透過式の問題点を知る※2022/08/29細部更新
この記事では、「ハンドドリップで一度に作る杯数を変えたい時はどうしたらいいの?」という疑問への回答を通じて、透過式という仕組みが生み出すメリットとデメリットについて詳しく解説して行きたいと思います。
おうちでは一度に何杯分作るのかを時々で変えるということも多々あることと思います。そして、場合によっては時々で使う豆も道具も工程も異なることでしょう。
そういった状況と、抽出レシピと呼ばれる固定された条件に沿った工程を反復しやすい環境を整えているコーヒー専門店の状況では、一杯ごとの風味のバラつき具合に大きな差が生まれます。
お客様からこのバラツキに関わるご質問を頂く機会も多く、ドリップ経験のある方にとっては共通のテーマかと思います。
ではなぜ、それが共通のテーマとなっているかと言うと、誰もが簡単に納得出来る答えが見つかっていないからです。
実は、このテーマはドリップと切っても切れない疑問の数々とつながっているので、「どこに問題があるのか?」と一歩踏み込もうとすると、いつの間にかもやもやとした壁に行く手をさえぎられて立ち往生する羽目になってしまうのです。
- 粉量の変化はどれくらい?
- お湯の量(抽出量)の変化はどれくらい?
- 時間や温度の変化はどれくらい?
- 豆の種類や焙煎度、挽き目、ドリッパーといった抽出条件が違ったら?
これらの抽出に関わる大きな要因について、それぞれを別々のテーマとした議論や解説は過去から現在まで多くの方々がことあるごとに繰り返しされているので、コーヒーにご興味ある方ならば接する機会も多いと思います。
しかし、経験を重ねて抽出の仕組みを理解していくと、「一つの要因だけ切り取って捉えるアプローチ方法では、いつまでたっても矛盾や疑問が残ったままで出口のないループに陥ってしまう」ということにお気付きになっている方もいらっしゃるのではないかと思います。
そこで、そういった矛盾や疑問の連鎖がどこで生まれるかをまずはっきりさせておこうと思います。
抽出を構成する一つ一つのポイントはどのようにつながっているのか?
この視点から抽出を捉えようとすると、ポイント間の関係性をテーマとした情報を目にする機会がほとんどないということが、各方面を探してみて頂ければすぐにお分かり頂けると思います。
なぜなら、そのテーマは世界中の誰もが具体的に認識することさえ難しい障壁として、コーヒー関係者も含めた私たちの行く手を現在も阻んでいるもやもやの正体だからです。
裏を返せば、その関係性こそが本来の探究という意味においてメインテーマとなるべき対象であり、各要因ごとの変化による影響を探るという行為は既知の事実確認作業に当たるものと言えます。
ポイント間の関係性が最終的な結果に及ぼす影響について一定の法則性を見出すことさえ出来れば、上で挙げたような原理的には唯一の答えというものは存在しない末端の疑問について、各状況ごとに各自がバラバラに追いかけ続けている現在のループから解放されることになるからです。
このようなもやもや(障壁)とその向こう側についての共通理解を得ることを目的として、「透過式」という仕組みの解明を試みた記事が「上手にドリップするには?応用編」に当たりますが、内容はあくまで基礎的な理論を中心としたものとなっています。
この記事は、その理論を実際の場面で役立てるにははどのようにすれば良いのか?という実践編に当たるものとなっています。
まず大事なことは、「透過式(特にハンドドリップ・プアオーバー・上から水を注ぐタイプ)」には、抽出工程とその捉え方を複雑にしてしまう大きなデメリットがあるという前提を認識してもらうことです。
その前提に立つことで、何の変哲もなさそうに見える疑問の数々が長い年月を経ても解消されない理由と、シンプルにしても解説に長文を必要とすることについて、多少は前向きに捉えてもらえるのではと思います。
記事①:なぜコーヒーは風味を調整するためにこんなにも面倒なことが必要なのか?
-ハンドドリップのデメリットと対処法を知る-
途中でこうした根本的な疑問を投げかけたくなったとしたら、その気持ちを次の原動力にしてもらえたらと思います。
記事②③:コーヒーの豊かなバリエーションを楽しむために、それぞれに適切な方法を見出すにはどうしたら良いのか?
記事後半では応用編の内容に触れざるを得ないため、ご家庭向けともインスタントな解決方法をご提供する回答とも言えないので恐縮ですが、ご質問やご指摘など頂けましたら随時更新して行く予定です。
なぜ透過式のバランス調整は不安定なのか?
