コーヒーライフの分岐点
コーヒーミル(別称:コーヒーグラインダー)の第一の役割は、焙煎されたコーヒー豆から効率良くエキスを抽出するために、豆を細かく砕いて粉状にすることです。
コーヒーを抽出するまでの大まかな生産工程は次のような流れになっています。
コーヒーノキの栽培 ⇒ 種子の精製 ⇒ 生豆の焙煎 ⇒ 焙煎豆の製粉 ⇒ 抽出
その流通工程は世界各地の生産地にまたがり、工程全体の期間はおよそ1年ほどとなります。
私たちが普段何気なく楽しんでいる「コーヒー」は、長い時間と距離、製造に関わる多くの人々の手間を経た上で作られています。
各生産段階で用いられる素材や工程には多種多様な種類や方法があります。
このような生産方式の違いに加えて、コーヒーの風味に影響する要因として見落としてならないもう一つのポイントに「素材の鮮度」があります。
コーヒーの新鮮さと言えば、「淹れ立て」と呼ばれる抽出されてからの時間が重要であることについては、すでに多くの方がご存知のことと思います。
しかし、それはあくまでも抽出という最終段階における鮮度を指す言葉であり、流通工程全体からするとごく一部分です。
流通工程を遡って行くと、それぞれの段階ごとに鮮度を維持するための工夫があることが分かります。
製粉段階では、豆を粉にしたばかりの「挽き立て」という新鮮さを表す言葉があります。
挽き立てとは、空気にさらされることで揮発・散逸・酸化して行く成分の多くが保持されている状態という意味になります。
コーヒーミルを手に入れることのメリットは、次の2つのポイントにまとめることが出来ます。
- 挽き立ての新鮮な風味を味わうことが出来る
- 挽目による風味調整を自身で行うことが出来る
当店では、ドリップの上達や風味の改善を目指す方にコーヒーミルのご使用や変更をおススメしています。
ご自身のお好みに合ったコーヒーを作るためには、まず、そのような豆を選ぶことが最も重要です。
ミルを手にすることで自ずとその習慣が身に付くことが1つ目の理由です。
次に、ミルにはご家庭向けからプロ向けまで様々な製品がありますが、その性能差はドリップする過程と出来上がった風味にもしっかりと表れる場合が多いことです。
詳しくは後述しますが、挽目にも品質の高低があります。
粉の粒子が適切なサイズに揃うことで、強い苦みや渋み(雑味)の少ない鮮明な風味に仕上がるようになります。
つまり、ただ優れたミルを使ってもらうだけでコーヒーはレベルアップするということです。
例えば、すでに何らかのミルをお使いの上でドリップの手順にも気を使っているはずなのに、以下のようなご経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
- 同じ豆でもお店で飲んだのと全然違う!?
- 同じ豆でも毎回味が変わっちゃう!?
- 浅煎り豆を使うとおいしく出来ない!?
これらの原因としては、挽き目のサイズの違いや、ミルの性能による挽き目の品質の違いといった可能性も十分に考えられます。
もし、お気に入りのお店がご近所やオンラインショップにあって、その高性能なミルで適切な挽目に調整された新鮮なコーヒー粉がすぐに手に入るという場合であれば、おうちにあった出所も扱い方も良く分からない下手なミルを使うよりも、粉で購入して出来るだけ早く使い切る方がおススメ、と確信を持って言えます。
コーヒーをより自由に幅広く楽しめるようになりたい、というご希望をお持ちの方は多いと思います。
それを実現するためには、信頼性の高いミルが必需品です。
抽出の入り口は挽き目から
ご自身で豆からコーヒーを淹れてみたいとなった時、「豆選び」の次に来るのが「豆を挽く」という工程になります。
そこで行う「挽き目」の調整は、全ての抽出に共通する重要な役割を担っています。
その役割についてはじめから理解しておくと、なぜ自身の手で思い通りのコーヒーが出来ないのか分からないまま(底なし沼にハマったまま)、貴重なお金と時間を費やすばかりのコーヒーライフを送らずに済むようになります。
以下からは順を追って、その役割について解説して行きます。
挽き目と風味傾向の関係
【挽き目:粗い → 軽め 細かい → 濃いめ】
ミルの挽き目ダイアルを変えると粉の平均的な粒子サイズが変わる、ということは誰の目にも明らかですが、コーヒー抽出にとって重要なのは、同じ重さの粉でも粒子全体の表面積の合計が大きく変化する、ということです。
粉の表面積とは?
