※再編中 氷投入型急冷式の「落とし穴」
この記事では、アイスコーヒーの作り方で最も手間と時間が掛からずポピュラーな方式となっている「氷を直接投入することで冷やす方式」について解説して行きたいと思います。
ただし、お手軽レシピの紹介記事ではありません。
この記事の目的は、この方式が持つ手間が少ないメリットの裏に隠れた落とし穴とその対処法について探って行くこと。
そして、「熱量調整」という核心部分に触れて頂くことです。
落とし穴とは見えない前提条件
まず、この方式についての解説でほぼ共通する手順と値についての要点のみをまとめた「お手軽レシピ」を作ってみます。
- ホットコーヒーを濃いめに淹れる(通常の1.5~2倍ほどの粉量)
- そのコーヒーと同量(重さ)ほどの氷を準備する
- あらかじめサーバーに氷を入れておいたり、抽出後にすぐ氷を加えることで急冷する
ご興味のある方ならば、このような内容の解説はどこかで見聞きしたことがあるでしょうし、プロセスについてもコンビニのドリップマシンがまさにこの方式なのでイメージしやすいと思います。
本当にこれだけでOKなら簡単で誰でもすぐ出来そうな手順に見えますが、裏を返せば穴だらけと表現することも出来ます。
この記事で言う落とし穴とは「見えない前提条件」を指しています。
例えば、冷やす直前の抽出されたコーヒーの温度は一体どのくらいでしょうか?
抽出レシピ付きで温度が示されている場合だとしても、それは「ドリップケトル(注湯容器)内の温度」を指すことが通常です。
そして、用意した豆が深煎りか浅煎りかといった条件でその温度を変えるという場合も往々にしてあります。
また、抽出時間、抽出量、レシピ外の設備環境や自然環境といった要因によってもたらされる保温状態の違いによっても「抽出されたホットコーヒーの温度」に大きな差が生まれる、ということも容易に想定されることですが、1~3だけでは見えて来ない条件です。
次に、氷の温度について注目してみます。
冷蔵庫内の冷凍室の温度はマイナス15℃前後に設定されているのが「通常」なので、氷と言えばおよそその温度のものを使用する、ということが前提条件に含まれています。
そうだとすると、それを行う状況は建物内(インドア)もしくはキッチンといった設備環境が整った場所、というさらなる前提に立っていることになります。
もし、これを設備環境のない屋外(アウトドア)で行う状況だとすると、氷の温度は一定ではないことの方が「通常」へと変化します。
それは用意する冷却用設備の機能や使用方法によって保てる温度帯や持続時間は異なるからなので、そのような条件変化について知っているならば冒頭のレシピが示す氷の量で良いのか?という疑問が自ずと芽生えるでしょう。
上記をはじめとして、手軽さと引き換えに「見えなくなった何か」に気付かないままだと、現実の多様な状況下では至る所に潜む落とし穴にハマってしまって思い通りに進まない、ということが起こるとしても不思議ではありません。
落とし穴を照らして見る
基本的な急冷式アイスコーヒー作りの流れは「①ホットコーヒーを作る⇒②それをすぐに氷や流水を使って冷やす」という2段階方式となっています。
①加熱工程:熱量を加える
②冷却工程:熱量を奪う
氷投入型は②の役割を「氷」という材料の特性にほぼ依存する形になっています。
この方式でなかなか思い通りに作ることが出来ないとお感じの場合には、以下の2点のポイントと疑問を挙げられる方が多いのではないかと思います。
- 濃さの調整が上手くいかない ⇒ ホットコーヒーと氷の量の割合はどう決める?
- 温度の調整が上手くいかない ⇒ ホットコーヒーと氷の熱量の割合はどう決める?
このような疑問の発端としてよくある失敗パターンは「ぬるい⇒冷えが甘いので氷を足す⇒薄過ぎる」という一連の流れだと思います。
アイスコーヒー作りの方法にも様々ありますが、氷入型急冷式の持つ「①と②のバランス調整を一つの抽出工程内で完結させる」という仕様は技能的に最も難易度が高い部類に入ります。
手順としては「氷を入れるだけ」なので最も取っ付きやすいイメージを持たれている方も多いと思います。
しかし、このように説明されたとしたら果たしてどうでしょうか?