現在、多くのコーヒーシーンで用いられている透過式ですが、その第一の理由は以下の複数工程を同時に行える仕組みになっている利便性にあります。
- 浸透:注水によって粉に水を浸透させる
- 溶解:粉から水に成分を移動させる
- 濾過:水溶液から粉を分離させる
これら一連の工程が、あまりに自然な形で成り立っている抽出方式であるがゆえに、本来は工程中の各段階ごとに異なる目的があることや、そもそもこのような仕組みが用いられている理由について意識されることはほとんどないと思います。
一体化による扱い安さの向上に加えて、ハンドドリップという手法は手作業としての楽しさも味わえるという他にはないメリットが突出しています。
しかし、そこに華々しいスポットライトが当たる反面、構造的に風味調整が不安定にならざるを得ないというデメリットは、さりげなく影に追いやられてしまっている節があります。
そのような中でも、最も分かりやすく現れてしまうデメリットが、杯数(または分量)を変えた際、それぞれの抽出ごとに濃さがバラバラになってしまうことです。
その要因はいくつかありますが、最も影響が大きいのは粉量や注水量といった【分量】が変化すると抽出に掛かる【時間】も自ずと変化してしまうことです。
そうなる変化自体はおかしなことではなく、例えば、増やした分の粉に水を行き渡らせるためにはより多くの水を必要とし、その水が透過するためにはより長い時間が必要になるのは自然なことです。
ただ、一つの要因の変化が同時に他の要因にも影響するという関係性(相互作用)が、いくつもの工程が一体化している透過式の過程では必然的に発生してしまいます。
抽出条件の変化が複雑に連動して工程を変化させてしまうという仕組み自体の不安定さが、透過式による抽出ごとの仕上がりを不安定にさせている本質的な原因です。
- バランス調整が良く分からない(どのポイントをどのくらい変えたら良いのか分からない)
- 淹れる度に味が違う(再現性が低い)
普段からハンドドリップや透過式でコーヒーを淹れられていて、このようなことを感じていらっしゃるようでしたら、それらは元々そうなる仕組みを選択していることによる当然の結果なので、上手く出来ないなと感じることがあったとしても、それ自体は不思議でもなんでもないごく自然なことです。
もし、これまでの知識や経験に疑問や矛盾を多く抱えていらっしゃるようでしたら、それらを一旦白紙に戻すくらいの気持ちで、改めて段階を踏んでメリット・デメリットと適切な対応方法についての理解を進めて頂ければと思います。
抽出の再現性とは?
科学的には、ある現象を意図的に繰り返し起こすことが出来るかどうかという意味ですが、コーヒー抽出においては同じ抽出条件で抽出ごとに同様の風味を作り出せるかどうかを表します。
抽出ごとに濃さ(濃度)が違うということは、どちらが好き嫌いとか良い悪いといった評価とはまた別の評価において「再現性が低い」と言います。
どこまでの再現性を求めるかは人や状況によってそれぞれですし、仕事以外で高い精度を必要とするケースは多くないと思います。
風味に違和感を感じたり、コーヒーの知識を身に着けたりと経験を重ねるうちに、次第にそれを求めるようになるものですが、その段階へ上がろうとする際に立ちはだかる障壁が上記の相互作用問題です。
しかし、一般的な解説において「再現性」について取り上げる場合に透過式という仕組みそのものや要因間の関係性について具体的に言及される事例はほぼありません。
なぜなら、当店も含めて専門的にコーヒーに関わる人たちでも、この問題についての詳細を理解し正確に説明出来る人など世界中探してもまずいないと断言出来るほど複雑な現象だからです。(個液に関する流体力学の専門家ならあるいは…)
この問題に関しては、目的通りのコーヒーにならないからと言って、やみくもに抽出条件を変えてみたり考えを巡らせてみたりして個別の経験則に答えを求めたとしても、決して整合性を備えた「解決」に辿り着くことはことはありません。
単に選択肢が多いだけの迷路ならば、そのアプローチ方法でも運よく出口に辿り着ける可能性がありますが、これは言うなれば「底が見えない落とし穴」なので、一度はまったら運では脱出のしようがないからです。
なので事前に、落とし穴用に練られた対策や道具を使って足掛かりを得る技術を習得しておくことが必要となります。
それによって次の段階に進むことが出来るようになるので、何のためにどのように扱うのかをここで学んでみましょう。
現在、その最も有効な対策として用いられているのが「濃度」と「収率」です。
それらの値は再現性についての指針となります。
ただ、その指針はコーヒー抽出液の傾向についてより正確な情報を教えてくれるものではありますが、目指す方向(風味傾向)は分かったとしても目的地に辿り着くために進むべきルート(工程)までを教えてくれるものではありません。
現在地と目的地、そして、その間のルートを表した「地図」と組み合わせて使うことによってはじめて、どの工程をどう進めば良いのかという実践的なガイドライン(レシピ)が見えて来ます。
まとめると、再現性を得るためには「地図:風味と抽出条件の関係を表す全体像」の上で「コンパス:濃度・収率」を使う方法を明らかにするということになります。
そして、それこそが原理に則った工程レシピの作成方法に相当する言えます。
抽出を技術的難易度によってレベル分けする
抽出に関わる多くの要因の中から、どこからどこまでをレシピに含むのかによって「初級・中級・上級」のような段階があります。
抽出には多くの変動的な要因が関わって来るので、学習範囲をある程度の難易度や優先度によって区別する方が、混乱を避けるためにも良いように思います。
- どのような風味を作りたいのか?
