フィルターの役割
最大の役割は、「コーヒー抽出液とコーヒー粉を分離すること」です。
理由は、口の中でざらつく細かい粉が混ざったままだと、何はともあれおいしく感じられないからです。
それは当然の前提とした上で、おそらく皆さんがご興味を持たれているのは以下のような疑問の答えではないかと思います。
フィルターはコーヒー抽出液の風味に対してどのような効果を与えるのか?
コーヒーの抽出工程は、大きく分けて以下の3段階に区分されます。
- 水の浸透
- 成分の溶解
- スラリー濾過
①と②の工程は、コーヒー粉に含まれている成分を水に溶け出させるために、ドリッパーなどの容器内で水と粉を混ぜ合わせる工程を指しています。
そのようにして、液体と固体(+気体)が混合状態になったもののことをスラリーと言います。
そのコーヒースラリーをフィルターに通すことで、狙いのコーヒー抽出液だけに絞って取り出す過程が③の濾過に当たる工程となります。
濾過(フィルタリング)とは、ごちゃまぜの塊から特定の要素のみをふるい分ける仕組みのことです。
また、フィルターを日本語に訳すと「濾材(ろざい)」です。
もし、コーヒーフィルターとは、それぞれのコーヒー豆の持つ特徴や風味を損なうであろう成分を自動的に選別して、その時の自分が求めていない要素だけを100%取り除いてくれるものだったとしたら、まさに理想的と言えます。
しかし、そんな魔法のような特殊能力とはかけ離れた、ずっと単純で大雑把な仕組みによって成り立っているのが現実です。
なので、コーヒー抽出における濾過とは、「どんな仕組みでどのような現象が起こっているのか」について知ることが、抽出という過程でフィルターが果たす役割と、その結果として生まれる風味との関係を理解することにつながっています。
言い換えると、魔法(ブラックボックス)を上手く扱えない普通の人でも、それらを理解するだけで、フィルターを使いこなして思い通りに抽出をコントロールする術は身に付けられる、ということです。
3つの要素が持つメッシュサイズ
私たちの普段のコーヒーの楽しみ方では、濾過によって取り出されたコーヒー抽出液の風味について吟味しますので、ここで問うべきことは以下の二点です。
- コーヒースラリーの中からフィルターを通したいものと通したくないものは何か?
- フィルターは何を基準に通すものと通さないものを区別しているのか?
粉(個体)と抽出液(液体)を選別する固液分離の基準は「それぞれの粒子の大きさ」です。
粉の大半は目に見えるほどの大きさなので粒子として認識しやすいですが、抽出液を構成する水や成分も「分子」という細かい粒子の集まりと捉えると分かりやすくなると思います。
抽出を左右する3つのメッシュサイズ
- コーヒー粉:
ミルによって粉砕される際のサイズには大小のバラつきが生じます。
ミルのダイヤルで設定したサイズより粗挽きのものから、パウダー状ほどの「微粉」、目に見えないほどの「繊維質」と呼ばれる範囲のものまで含まれています。
粒子の大きさのことを「粒径(メッシュ)」と言い、そのバラツキ具合のことを「粒度分布」と言います。
- 成分分子:
分子は、さらに小さな原子の集まりです。
原子の様々な組み合わせによって、大小や形状、風味をはじめとする各分子の種類と性質の違いが生まれます。
その違いによって、液体中の成分の形態(水への溶け方)も異なったものとなります。
例えば、分子がプラス基とマイナス基に電離した状態のイオン、親水・疎水基を持つ分子が寄り集まったコロイド、同じ種類の分子が鎖状につながって大きな塊となった高分子などがあります。
この記事は、主として粒子サイズにフォーカスを合わせたものですが、補足や関連事項の中でそれらの違いも解説して行きます。
- フィルターの穴:
フィルターは、主に植物や石油、土、金属などの素材を加工し、細かい塊や細長い繊維状にしたものを絡み合わせた生地から作られます。
このような生地が持つ無数の隙間の大きさのことも「粒径(メッシュ)」、もしくは「網目・目開き」と表されます。
濾過という現象に関わる、これら3つの要素ともにメッシュサイズに大小のバラツキがあるため、例えば、「フィルターを通れる粒子と通れない粒子は、そのサイズが100μm以上か以下で分かれる」といったように、特定のサイズや種類という明確な境界線で簡単に分離出来るものではありません。
このような場合について、何がどれくらい通れるのかを表すための方法の一つを「透過率」と言います。
例えば、「90μm~110μmサイズの粒子ならば、およそ80%ほど通るだろう」といったように、「3要素が重なり合う範囲 = 境界領域」と確率で示されます。
当然、これらの計測値や推定値を得るためには、高度な分析技術を持つ専門機関での検証が必要であり、常人の感覚のみで正確な値を導き出せる領域ではありません。
仕組みと現象について整理してみると、問うべきことがより具体的に見えて来ます。
- 境界領域に当たるメッシュサイズはどれくらいか?
- 境界領域に当たる一部の粒子とは何か?
- その粒子が抽出液に含まれる確率によって、風味にはどのような変化が生まれるのか?
