推奨されるケースもあります。
このようなケースでも、適切な保管状態を保った上ならば、十分においしく召し上がって頂ける範囲です。
当店では焙煎直後からでも良好な風味をお楽しみ頂けるように、焙煎段階でそれぞれの生豆や焙煎度に合わせた火の通り具合や給排気量の調整を行っています。
エージングによる風味変化については、コーヒー豆の持つ自然な特徴であり、楽しみ方の一つと考えていますので、あえて、こちら側で意図したエージング期間を設けるようなことは行っていません。
上述のように、それぞれの商品やお客様によって異なる保管状態に置かれている、という状況では、例え一律のエージング期間を設定したとしても、皆さんが同様の効果と風味に対する評価を得られる訳ではない、ということもその理由です。
鮮度と抽出、風味の関係については以下の関連記事にて詳しく解説していますので、ご興味のある方はご参照ください。
消費期限
法令、製造・販売元ごとの基準や商品によって異なります。
当店ではコーヒーの風味にとって鮮度も重要な要素と考えているため、密封・冷暗所保管をお願いした上で1ヵ月とコーヒー豆・粉としては比較的短期間に設定させてもらっています。
基本的には、風味をはじめとする品質についての著しい劣化や健康上の問題を引き起こす怖れのない期間という意味ですので、それを過ぎた場合の補償は出来かねますが、常温冷暗所保管でも2ヵ月ほどは、お召し上がりいただく分においての問題は無いものと考えています。
豆か粉かで日持ちが変わるのはなぜ?
豆を挽いて粉にした時点から表面積が増大し、豆の中に蓄えられていて酸素の侵入を防いでいた炭酸ガスなどの気体成分も放出されてしまうことによって急速に劣化が進みます。
粉のまま野ざらしに近い状態で放置すると、たとえ数十分程度の時間でも揮発や酸化によって美味しさの素になる風味成分が減少して行きます。
はじめは香り、酸味、甘み、苦みなどの豊富な成分から生まれる風味の多様さや奥行きが失われることで徐々に平坦な味わいとなって行き、油脂分の酸化までが進む段階になると鈍く淀んだ風味やすっぱさ(フルーツ系の爽やかな酸味:クエン酸やリンゴ酸、酒石酸などとは別の過酸化脂質によるもの)が表れて来ることで嫌悪感さえ催すようになります。
元はどんなに高級、高品質な豆であっても鮮度が落ちて劣化した状態となれば不味くなるものです。
もし、そのような状態のものと新鮮な普及帯(コモディティークラス)のものを比べたら、普及帯の方がより美味しく感じられた、というケースがあったとしても、日本の食文化においては、大げさに驚いて見せるような場面には当たらないはずです。
このようなケースは、コーヒーに限らず食べ物に関する日常的な体験からも同じことが言えるのではないかと思います。
コーヒーは腐敗した成分による食中毒の危険はほぼないとされる食品ですが、人によっては胸やけや胃もたれ、吐き気などといった体調不良を引き起こす事態は十分にあり得ます。
適切に保管して頂き、出来るだけお早めにお召し上がり頂くことをおすすめ致します。
豆に滲む油や液面に浮かぶ油膜は何?
全てのコーヒー豆には植物性の油脂分が含まれています。
また、その量には、アラビカ種やロブスタ(カネフォラ)種とを代表とする品種によっても若干の違いがあります。
そして、焙煎という加熱調理によって脂質(固体)が溶けて油(液体)となって行き、生豆状態では固く閉まっていた細胞壁の繊維質もほぐれて豆が膨らんで行きます。
すると、油が豆の内側から徐々に表面に滲み出て来るようになります。
焙煎度が深煎りになるにつれ、豆の膨らみが大きくなって内部の隙間(通り道)も多くなるので、油が滲み出て来る量も多くなります。
焙煎度で「深煎り」と呼ばれる、繊維質が脆くなって砕ける段階(二ハゼ)を迎えたところから、「フルシティー ⇒ フレンチ ⇒イタリアン」という順に滲み出る油の量が増えて行き、その変化は焙煎中にも目に見えて分かるほどになります。
焙煎度が「浅煎り」「中煎り」と呼ばれる「ライト ⇒ シナモン ⇒ ミディアム」くらいの範囲では、焙煎後に時間が経ったとしても、そのような変化はほとんど見られません。
油脂分の腐敗とコーヒーのトラウマの関係
油はコーヒーに元々含まれている風味にとっても大事な成分で、それが見た目に表れるかどうかは焙煎度や抽出方法によってケースバイケースです。
つまり、油が滲んでいる・油膜が見える=劣化した状態ではないということです。
「油が滲んでいるかどうか?」は、品質を判断する上で大事なポイントと言えるものではありません。
深煎り豆の場合、焙煎直後と比べてどれくらい滲んだ油が増えたかによって、だいたいの経過日数が分かるかも?という程度の指標です。
油の状態からコーヒー豆の品質について判断するポイントは、「新鮮な植物油の特徴が失われていないか?を感じ取ること」です。
