暑い夏、良く冷えたアイスコーヒーは魅力的ですが、いざそれを作りたいとなってもアウトドアで「冷やす」という作業を行うのはなかなか大変なことだと思います。
基本的なアイスコーヒー作りの流れは、ドリップしたホットコーヒーという加熱調理で出来たものを、次に冷却するという2段階方式となっています。
その過程では「加える熱量+奪う熱量」が最低でも必要なので、ホットコーヒーに比べて倍以上のエネルギーが何らかの形で消費されていることになります。
「氷を使えば…」という至って自然な解決策にも、いざ外でとなれば通常のドリップ用具に追加して以下のような大掛かりな作業と用具・材料が必要になって来ます。
- 断熱性の高いクーラーボックスやあらかじめ冷凍された冷却材
- 電気式冷蔵・冷凍機器を使用する場合は電源設備(高容量高出力なバッテリーもしくは発電機)
もし、これらの用意もいとわないとのことであれば、品質の高いものを作ることは可能です。
アウトドア・キャンプ愛好家の方にとっては、それほど大変なことではないかもしれませんが、初心者の方や気軽にやってみたい方にはコスト面(労力と費用)でも大きな障壁となる気がします。
アウトドアでアイスコーヒーを作って楽しむというケースは、ホットコーヒーとは比較にならないほどマイナーな現状となっている理由だと思います。
そこで当店としては、どなたでも使える「アウトドアで自分好みのアイスコーヒーを作る方法」をお伝え出来ないかと思い、そのポイントをまとめてみました。
いくつかの方式ごとに数回のシリーズになる予定です。
※関連記事:アウトドアコーヒーには何が必要?
「ホットコーヒー + 氷」方式の濃度・温度調整方法
「氷の温度」がアイスコーヒー作りのポイント
このポイントも普段は目にされる機会がほとんどないと思います。
しかし実は、このポイントに注目することによって、以下の疑問の数々が明らかになって行きます。
- ホットコーヒーとアイスコーヒーの淹れ方(抽出条件)の違い
- インドアとアウトドアの環境条件違い
- ドリップ解説全般にまつわる問題点
氷の温度も状況によって変化します。
インドアならば通常の冷蔵庫内の冷凍室は-15℃程度に保たれていると思います。
しかし、アウトドアでは冷蔵設備や用具の性能によって、保てる温度や時間が異なります。
では、この事実を「濃いめに淹れたホットコーヒーに直接氷を投入する」という、比較的メジャーなアイスコーヒー作りの方式に当てはめてみましょう。
すると、同じような見た目と量の氷でも0℃のものと-10℃のものを使う場合では溶かした時の冷え具合が違って来るため、0℃に近いものを使った場合は、よりコーヒーが薄まってしまうという結果になります。
つまり、目的の温度に冷やすために必要な氷の量は、ホットコーヒーの温度と量に加えて氷の温度によっても変わってしまうことが分かります。
まず、この方式について解説される場合の要点部分のみをまとめておくとこうなります。
- 基本的なドリップのポイントについて押さえておく
- コーヒーは濃いめに淹れる(通常の1.5~2倍の粉量)
- コーヒーと同量(重さ)ほどの氷を準備する
- あらかじめサーバーに氷を入れておいたり、抽出後にすぐ氷を加えることで急冷する
ご興味のある方ならこの辺りまでの情報はどこかで見聞きしたことがあるでしょうし、コンビニのドリップマシンがまさにこの方式なのでどういうものかはイメージしやすいと思います。
4の「急冷」については抽出された成分の熱による化学変化や揮発を抑えるために大事なポイントです。
しかし、1~3の間でごく自然に必ず起こるはずの過程、「ホットコーヒーと氷の温度と量に伴う濃度変化と温度変化」について説明された文言は、コーヒー関連のどこを探しても見当たらないことに疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか?