これらの疑問についての答えがフィルターの効果であり、お好みや目的によって様々なフィルターを使い分けたい場合に求めるべき情報になります。
また、ものによっては使い勝手が異なるということも、ご選択に当たっての大きな理由になると思いますので、扱い方も含めたフィルターの種類と効果についてのまとめをご紹介して行きます。
ドリップって奥が深い? - フィルターで分離してみる
スラリー(液体と固体の混合物)を分離する方法についても様々な種類があることを例に挙げて解説してみます。
フレンチプレスやトルココーヒーなどの古典的な浸漬式抽出方法では、「上澄みをすする」という飲み方をすることがあります。
その理由は、「水に対する粒子の浮きやすさ(比重)」という性質の違いを基準とした「沈殿法」と呼ばれる粒子の分離法を用いているためです。
この記事では、粒子の大きさ(粒径)の違いを利用した濾過という分離法に焦点を合わせるため、沈殿法には触れていません。
しかし、厳密にはペーパードリップのような透過式抽出方法の過程でも、比重という性質の違いは「白い泡」や「粉」の水中での動き方として、目に見える部分に表れています。
重さや形といった性質の他にも、電気的な性質(電荷)を踏まえて、様々な化学反応を利用する分離方法(凝析・塩析)などがあります。
私たちの認識というフィルター
また、スラリーの状態を良く見てみると、あらゆる抽出方式には「半透過式」もしくは「半浸漬式」と呼ぶ方がふさわしい抽出過程が含まれているということが分かります。
元来、コーヒー抽出という現象には複合的(ハイブリッド)で曖昧な要素が多々含まれています。
度々、呼び方が変わったり、手法(メソッド)として整理されたりすることで、私たちの捉え方(認識)や評価が変わることはあります。
しかし、抽出過程で起こっている基礎的な物理現象が変わる訳ではありませんし、そこを変えることはそもそも出来ません。
「コーヒーは奥が深くて良く分からない」となってしまう理由の一つは、無数の要素がごちゃまぜ状態のスラリーから、私たちの価値判断というフィルターを通して、唯一無二の正解やおいしさ、あるいは、誰でも分かりやすい説明といったような、物理的には存在しない架空の評価(付加価値)を最優先で導き出そうとしてしまうことです。
人の主観的な価値判断という認識を一種のフィルターと捉えると、それはまさに変幻自在で、何を通し通さないかという基準は、杓子定規のように決まっているものではありません。
コーヒーと同様に私達が導き出す結論というものは、その自覚のあるなしとは関係なく、認識というフィルターの影響が色濃く反映されているということです。
そもそも、対象の材料や製造過程についてよく分かっていない時点で、抽出の最適解を求めたり、最終的な判断を下したりする立場からは程遠い場所にいる、という自覚を忘れる訳には行きません。
でなければ、その挑戦は、何の道具も命綱も持たずに、自ら底の見えない落とし穴に飛び込むような無謀な行為となってしまうからです。
上記は、コーヒーにしては大げさな例え話の一つに過ぎませんが、私たちの日常に潜む落とし穴は架空のものではありません。
抽出工程では、様々な粒子のそれぞれに異なる性質によって複雑な現象が起こっていることは確かです。
それは、「情報のスラリー(混合物)」とも言える状態なので、私達の認識能力では正確に扱うことが難しい(ミスをおかしやすい)対象です。
そんな時は、明確にしたい情報に合わせて、個々の要素を適切に濾過(フィルタリング)することで、見えやすい状態にしてから観察してみましょう。
その後、それらがどのようにつながっているのかという関係性を紐解いて行きます。
例え無理矢理であっても、人が何らかの答えや価値や表現を求めて止まないのは、自身の心の隙間(心理的な不安)を埋めるためである場合がほとんどですが、そのパワーは偶像に偶像を重ねた「砂上の楼閣」さえもたやすく築き上げる程に本能的で衝動的なものです。
もし、その隙間をつなぐ強固で理路整然とした道が見つかったとしたら、ずっとスッキリと安心した気持ちでコーヒーを楽しめるようになるのではないかと思います。
抽出とは何か?
朴訥とコーヒー哲学を語りはじめそうなほど字面がかっこいい疑問ですが、ここでは、端的に用語の意味について整理してみましょう、という意味です。
コーヒー分野において「抽出」という言葉は、粉からコーヒーエキスを取り出して一杯のカップになるまでの全ての工程をまとめた総称として使われています。
しかし、本来の意味は「混合物に特定の物質を溶かす作用のある溶媒を加えて溶質を分離する操作」とされており、物質ごとの溶解度の差を利用して成分を分離する方法を指します。
つまり、「コーヒーの抽出」とは、「本来の抽出」に加えて様々な分離方法が組み合わされた、一連の製造工程ということです。
通常のコーヒー抽出は、対象(粉・成分・水)もごちゃまぜの上に、工程(フィルターを含む器具・分離方法)もごちゃまぜの状態です。
そこで何が起こっているのか?
と、改めて問い直そうとした場合、一般的なコーヒー関連や理工系の知見を持っていたとしても、なかなか捉えどころない(感覚的に奥深いとか芸術的と表現されがちな)ものに映ってしまうのは無理もないことと思います。
ただし、そのフィルター(認識)では、「幻想」と「実態」を分離することが出来ない、というデメリットを抱え続けることになってしまいます。
コーヒー抽出液の作成工程
- 抽出工程:コーヒー豆・粉(混合物)から水(溶媒)に溶けやすい成分(溶質)を水溶液として取り出すこと
- 分離工程:濾過分離⇒コーヒー粉(個体)とコーヒー抽出液(液体)の混合物を特定の粒子サイズ以下が通る濾紙を通して分離し、コーヒー抽出液を取り出すこと
抽出方式によって異なる分離方法の違いについてまとめると、以下のような関係となっています。
- 濾過:粒度の差 → フィルター
- 沈殿:比重の差 → 浸漬 > 透過
- 抽出:溶解度の差 → 透過 > 浸漬
成分の分離方法には、それぞれの目的に適した様々な種類があり、生産から一杯のカップになるまでの全ての工程を通じて欠かすことの出来ないプロセスです。
コーヒー分野の言葉には本来の意味とは異なったり、混同されたりした形で慣習的に定着してしまっているものが多々あります。