「②で氷が加わることを想定した上で①でどんなコーヒーを作るかを先に決めておかなければバランス調整が成立しない方式」
「濃度(分量)」と「温度(熱量)」はアイスコーヒーに限らず、コーヒーを味わう際に多くの方が敏感に感じ取られる要素で、最初の印象を決定付けるほどの影響力があります。
なぜかというと、人間の味覚では「どのような豆、抽出方法、風味の特徴なのか」といった理性的な判断に辿り着く以前に、自身にとって飲みやすい(安全)かどうかという本能的な判断の方が生物としての先決事項となっているためです。
冷やすために必要なもの
①+②のバランス調整を工程中にリアルタイムで行うことが出来ない理由は、氷温度はすぐに正確に調整することが難しいからです。
つまり、レシピ作成時点で濃度と温度についての想定したゴールから逆算した値を決定しておく必要がある、ということになります。
まず必要とされるのは、それを正確に行うための技能(ノウハウ)です。
①について:ホットコーヒーをイメージ通りに抽出出来る
②について:氷の状態を把握した上で①をイメージ通りに調整出来る
②には、冷却に費やされるエネルギーを有効に利用するために以下のような材料や器具を扱うノウハウが含まれます。
- 氷
- 冷却材
- 温度計
- 放熱容器(コーヒーサーバーなど)
- 保冷容器(冷蔵・冷凍機器・クーラーボックスなど)
- 電源設備(電気機器を用いる場合)
- 水道設備(流水を用いる場合)
こうして並べてみると、実はアイスコーヒー作りには事前に、あるいは見えない所で多くの物やエネルギーが必要とされていることがお分かり頂けるのではと思います。
先でも述べたことですが、インドアであればことさら意識するまでもない条件だとしても、環境が異なる場合にはこれらの条件を満たしていない可能性に注意を払う必要があります。
もし、知らないうちに冷凍庫の調子が悪くなっていたとしたら、その冷凍庫の氷でしか通用しないレシピになってしまうということです。
アウトドアの場合について愛好家の方にとってはそれらの準備も苦にならないかもしれませんが、初心者の方や気軽にやってみたい方にとってはまずコスト(労力と費用)だけで障壁になると思います。
ただ本質的に必要なものに当たるのは、目的達成のためにどれだけのコストをどこに掛けたら良いのかを示してくれる「コーヒーとアウトドアのノウハウを兼ね備えた具体的なプラン」です。
※関連記事:アウトドアコーヒーには何が必要?
正確性と汎用性の高いレシピ作成に向けて
このポイントに注目することによって、以下のような疑問の数々までが明らかになって行きます。
- ホットコーヒーとアイスコーヒーの淹れ方(抽出条件)の違い
- インドアとアウトドアの環境条件の違い
- ドリップ解説全般にまつわる問題点
冒頭1~3の「3.急冷」については抽出された成分の熱による化学変化や揮発、酸化による劣化などを抑えるために大事なポイントです。
コーヒーに詳しい方の解説であれば、もう少し安定的な再現性をご提供するために1~3に加えて「分量・温度・時間という抽出の基本ポイント」を加えた固定レシピの形を取ることになると思います。
それでも、「ホットコーヒーと氷の熱量に伴う濃度変化と温度変化」というその過程で必ず起こる現象についての説明が欠落している、という点には変わりありません。
さらに言うと、この変化について言及された文言というものはコーヒー関連のどこを探しても見つからないものなのですが、その事実にすでにお気付きの方は「なぜそれが放置されたままなのか?」という疑問をお持ちなのではないでしょうか?
それは、この事例にも以下のような情報伝達に関わる問題が潜んでいるからです。
- コーヒー抽出方法とその表現方法は長年に渡る情報の蓄積の結果として、ほぼ定型化されている
- 流通する情報の大半は定型を元にしたコピーとなっており、核心に当たる原理までさかのぼって言及されるケースは少ない
現実的な需要に応えることのみを目的とした場合には即用重視への傾倒と核心の喪失、つまり形骸化が自ずと起こりやすくなります。
その内容が正しいかどうかや意図的かどうかは別として、「豆・抽出条件・氷の量(または比率)はコレ!」といった限定的な事例の提示に留まることが多い理由は、その根拠が個別の経験則やテンプレートに基づいたものであり、様々な条件や状況にも通じる原理原則に基づいたものではない、という所にあります。
この方式は手軽かのように見えますが、実はそもそもの変動要因が多いために各々の状況に合わせた抽出条件や氷量について明確に示すことはそう簡単ではない、という難点を抱えています。
この手の指摘が野暮なことや多くの方が求める情報には当たらないことは承知の上ですが、お茶を濁すことなく解決することが目的であれば、以下にお示しするような計測と計算に基づいて一般化されたプロセスの提示が必要と思います。
必要な氷量と粉量を求めるための計算式
- 比熱 コーヒー(水)4.2J/g・K 氷2.1J/g・K