- サラッとした透明感があり、濁ってネバネバした感じがない
不純物が溶け込んだり、酸化したりするにつれて粘度が上がって行く
- 焙煎香とフルーツや花の香りが混じった活き活きとした香りが感じられ、香りが弱かったり、鈍く淀んだような匂い(香りではなく)がしたりしない
油は香気成分が溶け込みやすい香りの貯蔵庫
油は酸化すると独特の腐敗臭を発する
見た目や感触で分かるほどドロドロした感じや、本能的に嫌悪感をもよおす匂いが感じられるようでしたら、召し上がるのは避けた方が良いと思います。
また、抽出後のコーヒーの液面に油膜が浮いて見えるケースについてですが、そもそもの焙煎度や挽き目、抽出方法によって「油の分離しやすさ(見えやすさ)」が違うため判断が難しいところです。
上記と同じく、かき混ぜた時にサラッと溶けず分離したまま浮いていたり、コーヒーの香りに混じって、すえたような嫌な匂いを感じたりしないか、という点に注意してみましょう。
※近年は生豆の精製段階で発酵を強く促す方式を用いることで豆の個性を際立たせたものが増えており、元々の商品の特徴として発酵臭が感じられるタイプもあります。
予備知識がないと腐敗臭との区別が難しい場合もあるかと思いますので、違和感を感じたら購入店に直接尋ねてみるのが良いと思います。
発酵を伴う精製方法を表す代表的な名称:ハニー・ナチュラル・ファーメンテッド・アナエロビック・カーボニックマセレーションなど
※ウォッシュド(水洗式)以外はほぼ全て
コーヒーの腐敗は、油脂が酸化した状態である過酸化脂質の増加が原因の一つです。
過酸化脂質は体に悪く、摂取量や体調、体質によっては胸やけ・胃もたれ・下痢などの症状を引き起こす場合があります。
残念ながら、このような状態となったものも含めて、低品質なコーヒーを原因とする辛い体験が記憶に刻まれ、後々まで拒否反応を示すようになってしまった、という方は少なからずいらっしゃいます。
以下の基準をご参考に、出来るだけ鮮度に配慮された商品を選択してもらうことで、新たなコーヒー体験を味わってもらえればと思います。
- 焙煎日が明記されている
- 消費期限まで猶予がある
- 密閉性・遮光性・遮熱性の高いパッケージが使用されている
- 低温で保管されている
- 挽き立て・淹れ立てである
※関連記事:コーヒー豆・粉の選び方は?
抽出後のコーヒー液の保管と温め直し
コーヒーは抽出液となってすぐの状態から劣化が進行し始めます
特にホットの場合、コーヒー自身の熱によって酸化、加水分解をはじめとする成分の化学反応や揮発が進行しやすい状態なので、秒単位で劣化していることになります。
だからと言って、お店でもない限りは自然に冷めて行く数分程度の時間を気にする必要まではないと思います。
気にし過ぎるのも精神衛生上良いとは言えませんが、逆に気にしなさ過ぎて、次のような保温方法を用いることも良いとは言えません。
- ウォーマーなどを使って高温状態を長時間に渡って維持する
- コンロやレンジを使って、ぶくぶく煮立つほど再加熱する
断熱性が高く密閉出来るボトルやサーバーを使う方法は数時間ほどの保温については有効ですが、熱や金属との反応による成分の劣化はどうしても避けられません。
※2024追記:京セラから「CERAMUG(セラマグ)」という製品が発売されています。
真空断熱ボトルの内側に特殊なセラミック塗装が施されおり、コーヒー液の保管用途を想定した上で、飲み物の成分(酸やアルカリ性物質)とステンレスなどの金属イオンが反応して起こる風味変化がかなり抑えらるようになっている、というものです。
電気ポットなどには内壁にコーティングを施したタイプはすでにありますが、飲料持ち運び用のマグボトルにこそ求められていたアプローチの実践と高い技術力、実体験としての確かな効果に感動して店主も愛用しているので、ここでおすすめさせてもらいます。
※他製品との比較において、保温力は高い方ではないこと、成分(特に油脂分)が壁面のセラミック塗料に吸着されて残りやすいため、念入りに洗浄する必要があることをお伝えしておきます。
数時間、数日単位での保管をお考えの際は、抽出後に出来るだけ早く冷却する、つまり、アイスコーヒーにしてしまうことで劣化を抑える、という方法がおすすめです。
それを密封容器に入れて冷蔵庫で保管しておくことで、容器を頻繁に出し入れしたり、開閉したりしなければ、1週間ほどは良好な範囲の風味を保てます。
実はコーヒー抽出液でも、良好な保管状態を維持することで熟成(エージング)作用が働き、まろやかさや深みのある味わいに変化する、ということが起こります。
温めなおしの際は、小鍋で弱火にかける、電子レンジの弱モード(牛乳用、あるいは300W 以下)を使うといった方法で、ゆっくり全体の温度を上げる(60℃~70℃目安)ようにしてもらうと、そのような繊細な風味も損なわれにくくなります。