この問題が、「抽出」という現象を理解したり、その情報を伝達したりする上での障壁を生み出す原因や、論理の核心部分になるにつれて精神論や感覚的な想像で覆い隠されてしまうという不毛な風潮から脱却出来ない原因の一つなので、当店の解説ではその点にも出来るだけ配慮しているつもりです。
言葉やイメージ(印象)に惑わされないこともコーヒーについて学ぶ上で大事なことだと思いますが、もっとストレートに表現すれば、「目の前の現象そのものを捉えること」が何よりの近道と思います。
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フィルターの仕様
素材
ろ過という成分の分離方法では、「フィルター(ろ材)」の素材によって透過する成分が変化するため、風味にもその影響が現れます。
フィルターの基本的なろ過性能は生地のメッシュ(網目の大きさ)と数で決まりますが、もう少し細かい所まで言及するならば、生地そのものの成分吸着力にも着目する必要があります。
吸着力の強い素材:植物製の繊維、土
代表的なフィルター:ペーパー系・ネル系・セラミック系
植物の繊維や、それを加工した糸の構造を顕微鏡で観察すると、その一本一本にメッシュサイズよりさらに細かい凹凸が存在し、コーヒー成分くらいの細かい粒子が引っ掛かりやすい形状となっている様子が見えます。
土の場合、様々な種類の無機物の粒子が並んでいる様子が見えますが、微粒子スケールでは意外と形やサイズはバラバラです。
そのズレによって形成される無数の凹凸が、高い吸着力を生み出すことになります。
吸着力の弱い素材:石油繊維・金属
代表的なフィルター:ドリップバッグ系・メタル系
石油素材から作り出される化学繊維は、表面が滑らかで凹凸が少ないことから、疎水性が高い、成分の吸着力が低いといった特徴が生まれます。
服の素材の違いを思い浮かべてもらうと、肌感覚で捉えやすくなるかもしれません。
特に金属は、コーヒーに含まれる水や成分を吸着する能力はほとんどない、と言えるほど低いです。
メッシュ(網目)
基本的にスラリーからコーヒー粉を除去することを目的とするコーヒー用フィルターのメッシュ(網目)は、粉の中でも細かい方の粒子、いわゆる微粉サイズ(10μm~100μm前後)に合わせて作らています。
なので、微粉と同じくらいから大き目の粒子は通れず、それよりも小さい粒子は通れるくらいの無数の隙間が空いた形状の生地が用いられます。
一般的なコーヒーフィルターのろ過の種類は、対象の粒子サイズを10μm以上とする「粗濾過」と呼ばれる範囲に当たります。
ろ過層(厚み)
フィルターは、生地が折り重なって厚みを持つことで層を形成します。
スポンジやティッシュペーパーなどと比較してもらうと、そのような構造が分かりやすいと思います。
粒子から見た場合、フィルターの厚みは通り道の分岐の数と距離に当たります。
層が厚くなるほど、分岐の数が増え距離は長くなり、曲がりくねった凸凹ルートになって行くので、フィルターを通り抜ける粒子の量と速さは低下します。
フィルターの表面積
円錐や台形、平底、ひだのあるなしといった外面上の形のみを指す言葉ではなく、層の内部までを含めて粒子が触れられる面の大きさという意味になります。
フィルターに触れた時にざらざらした感じになっているものが多い理由は、クレープと呼ばれる「凹凸」を形成するための素材や加工法を用いることで、形状は同じでも表面積がより大きくなるように工夫されているからです。
表面積が増えるほど、微粒子が引き起こす口当たりの悪さや、目詰まりによるろ過速度の減衰が抑制されるようになるので、クリーンなコーヒー抽出液を得ることが出来るようになります。
金属製についても、例えば2枚重ねにしたり、ステンレスたわしのような形状にしたりといった層を形成するための工夫によって若干の効果が得られます。
フィルターの指標
以上の3点を総合すると、フィルターの重要な指標は粒子の通り抜けやすさ、ということが言えます。
水の粒子(分子)サイズは非常に小さいので、吸水される分を除けば、大抵のメッシュ(網目)は通り抜けます。
しかし、コーヒー成分・粉の粒子は大小様々なので、フィルターのわずかな仕様の違いによって境界領域が変わることで、使用する素材や製品ごとに通り抜けられるものと通り抜けられないものは、少しづつ異なる結果となります。
どれくらいの粒子サイズ、速さ、量を分離し続けることが出来るのか?
フィルターがコーヒーの風味を変化させる理由は、このような「ろ過性能」の違いです。
境界領域の範囲
コーヒー抽出に適したフィルターの濾過性能とは、どれくらいの範囲なのでしょうか?
普段、私たちがコーヒー粉の挽目と呼んでいるメッシュは以下の通りです。
- 最も細かいケース ⇒ 100~300μm前後(代表例:エスプレッソ式)
- 最も粗いケース ⇒ 800μm~1.2mm前後(代表例:フレンチプレスやネルドリップ式)
そして、コーヒースラリーを構成する水・成分・粉の大小関係について、客観的な基準に則ってまとめてみたものが下の表です。
粒子サイズを表にして見比べてみると、コーヒー粉、成分、フィルターの三要素が持つメッシュサイズが重なる境界領域に当たるものとは、「中サイズの粒子」であることが判明します。
水分子や大きめの粉といった粒子については、ほぼ通る⇒100%、ほぼ通らない⇒0%、という透過率(分離度合い)がハッキリしたので、このテーマにおいては議論の対象から除外出来ます。
感覚的には当たり前のようなポイントでも、確かな数値によって整理した情報を共有しておくことで、「もしかしたら~かもしれない…」といった仮定や想像のループから抜け出せる、という意味で重要な作業です。
フィルターの効果についても昔から議論が繰り返されてはいますが、そこで語られている本質的なテーマについてまとめるとすれば、「中サイズ粒子の濾過性能」という結論が導かれます。
議論のテーマがはっきりした所で、「中サイズ粒子の中にも細かな大小の区分がある」という次の段階に進んで行きましょう。
- 境界領域の範囲のメッシュサイズはどれくらいか?
下記の表から、成分の分子や塊としてのサイズから推測すると、およそ数μm~数十μmという所まで絞り込んで間違いなさそうです。
- 境界範囲に当たる一部の粒子とは何か?