- 氷の融解熱334J/g
- 質量(g) 温度(℃)
氷量 = (コーヒー温度 – 目的温度) × コーヒー量 × 4.2 / 氷温度 × -2.1 + 目的温度 × 4.2 + 334
目的量 = コーヒー量 + 氷量
氷量を求めるには、前提条件となるいくつかの値をあらかじめ明らかにしておく必要があります。
例えば、70℃で100gのコーヒーと氷温度マイナス5℃のものを準備するとします。
その上で、それを目的温度5℃まで冷やしたい場合に投入すべき氷量は?という問いを立てて、上の式に値を代入して行くと答えが導かれます。
氷量 = (70-5) × 100 × 4.2 / -5 × -2.1 + 5 × 4.2 + 334
=27300 / 365.5
≒75(g)
この答えから最終的にコーヒーと溶けた氷が合わさった目的量が決まります。
目的量 = 100 + 75
= 175(g)
次に、ベースとなる100gのコーヒーを抽出するために必要な粉量を求めます。
その際の基準に、普段お好みで召し上がっている通常ドリップ時の粉量対目的量の比率を用いることも可能です。この例では、当店の基準レシピより粉12g目的量150gとしておきます。
12 / 150 = 0.08
先ほど求めた目的量から必要な粉量を換算すると
175 × 0.08 = 14
よってまとめると
「粉14gから抽出した100gのコーヒーに-5℃の氷約75gを投入することで、通常ドリップと同じ濃度で5℃のアイスコーヒー175gが得られる」
ということまでが答えになります。
様々な状況に対応する汎用性と予測性を持つことが、この方法の最大のメリットです。
前提条件となる数値を変えたり逆算したりすることで、事前に状況やお好みに合わせた細かい調整が出来るようになります。
このようなプロセスを踏むことで、もし上手くいかなかった場合にもどこに問題があったかについて確認しやすくなるので、結果として目的のコーヒーに辿り着くための近道になるものと思います。
補足と注意点
※通常ドリップとアイスコーヒーベース用のドリップは出来るだけ同条件に近づけて抽出されたものとしますが、実際には特に【抽出時間】というポイントで誤差が大きくなる可能性があります。この調整を正確に行うためには濃度計を使った計測も必要になって来ます。
※コーヒー温度70℃前後にするためには湯温85℃前後での抽出が目安になります。
※気温・器具類・カップ温度といった外部との熱の出入りに関して、実際の場面では大きく影響する条件をいくつか除外しているので答えは目安です。カップ一杯分ほどの量の場合は±数度程度の誤差が出ると思います。
※目的温度5℃に達した時の状態は全て液体で氷は残らないものとしています。実際は若干残ると思いますが、さらに氷を追加した際に溶けにくいことや良く冷えていると感じられることからその値としています。
※冷たい飲み物は風味を感じ取りにくくなることと濃いものを薄める方が調整しやすいという理由によって、通常のホット抽出より濃度を高めたレシピが用いられる場合が多いです。
※この計算式の分母部分に着目すると、氷の融解熱が大きな役割を果たしていることが示されています。薄くなるのが嫌だからという理由で「ステンレス氷などの解けないタイプの冷却材を使ってもあまり冷えない」ということが分かります。
メリットは手軽さと鮮度感
アウトドア環境で営業する当店では、この方式のデメリットに対処し切れないので使うことがありません。
今回の記事を書くに当たって、勉強しながら妥当と考えられる計算方法を導いて検証してみました。
使いやすいように出来るだけシンプルな形式にしたつもりですが、どこか間違ってるとこがありましたらご指摘をお待ちしてます。
また、▢内の計算から注意点まで含めたプロセスについては、おそらくコーヒーのセオリーにおいて前例のない内容となっているため、より核心に踏み込んでみたい方やドリップ解説全般についてこの種の疑問をお持ちの方にとってご参考になればと思います。
数字や利便性うんぬんといった原理主義的な固い話は抜きにしても、「コーヒー+氷」方式には大きなメリットがあります。
- 氷を加えるだけという工程の手軽さ
- 風味の鮮度感
固定の抽出レシピと温度環境という限定された条件が前提であれば、記事中段にある要点部分のみでも慣れれば十分対応出来る範囲だと思います。
※この方式を一部では「Flash Brew」と呼ぶらしいです
アウトドアでも失敗しにくくするために
- 十分な量の氷とそれをしっかり冷やしておける器具を準備する
- 普段の2~3倍の粉量(もしくは半分~1/3の抽出量)くらいにして、ホットコーヒーを濃いめに作る
とにかく事前に余裕を作っておくことが、設備や資材、環境が不十分な現地で問題が起こってから困らないようにするために大事なことと思います。
目指すアイスコーヒーまでの「プラン」を明確にしておくほど、「落とし穴」を避けて着実に辿り着けるようになると思います。