- どれくらいの精度で作りたいのか?
- それぞれの段階に合わせた抽出条件や工程の組み立て方は?
当店では理論や技術の難易度や風味傾向への影響度から見た優先順位による分類と整理を行うことで、それぞれの人の目的に応じてそれらを活用しやすくなるような解説を心掛けています。
「上手にドリップするには -基本編-」で解説している内容は、最も影響の大きいポイントと風味変化の傾向についてまとめたものであり、初級に当たる考え方とレシピの作り方です。
豆の種類や特徴といった知識や様々な道具の使い方といった技術を学ぶことも大事ですが、それらは基本的に覚えれば済む内容なので難易度的には初級に分類される範囲です。
長い歴史において数ある抽出方式・手法・器具について、全てに共通する原理に基づいて確立されていると言えるレシピ作成方法もまた、この段階までに留まります。
その次に当たる内容が「工程レシピの作成方法」に当たりますが、これを求める方法についても世界中で多くの試みがすでになされています。
しかし、それらは以下のような課題を抱えています。
- 官能評価に判定基準の重きを置いているため生豆の特徴に左右されやすく、抽出・工程条件と風味の関係のみにフォーカスされにくい
- 適用範囲がその豆のみや一部のケースのみに限定されている場合が多く一般化するには至らない
- そもそもの根拠や、それを用いた実践方法と結果の関係が不明瞭
これらを踏まえると未だ試行段階にあると考えてもらう方が良いと思います。
その状況を表す最たる例が、透過式において初級段階のレシピが適用可能な範囲は、1つのレシピにつき1つのコーヒーという暗黙の制約があるということです。
それは、抽出条件と工程についての単独の記録であり、その条件が変更された場合に起こるであろう変化や結果については何も表すことが出来ません。
※当店のものはその点について基本的な風味傾向の変化という情報を追加することにより、結果予測について少しだけ改良してあります。
その変化や結果について、事前に正確な値を伴って予測することが出来るのであれば、1つのレシピからでも様々なバリエーションをリアルタイムに展開するという応用が可能になります。
一本道しか示せなかった不自由な固定レシピが、工程レシピとの組み合わせによって自在に拡張出来る可能性を得るということです。
その意味は、誰もが正確な地図を手にすることで、どこからでも好きな目的地に辿り着くこと出来るようになるということでもあります。
しかしながら、現在の所は工程中の複数要因間のつながりに不明瞭な点が多く残されたままなので、そのような予測を試みても不正確もしくは不十分なものとなってしまいます。
ひとまず全部浸漬式でも良いのでは?
ここまでの話の流れだと、このような極論も当然出て来ると思います。コーヒー業界の中にもそのポジションは確固とした説得力を以て存在しています。
当店からも透過式を必要とする特別な理由がない方やハンドドリップの魅力に抗える方には浸漬式をおススメします。
浸漬式は工程中に外から加える作用が少なくポイントの変動が一定的なので、調整についても自ずとシンプルなものになるからです。
カップラーメンが熱湯~分と決まっているのと全く同じことで、仕組みとしては最後に濾過が加わるカップ焼きそばに近いです。
原理的に「再現性が高い」方式となっており、透過式のある意味では余計な複雑さを回避出来るという大きなメリットがあります。
それがご自身のお好みに合っていれば何の問題もないと思います。
注意点としては、濾過方式によっては口当たりに微粉の影響がダイレクトに表れやすいことが挙げられますが、そこで、この問題を回避するためになんらかの工程を追加しようとすると明解さや高い再現性というメリットが失われてしまうことです。
透過式の真のメリットは上級者向け
この記事の主旨とズレるので上では挙げませんでしたが、透過式のメリットには風味調整にとって重要な以下の2点があります。
- 注水によって透過中の粉との接触機会(成分拡散→収率)を調整可能
- 各成分の溶解度の差を利用した成分比の調整が可能
これら二つが組み合わさることによって、ある程度ながらも成分の種類ごとに選択的な抽出が可能になります。
それは浸漬式の仕組みでは難しいことになり、それぞれに一長一短があることから現在も2つの方式が共存しています。
ただし、透過式の真のメリットを活かすためには原理の理解と実践の技術が伴わなければならず、それらを習得することが「上級」に相当する段階に当たります。
これまでドリップの全体像(地図)において、この最終段階にあるものとそこに到達するためのルートもまた不明瞭で混沌としたまま、漠然と語られて来ました。
この記事の内容は、そこを目指す上で難易度的に中級に当たる解説となっています。
②記事からは、初級、中級、上級と一歩一歩段階を踏む(原理に則って基礎から物事を組み立てて行く)ことが、スムーズな上達の実現につながることも明らかにして行きたいと思います。