下記の表から、中サイズの粒子に該当する代表的な粒子とは、コーヒーオイル、繊維質、微粉と言えます。
※これらが全てではありません。下記「コーヒーが甘いと感じるのはなぜ?」項で、もう少し詳しく解説しています。
粒子サイズ表
サイズ | 単位(m) | SI接頭語 | 透過性 | |
---|---|---|---|---|
水分子 | 極小 | 10⁻¹⁰ | A:オングストローム | 通る |
成分の大半 | 小 | 10⁻⁹ | n:ナノ | 通る |
コーヒーオイル 繊維質 | 中 | 10⁻⁹<10⁻⁶ | n~μ:ナノからマイクロ | フィルターの仕様で変わる |
微粉 | 中 | 10⁻⁶ | μ:マイクロ | フィルターの仕様で変わる |
コーヒー粉 | 大 | 10⁻³ | m:ミリ | 通らない |
フィルターをろ過性能という指標で捉える
工業製品として広く流通する商品ともなれば、仕様に極端なバラツキがあっては皆が困るので、その範囲を一定以内に収めることで安定した品質を保つための規定や規格に則って製作されるのが通常です。
その際、粒径や粒度分布、粒子の通過量といった濾過性能についての表し方にもいくつかの異なる方法があります。
工業分野では粒度測定器から得られた計測値や、粒子のランダムな動きをより定量的に捉えるために確率統計という手法を用いることで得られた推定値で示される場合が多いです。
つまり、コーヒーフィルターの効果というテーマについて、より発展的な形で議論を進めるためには、フィルターの濾過性能を示す客観的な指標を議論のステージに載せて行かなくてはならない、ということです。
個人的には、素材やメッシュ、ろ過層の厚み(総表面積)、準拠する規格、共通サンプル使用時の濾過性能を裏付ける具体的な値といった、フィルターという製品であれば至極真っ当な仕様をメーカーさんに明記してもらうことが、「おいしいコーヒーフィルター」にまつわる誤解や混乱を終息させるために不可欠の措置と考えています。
余談:
一般的な定義として、メーカーさんはじめサプライヤー側は利益追求を目的として運営されるべき組織なので、私達個人の誤解や混乱を終息させることを最優先とする責務はありません。
当ブログにおいては、イメージだけの誤解や混乱が助長されないように専門的な領域に踏み込んだ解説をご提供していますが、店主個人の運営方針によるものです。
仕様による4つの効果まとめ
抽出される中サイズ粒子の量による効果
1.【微粉・繊維質:少 → 軽め(クリーン)】
【微粉・繊維質:多 → 濃いめ(ざらつき・コク)】
濾過工程を通じた風味形成に関して最も影響度が高い要素
コーヒー粉の中で細かい粒子の割合が高くなるほど成分の収率は上がりますが、同時に、スラリー中の粉と水の流れに不安定な挙動を生み出したり、フィルターの濾過能力を大きく奪うことで濾過速度の著しい低下を招いたりする原因にもなります
3つのメッシュサイズ、抽出時間、風味のバランス関係を非常に複雑なものとし、いまなお一貫した理解と定式化への試みを拒む厄介な要素です
2.【オイル:少 → 軽め(キレ・さっぱり)】
【オイル:多 → 濃いめ(コク・まろやか・芳香)】
コーヒーオイル:生豆が元々持っている油脂成分
その透過率は、あらゆる抽出条件を総括的に捉えた場合の抽出効率が最も高いエスプレッソ式であっても、粉に含まれる量の数十%で、通常の透過式や浸漬式では含有量の数%程度。量に換算しても0.1g単位の微差。
油脂類は炭化水素が鎖状に連なった分子構造を持ち、分子量・サイズとも大きいことから高分子に分類されることもある ※詳細下記
透過式の流量と時間(濾過速度)による効果
3.【メッシュ(目開き):細 → 時間:長 → 濃いめ】
【メッシュ(目開き):粗 → 時間:短 → 軽め】
4.【厚み:厚 → 時間:長 → 濃いめ】
【厚み:薄 → 時間:短 → 軽め】
注水量と時間が同じ場合、フィルターによって通り抜けられる粒子の量が変わるならば、自ずと落ち切るまでの時間も変わるという結果になります。
透過式でフィルターを変更する際には、時間変化による成分溶解量の変化も合わせて考慮する必要がある、ということを意味します。
ドリッパーとの適合と圧力について
細かい仕様についてはメーカーや商品ごとに異なるため、効果の大きさもそれぞれです。
また、ドリッパーの形状に合わせて作られているものについては適合をご確認下さい。
理由は、そもそも使いにくいということと、ドリッパーの形状やリブ(凹凸)によって生まれるフィルターとの隙間が多いか少ないかという要素でも水の流れ方が変わってしまうからです。
ドリッパー内でフィルターの形状が歪んでしまうと、抽出状態に部分的な偏り(抽出ムラ)が生まれやすくなります。
また、ドリッパーの壁面にフィルターが密着した部分は、基本的に固体・液体・気体にかかわらず成分を透過しなくなります。
つまり、流出口付近のフィルターが密着していない部分だけに流れが集中し、濾過能力が大きく低下するということなので、目詰まりが起こりやすい状態になります。
【リブ:高 → 濾過速度:早い → 時間:短】
抽出環境が持つ濾過能力とは、単にフィルターのみではなく、ドリッパーと粉の挽目、各注水パターンをはじめとする複数条件の総合的なバランスで決定されるものです。
メーカーやコーヒー店側が意図する風味傾向は、「同じ条件の組み合わせ(レシピ)」を守ることによって、より再現しやすくなります。
ただし、現在の所はフィルター仕様にメッシュや厚みなどの細かい情報が表記されているものはほぼありません。
同様に、コーヒーの挽目についても、共通の単位で示されたメッシュや粒度分布、という表記方法は一般的とは言えません。
残念ながら、現状のコーヒー抽出の捉え方において、ろ過能力について客観的な判断を下すために必要な情報が示されていない、と言えます。
ドリッパー、フィルター、ミルといった器具類についての議論は昔から盛んです。
各々についての見解や評価は詳細に至るまでもっともながら、「それらの組み合わせを変えた場合はどうなるの?」というテーマに踏み込もうとすると、堂々巡りに陥ってしまい議論が進展しない、という現状について疑問をお持ちになったことはないでしょうか?