実はこのような事例にも、解説に当たって無意識にインドア環境かつ整ったキッチン設備を想定をした簡略化、また抽出方法や表現方法としての定型化(ひいては形骸化)といった情報伝達に関わる問題が潜んでいます。
その説明が正しいかどうかや意図的かどうかは別として、それが生まれる元となった情報はいつの間にか失われてしまったまま、コピーにコピーを重ねた抜け殻だけが散らばっているということです。
「豆・抽出条件・氷の量(または比率)はコレ!」といった一部の限定された状況でしか成立しない一例を挙げるに留まってしまう理由は、その根拠があくまで個別の経験則に基づいたものであり、様々な条件や状況にも通じる原理原則に基づいたものではないからです。
この方式は手軽かのように見えますが、実際には変動要因が多く結果にブレが出やすいために、それぞれの状況に合わせた抽出条件や氷量について明確に示すことはそう簡単ではないという難点を抱えています。
この手の指摘が野暮なことは承知の上ですが、お茶を濁すことなく解決しようとするならば、以下にお示しする計測と計算に基づいて一般化されたプロセスの提示が必要になって来ます。
必要な氷量と粉量を求めるための計算式
- 比熱 コーヒー(水)4.2J/g・K 氷2.1J/g・K
- 氷の融解熱334J/g
- 質量(g) 温度(℃)
氷量 = (コーヒー温度 – 目的温度) × コーヒー量 × 4.2 / 氷温度 × -2.1 + 目的温度 × 4.2 + 334
目的量 = コーヒー量 + 氷量
氷量を求めるには、前提条件となるいくつかの値を決定しておく必要があります。例えば、70℃で100gのコーヒーと氷温度-5℃のものを準備するとします。
その上で、それを目的温度5℃まで冷やしたい場合に投入すべき氷量は?という問いを立てて、上の式に値を代入して行くと答えが導かれます。
氷量 = (70-5) × 100 × 4.2 / -5 × -2.1 + 5 × 4.2 + 334
=27300 / 365.5
≒75(g)
この答えから最終的にコーヒーと溶けた氷が合わさった目的量が決まります。
目的量 = 100 + 75
= 175(g)
次に、ベースとなる100gのコーヒーを抽出するために必要な粉量を求めます。
その際の基準に、普段お好みで召し上がっている通常ドリップ時の粉量対目的量の比率を用いることも可能です。この例題では当店の基準レシピより粉12g目的量150gとしておきます。
12 / 150 = 0.08
先ほど求めた目的量から必要な粉量を換算すると
175 × 0.08 = 14
よってまとめると「粉14gから抽出した100gのコーヒーに-5℃の氷約75gを投入することで、通常ドリップと同じ濃度で5℃のアイスコーヒー175gが得られる」ということまでが答えになります。
様々な状況に対応する汎用性と予測性を持つことが、この方法の最大のメリットです。
前提条件となる数値を変えたり逆算したりすることで、事前に状況やお好みに合わせた細かい調整が出来るようになります。
このようなプロセスを踏むことで、もし上手くいかなかった場合にも、どこに問題があったかについて確認しやすくなるので、結果として目的のコーヒーに辿り着くための近道になるものと思います。
※通常ドリップとアイスコーヒーベース用のドリップは出来るだけ同条件に近づけて抽出されたものとしますが、実際には特に【抽出時間】というポイントで誤差が大きくなる可能性があります。この調整を正確に行うためには濃度計を使った計測も必要になって来ます。
※コーヒー温度70℃前後にするためには湯温85℃前後での抽出が目安になります。
※関連記事:上手にドリップするには? – 基本編【分量】【温度】【時間】と濃度の関係 –
関連記事:濃度がブレない抽出レシピの作り方 -ハンドドリップのデメリットを知る-
※気温・器具類・カップ温度といった外部との熱の出入りに関して、実際の場面では大きく影響する条件をいくつか除外しているので答えは目安です。カップ一杯分ほどの量の場合は±数度程度の誤差が出ると思います。
※目的温度5℃に達した時の状態は全て液体で氷は残らないものとしています。実際は若干残ると思いますが、さらに氷を追加した際に溶けにくいことや良く冷えていると感じられることからその値としています。
※冷たい飲み物は風味を感じ取りにくくなることと濃いものを薄める方が調整しやすいことから、通常と同じ濃度ではなく、さらに濃いめに抽出する場合が多いです。
※この計算式の分母部分に着目すると、氷の融解熱が大きな役割を果たしていることが示されています。薄くなるのが嫌だからという理由で「ステンレス氷などの解けないタイプの冷却材を使ってもあまり冷えない」ということが分かります。
メリットは手軽さと鮮度感
普段から当店ではこの方式を使わないため、今回の記事を書くに当たって勉強しながら妥当と考えられる計算方法を導いて検証してみました。
アイスコーヒー用として使いやすいよう出来るだけシンプルな形式にしたつもりですが、どこか間違ってるとこがありましたらご指摘をお待ちしてます。
また、▢内の計算から注意点まで含めたプロセスについては、おそらくコーヒーのセオリーにおいて前例のない内容となっているため、一歩踏み込んでみたい方やドリップについてこの種の疑問をお持ちの方にとってのご参考になればと思います。
数字うんぬんは抜きにしても「コーヒー+氷」方式には大きなメリットがあります
- 氷を加えるだけという工程の手軽さ
- 風味の鮮度感
固定の抽出レシピと温度環境という限定された条件が前提であれば、記事中段にある要点部分のみでも慣れで十分対応出来る範囲だと思います。
※この方式を一部では「Flash Brew」と呼ぶらしいです
アウトドアでも失敗しにくくするための方法
- 十分な量の氷とそれをしっかり冷やしておける器具を準備をする
- 思い切って普段の3倍ほど濃いめに抽出する
とにかく現地に行ってから困らないように、余裕を持って冷え具合や濃さを調整出来るようにしておくと良いと思います。