その理由は、答えに辿り着くために最低限必要な情報(共有されるべき前提条件)が欠落したまま、無理矢理に結論を導き出そうとしているから、と言う他ありません。
このような状況を言い換えると、魔法のように「おいしいコーヒー」が導き出される温床の一つになっている、ということです。
また、この段階で詳細に触れることは差し控えますが、「圧力という抽出条件によって水や成分の通り抜けやすさは変わる」、ということについてもご一考頂ければと思います。
関連記事:濃度がブレない抽出レシピの作り方 -ハンドドリップのデメリットを知る-
コーヒーが甘いと感じるのはなぜ?
私たちがコーヒーをおいしいと感じる時、「甘い」「コクがある」といった感覚は、数ある風味の中でも特に重要な要素と思います。
このような感覚については共有してもらえる方も多いのではと思いますが、その理由について考える場合に避けては通れない障壁が、次に挙げるいくつかの疑問です。
- コーヒー成分中の糖質って何?
- 繊維質って何?
- まろやかって何?
- コクって何?
コーヒー豆は、植物の種を原材料とし、それを幾重にも加工(精製)して作られたものです。
まず繊維質とは、その細胞壁や細胞膜を構成する物質のことです。
それは、いくつかの糖質、正式な分類上の名称で言うところの多糖類(主にセルロース、ヘミセルロース、リグニン)についての総称で、より大きな分類で言うと「炭水化物」に含まれるものです。
繊維質は、精製・焙煎・製粉、抽出という製造過程を通じて、分解されたり結合されたりを繰り返す中で、非常に多くの形態を取ることになります。
その中でも、目に見えないほど微細化されたものや水に溶けやすい性質(親水性)を持っているものは、溶解の種類のうちでも「コロイド状に分散する」という形でフィルターのメッシュを通り抜けやすくなります。
粒子が細かく親水性が高いものは、風味に粘性(コクやボディー、シルキー)をもたらし、粒子が大きく親水性が低いものは異物感(ざらつき・いがいがしさ、ドライ)をもたらす原因となります。
そして、ここがややこしい所なのですが、日本語の糖質や糖類という言葉からは、砂糖のような「甘み」を持ったものを連想してしまうという点です。
しかし、糖類の中でも甘みの呈味物質に当たるのは、単糖類(フルクトース:果糖、グルコース:ブドウ糖など)や二糖類(スクロース:ショ糖※砂糖の主成分、マルトース:麦芽糖、ラクトース:乳糖など)を始めとして少糖類に分類される一部であり、その名前が示す通りに小さな分子に属するものたちです。
イメージとしては、単糖類が合体したものが少糖類で、さらに合体を重ねて(重合して)多糖類となり、さらに大きな分子の塊(高分子)になったものが繊維質というように区分されて行きます。
そして、多くの場合は少糖類以上に大きな塊になって行くと、水に溶けにくくなり、人が感じる甘みもなくなって行きます。
元になる素材は同じ単糖類でありながら、組み合わせによって名称や区分や風味がちょっとづつ変わるので、上記の連想をただの勘違いと言い切れない所がややこしい理由です。
また、コーヒーの生豆には元来の成分として、ショ糖(スクロース)をはじめとするいくつかの甘味を持った少糖類が含まれている、という事実も、この話の整理を一段とややこしくさせている要素です。
それらの少糖類は、焙煎段階の熱による分解、結合によってコーヒー豆中の97%ほどが失われ、抽出段階を経た後のコーヒー液に含まれる割合は、抽出量の0.3%以下となってしまいます。
そして、その値は人の舌では甘みとして知覚出来ない量とされています。(閾値以下)
※コーヒーの濃度や収率についての話で登場するBrix値とは、水溶液中のショ糖(スクロース)の含有率を表した糖度のことですが、それは抽出液にほぼ含まれていないということなので、Brix計での測定値はコーヒーの濃度と一致しないということになります。
そこで、コーヒー抽出液中の総溶解固形分(TDS)とBrixの間にある相関関係を調査する研究が行われた結果、次の計算式が導かれました。
コーヒーのTDS濃度 ≒ Brix濃度 × 0.8
これらことから、現在も「コーヒーの甘さはどこから来るのか?」という疑問についての答えは大きな謎となっていますが、仮説としては以下の説が有力のようです。
- 浅煎り豆(焙煎度が低く熱による成分変化が途上段階)の場合は、焙煎豆中の少糖類の残存率が比較的高い(8%ほど)ため、深煎り豆(1%ほど)と比べて感知出来る可能性が高いのでは?
- フルーツ系やカラメル系の甘さを想起させる香り、油脂分や繊維質がもたらす粘性、それらと人間の感覚器官の反応や認識が複雑に絡み合って生み出される総合的な知覚として甘みやコクと表現されているのでは?
コーヒー抽出液中でコロイドを形成する大きな分子には、繊維質の素になる多糖類の他にもタンパク質やそれと糖類の複雑な化合物であるメラノイジン、カラメル、コーヒーオイルなどがあります。
さらには、メラノイジン・カラメル、ポリフェノール類の一種であるクロロゲン酸との複雑な化合物は、総じて褐色物質と呼ばれる物質へと変成して、コーヒーの特徴的な色味、香り、苦み、コクを形成する素材の一部になって行きます。
※これらの化合物やその反応過程は、多くの加熱食品中で見られる一般的なものです。
ただ、非常に複雑で多岐に渡る反応物質を生み出すため、現在のところは専門的な化学分析においても全容の解明までは難しいそうです。
材質ごとの特徴まとめ
ペーパー
木材や植物の繊維で作られた紙
材質:パルプ製が多い(主成分はセルロース)
- 【メッシュ:細 → 時間:長 → 濃いめ】
- 【厚み:中 → 時間:中 → ほどほど】
- 【微粉・繊維質量:少 → 軽め(クリーン)】
- 【オイル量:少 → 軽め(キレ・さっぱり)】
口当たりについて最もクリーンに仕上がるため、どのような種類のコーヒーでも飲みやすくしてくれる万能型。
加えて、価格が安いことやゴミ捨て、保管といった扱いも楽なことから日本では最も一般的に使用されている。
リンスって何?やらなきゃいけないの?
リンスとは、ドリップ前にフィルターに湯通しをして洗うことです。
ペーパーフィルターには漂白(白)と無漂白(未晒し・茶)の二種類が販売されており、それらには木材パルプに含まれるセルロースやリグニン、色素をどれだけ取り除いたものか、という違いがあります。
リンスの目的は、その残留成分から生まれてしまう紙臭さを抑えることと言われていますが、2023年現在の漂白タイプ商品であれば、もともと無味無臭なものが多いので、その場合に認められる効果は、「プラシーボ効果」という心理的な現象によるものです。
例えば、日本では無漂白(未晒し・茶)タイプの方が体や環境に良いという昔の商品広告によって作られたイメージから購買動機につながっているようですが、2023年現在の漂白方法は、多くの方が知らないうちに「漂白剤」から「酸素漂白」という体にも環境にも無害なものへと大半が変わっているにもかかわらず、無漂白の方が安心・安全という心理的効果は今日においても変わることなく持続している、といったようなことです。
そして、無漂白(未晒し・茶)タイプでも紙臭さを感じないものも増えています。
コーヒーに穀物臭や青臭さといった植物由来の風味を伴う原因の一つには、焙煎度がかなり浅い豆(かつ失敗焙煎のもの)を使用しているケースが挙げられます。
そのようなケースに該当する場合は、発生原因が豆によるのか、フィルターによるのかを区別した上で対処する必要があります。
※フィルターの特徴はメーカーや商品ごとに異なるので要確認。
当店ではHARIO純正、CAFEC(三洋産業)のアバカシリーズ、いずれも漂白タイプを使用することが多いです。
当店では抽出前に念入りに湯通しを行っているので、リンスについてご質問頂くことが多いですが、その目的は他にあります。
フィルターとドリッパーの中心軸のズレや浮き上がりを防止することと器具類の予熱・洗浄を同時に行うためです。
アウトドアでは気温や地形によってドリップ環境が不安定になりやすく、風が強いとフィルターが飛んで行ってしまったり、埃などが舞い込んで来たりすることもあります。
特に、器具類の温度低下によるスラリー温度と抽出後のコーヒー温度への影響は無視出来ないほど大きくなります。
また、状況によってはフィルターがドリッパー内部で変形した状態になってしまうことがありますが、粉の層や水の流れがいびつになることで意図した透過状態が妨げられる原因の一つです。
アウトドアでは、刻々変化する環境を把握しながら適切に対処して行く必要に迫られますが、抽出に係わる対処をまとめて素早く行うための方法として、フィルターはじめとする器具類への湯通しを必須の工程としています。
スラリーの温度変化による影響を除けば、もともと紙臭さのないフィルターについては、リンスのあるなし一つに神経や議論の時間を割く価値があると言えるほど、誰でもハッキリ感じ取れる風味の違い(成分抽出への影響)を生み出すポイントではないと思います。
コーヒー抽出では、ご自身の目的とする結果に対して、その過程で必要なものは何かを判断出来るノウハウを身に付けて行くことが大事と思います。
ネル
植物の繊維で作られた布。語源は英語のフランネル
材質:綿(コットン)製のものが多い
- 【メッシュ(ベースの生地):粗 → 時間:短 → 軽め】
- 【厚み:厚 → 時間:長 → 濃いめ】
- 【微粉・繊維質量:中 → ほどほど(クリーン・コク)】
- 【オイル量:多 → 濃いめ(コク・まろやか・しっかり)】
メリット:
ベース生地のメッシュが粗目であることからコーヒーオイルや繊維質が若干通り抜けやすくなることで、特に口当たりのまろやかさやコク、香りが増加する傾向があります。
メッシュは粗目ながらも、素材はペーパーと同じく植物の繊維を撚り合わせたものであるため、その一本一本の糸が持つ微細な多孔質構造による吸着作用もフィルターとしての機能を果たします。※石油由来の化学繊維との大きな違い
厚手のベース生地とその表面を毛羽立たせた起毛層という多段階の濾過層を形成することで、ざらつきを感じさせるほどの微粉については吸着しつつ他の多くの成分が透過するため、上記の風味傾向に加えて口当たりのクリーンさも両立する優れた特徴をコーヒーにもたらすと考えられます。
デメリット:
使用後に付着した粉を水洗いで洗浄しなければならないこと。
そして、落とし切れずに繊維に残った微粉や成分の腐敗を抑えるために、保管の際は冷蔵しておく必要があります。
また、新品や乾燥保管された状態のネルフィルターを使用する際には、事前に煮沸し、濾過能力を低下させる糊や固着した成分などの不純物を落としてから使用するという下準備も欠かせません。
こまめに洗浄、煮沸し、丁寧に扱うことで数十回程度は再利用可能ですが、洗い落とせない微粉による目詰まりがひどくなったり、起毛が抜け落ちたりするうちに段々と濾過性能落ちて行くので、状態を見ての交換が必要となります。
フィルターの状態が変化するということは、それぞれのネルの状態に合わせたレシピ調整が出来ないと抽出の再現性が保てない、ということを意味します。
ネルが玄人向けと言われる理由は、手間を惜しまない気持ちの面だけではなく、フィルターの役割と仕組みを理解した上で運用して行くノウハウが求められるからです。
※店主は風味や作成工程も含めたネルドリップ愛好家で、営業においても独自に調整したネルフィルターを用いていたのですが、コロナ禍を経た現在、安全性とコストも含めた様々な判断からペーパードリップへ変更しています(ネル愛好家の方には申し訳ないです)。
新品ネルは抽出前にコーヒー液を加えて煮沸する?
- 保管時の形状を保つための食品用の糊が付着している
- 使い始めはネルの繊維が持つ吸着力が強く、抽出初期の主要な成分が多めに吸い取られてしまう
- あらかじめ別のコーヒーの成分を少し吸わせることで吸着力を落とす
ネルドリップの世界には「ネルを育てる」という表現がありますが、それはこの手法を応用する中で生まれた経験則を表したものではないかと考えられます。
- 水洗い後もネルには微粉とコーヒーオイルが吸着されたまま残りやすい
- 目的の風味傾向から見て程よい吸着力を判断し、その状態を保つようにする
- フィルターを反復利用するという特徴から、以前の抽出の残り香を活かす手法も生まれているが、衛生面や再現性の面から見た問題を抱えている
メタル(金属)
材質:ステンレス製が多い
以下のような様々なタイプが存在しているため、効果について一概には言えません。
- 2重メッシュなど、細かい(10μm前後)ものと粗い(数十μm)ものといった異なるサイズを組み合わせているもの
- パンチメッシュタイプで穴の位置や大きさ、数について調整されているもの
- 部分的にメッシュの数や大きさが異なるもの
- 茶こしのようなもの(数百μmほど)
代表例として、プアオーバー型の製品やフレンチプレスで使用されることが多い粗目(100μmほど)のタイプの特徴を挙げます。
- 【メッシュ:粗 → 時間:短 → 軽め】
- 【厚み:薄 → 時間:短 → 軽め】
- 【微粉・繊維質量:多 → 濃いめ(ざらつき・コク)】
- 【オイル量:多 → 濃いめ(コク・まろやか・しっかり)】
メッシュ径が比較的大きく、濾過層として働く厚みがない。
加えて、素材自体にも吸着性がほぼないため濾過速度が速い。
微粉やコーヒーオイルなども含む、あらゆる成分が通り抜けやすいことから、コクやざらつきといった口当たりや舌触りとして触感的に感じる風味が目立つ。※濃い薄いとは異なる
ドリッパー+フィルターという構造(一体型)が多く、水洗いすれば再利用可能なので、器具類の数を減らせる(フィルターを買い求めなくて済む)というのもメリットの一つ。
長期使用で目詰まりが発生することがありますが、煮沸洗浄することで緩和出来ます。
セラミックス(陶磁器)
材質:土(無機化合物の集合)を高温で焼き固めたもの
セラミックス製フィルターの多くは、素材によるメッシュの粗さを補うためと、強度的にも十分なものとなるように他のタイプに比べて数倍以上の厚みを持っています。
抽出中にフィルターの形状を保つ必要がないため、ドリッパー兼用タイプが多くなっています。
フィルターとしての性能は材質や製法によって様々ですが、コーヒー抽出用に作られたものの性質としては全般的にネルと近く、風味特性や目詰まり問題についても原理的に同様な結果になると言えます。
風味としては金属とネルの中間に当たる傾向ですが、特に使用の初期段階では、粗めのメッシュサイズによるろ過速度の速さと厚い濾過層による成分吸着力の強さが同時に反映されることでスッキリ目の味わいに仕上がりやすいという特徴があります。
長期使用後の目詰まり(濾過能力低下)対策としては、陶器の耐熱性を活かし、オーブンなどで焼くことで詰まった成分を炭化させ砕けやすくしてから、水洗いして取り除くという方法があります。
セラミックスフィルターの魔法は子供だまし?
セラミックス製フィルターには、コーヒー用途以外にも水質浄化や土質改良など、その多孔質構造から生まれる濾過性能を利用した様々な製品があります。
その中には、「遠赤外線効果」や「水活性化効果」といった感じの、一見もっともらしい風味や健康に対する特殊効果を謳ったものが散見されますが、それらについては、原理もその効果による風味変化も当店には確かめられなかったのでお答え出来ません。
余談:
そんな効果は物理的に存在しないので分からなくて当たり前なのですが…。
大げさな表現やプラシーボ効果と水に流せる程度の可愛らしい事例は、氷山の一角に過ぎません。
現実としては、意図的に因果関係についての誤解を誘発させる手法に対して、いくら突っ込んでも「いたちごっこ」になるだけと感じるほど、コーヒー業界とも親和性が高く、計り知れないほどの市場価値を持っているのが疑似科学やスピリチュアルマーケティングの世界なので、深入りするつもりはありません。
それらの手法は、相手がある程度の知識や経験を持っていることを逆手に取ることで成立するものなので、ターゲットは子供ではありません。
「大人だまし」と言った方が、私たちにとって自覚しやすくなるかもしれません。
不織布
繊維をランダムに絡ませてシート状にしたもの
材質:コーヒー用としてはポリプロピレン・ポリエチレンなどの石油由来の化学繊維が多い
用途:ドリップバッグや個包装型水出しパックのフィルターとして使われることが多い
- 【メッシュ:細 → 時間:長 → 濃いめ】
- 【厚み:中 → 時間:中 → ほどほど】
- 【微粉・繊維質量:少 → 軽め(クリーン)】
- 【オイル量:中 → ほどほど】
一本一本の繊維素材自体の吸着性が低く、メッシュは細かめながらも若干成分が通り抜けやすい。
そのため、同等のメッシュサイズと厚みを持つペーパーと比べた場合のろ過速度はやや速くなる。
また、無味無臭で水溶性はないので食品向けの素材としての安全性、熱圧着出来るなどの加工性や強度といった面に優れる。
成分の中でも粒子サイズの大きい繊維質やコーヒーオイルの透過性を考慮して、部分的に大きめのメッシュ加工が施されたものもある。
そのようなタイプはペーパーと金属フィルターの中間ほどの風味傾向を示し、コクとクリーンさが両立したまろやかな口当たりに仕上がることから味わいにおいておススメ。
生地自体は高性能ながらも、不織布製のフィルターや使い捨てドリップバッグという商品となると割高感が強いことや、素材が化学繊維であるという点も、日用に向くペーパーの代替とまではなりにくい理由かもしれません。
ドリップバッグの特徴と種類
ドリップバッグとは、透過式抽出の利便性の向上を目的として、不織布製のフィルター兼用の袋に1杯分の粉を詰めたものと、厚紙製の折りたたみドリッパーを一体化させたもの。
一般的なタイプは、フィルターの形状が箱型のため、上からの水流は底面の四つ角にランダムに分散する。
また、粉量は10g前後と少な目。(多めか少なめかはブリューレシオによるが、一杯180g程度として考えた場合)
これらが相まって、通常の器具を使った抽出と比べて成分を十分に溶け出させることが難しく、風味が軽めになりやすい仕様となっている。
そういったデメリットを補うため、抽出初期は透過式プロセスながら、中盤からはカップに貯まって来る抽出液にフィルターごと粉が浸かる浸漬式プロセスに移行することで、注水方法を意識せずとも未抽出傾向になり過ぎないという独特な工夫が施された方式となっている。(元祖ハイブリッド式)
近年は、粉量を増やして上置き型(カップオンタイプ)としたり、透過式を忠実に再現するためにフィルター形状を円錐型としたりしたタイプも登場しているが、使い勝手の面や価格が割高といった理由から一部の愛好家向けとなっている。
※当店では上置き円錐タイプを採用していましたが、ドリップバッグを一個一個手製作する時間がないため販売休止中。
混成タイプ ‐ 高機能性フィルター「Sibarist」とは?
ペーパーと不織布のハイブリッド
ブリュワーズカップというコーヒー抽出の世界大会があり、そのチャンピオンと工業デザイナーがコラボ開発したということで注目を集める特殊なフィルターがあります。
「Sibalist」という製品の何が特殊かというと、ペーパー(セルロース)と不織布(化学繊維)の混成生地によって製作されているという点です。
混成割合やメッシュサイズ、厚みといった仕様には、いくつかのバリエーションがあるようですが、抽出過程に現れる大きな特徴が、ろ過速度(流出速度)がペーパーに比べて速いことです。
それぞれの素材の特徴については先述の通りなので、ここまでご覧頂いた方ならば、その特徴が「誰にとっても美味しくなる」という意味ではないことも、「なぜそういう結果になるか」という因果関係についても、すんなりとご理解頂けるのではないかと思います。
上記のブランド的価値や抽出結果の傾向についての解説はメディア上で散見されると思いますが、製品の特徴が生まれる理由やその製作意図について深く言及されるケースはあまりありません。
また、この記事では豆の焙煎度による濾過能力への影響にまでは触れていないので、補足として、それとの関係性に踏み込んだ解説を加えて行こうと思います。
焙煎度とフィルターの関係
現在の世界では、コーヒーの風味評価は浅煎り豆(Light roast)を基準に置いて行われています。
※国際的なカッピングルールの一つとして定められているため
浅煎りコーヒーを中心に置いた視点で捉えないと、このフィルターの製作目的や存在意義、議論の内容は分かりづらいところがあると思います。
浅煎り豆は深煎り豆に比べて繊維の密度が高いため、比重が高く(水に沈みやすく)、吸水性が低い(成分が溶け出しにくい)という性質があります。
浅煎り粉粒子の成分溶解曲線や挙動といった抽出過程での特徴に対して、それをコントロールしようとする抽出者の意図が合わさることで、次のような事態が連鎖的に発生しやすくなります。
- 成分溶解量(収率)を上げるために挽目を細くする
- 同様の目的でスラリーに撹拌を加える
- スラリー内で、沈降速度が速い細かい粒子が率先してフィルター内面を埋め尽くし、目詰まりを引き起こす
- ろ過速度が急激に低下して、抽出後半にかけての抽出時間が長くなる
- 意図した収率より上がってしまうため、強い苦味や渋味を伴う過抽出傾向の風味に仕上がる
一般的に、浅煎りでは深煎りに比べて目詰まりの影響が大きくなるため、一連の現象が引き起こす問題への対処を取り入れた抽出方法が求められます。
そのような対処を不慣れな方にまで求める事自体が、そもそもおかしな話ではあるのですが、その無理を通そうとした結果が、サードウェーブの名のもとに国外大手資本が一気に業界を席巻しようとしていた時期の市場の混乱です。
ようやく、抽出技術からではなく、フィルターの濾過性能という根本的な原因に着目した解決策を提示する製品が登場して来たというのが、このタイプの製品についてのおおまかな背景ではないかと思います。
細めの挽目や微粉を含む、あるいは水に沈みやすいといった粉の状態でも、短時間で目的の抽出量と濃度に到達させるというレシピが可能になるため、そのコーヒーからは豊かなボディーとクリーンさが両立した風味を楽しめるようになります。
対面効果としては、国内のペーパ一ドリップで一般的な中深煎り、中粗挽き程度の粉をそのまま用いると未抽出傾向になりやすい、という点に注意が必要になるので、事前に製品の傾向や意図を理解しておくことが本領を発揮させる近道になります。
使い捨てフィルターとしては価格が高過ぎるとも思いますが、ご興味ある方は一度お試し下さい。
ネルとのハイブリッドタイプ
このタイプは、日本ではネル文化が発展した経緯があるためか、かなり昔から販売されています。
私の知る限りでは、セルロース(あるいは不織布)とコットンの混成生地があり、個人的に使用した経験のあるごく一部の製品についての感想としては、若干ネルっぽいコクが増すかな、という印象です。
やはり、こちらのタイプも価格との折り合い問題が難点かもしれません。
おそらくですが、今後も意欲的な製品開発の中で、様々な混成フィルターが登場して来ることと思います。
そのような製品に出会った際は、制作者の意図と仕様に着目してみると面白い発見があるのではないかと思います。