例えば、豆一粒を水に浸けた場合、水と直接触れている部分は豆の外側の表面だけです。
豆をバラバラに砕いて粉にした場合でも、全体の重さは変わりません。
ただ、豆の内側だった部分が表に出て来て、水と直接触れられる表面がより多い状態に変化する、ということです。
挽目以外は同じという抽出条件で比較すると、挽目が細かい方がより早く多くの成分が溶け出すので、濃いコーヒー液に仕上がるという結果になります。
挽き目と抽出方法の関係
方式や器具ごとに推奨される挽き目に違いがある理由とは?
コーヒーの風味とは、豆の個性という素材に由来する特徴のみでなく、焙煎・製粉・抽出という「成分の引き出し方」に由来する特徴も段階的に積み重なった結果です。
それらを特徴を大まかな風味傾向で分けると、次のような感じなります。
- どっしり ↔ スッキリ
- 複雑 ↔ シンプル
- 苦み ↔ 酸味
- ロースト感 ↔ フルーツ感
抽出方式や器具類はそれぞれに得意な風味傾向があり、そこで使用するレシピの値もある程度は想定されています。
- 極細挽き ⇒ エスプレッソ
- 細挽き ⇒ モカエキスプレス(マキネッタ)
- 中挽き~中粗挽き ⇒ ペーパードリップ、サイフォン、エアロプレス
- 粗挽き ⇒ ネルドリップ、フレンチプレス
エスプレッソ・モカエキスプレス用器具は、どっしりとした複雑な風味を目的として高水圧を利用する抽出方式のため、細挽きよりの粉が必須になること。
フレンチプレスではメッシュの粗いメタルフィルターが用いられているケースが多いため、抽出液に細かい粉が混ざって飲みにくくならないように粗挽きの粉を使うこと。
このように、目的の風味傾向と器具の仕様に合わせて、挽目をはじめとするレシピが組み立てられています。
上記はあくまで一般的な例であり、器具が正常に使用可能な範囲であれば、お好みや目的に合わせて挽目を柔軟に選択したり、より細かく調整したりすることは可能です。
※ここで言う正常とは、許容範囲を越えて抽出がストップしたり、器具が傷んでしまったりすることなく使用可能な範囲という程度の意味です。
関連記事:コーヒー用語集 – 抽出について
挽き目と水の流れやすさの関係
まず、抽出方式には2つの大きな区分があることと、その仕組みの違いについてご説明しておきます。
- 透過式 ⇒ 抽出中に粉の層を水が流れ続け、粉の濾過も同時に行う仕組み
- 浸漬式 ⇒ 容器内で粉を水に漬け込んでおき、その後で一気に濾過するか上澄みを取る仕組み
日本のご家庭で一般的なペーパードリップは透過式に区分されます。
浸漬式は、注水による水の流れが結果に影響しにくい単純な仕組みなので、ここからの解説は、「多くの方がつまづきやすい透過式の厄介な問題」に焦点を当てたものとお考え下さい。
透過式で、まず注目すべきポイントは「ドリッパー内の水の流れやすさ」です。
挽き目調整によって粉の粒子サイズが変わるということには、抽出に与える2つの影響があります。
- 粒子の表面積の合計が増減することによって溶け出す成分の量が変わる
- 粒子と粒子の間の隙間のサイズが変わることで「水の流れやすさ」が変わる
このため、透過式は最終的なコーヒーの風味に対して挽き目という条件が強く影響するタイプと言えます。
当店ではその流れの速さを重要な指標と考えており、それについても科学的に正確に捉えたり表現したり出来るように「ろ過流量(g/s)」と呼んでいます。
※コーヒーの量は重さで表すことが一般的であること、誤差が問題になるほどの液量や異素材を扱う機会はあまりないため、通常は単位g/sとml/sは同等として扱われます。
注いだ水がコーヒー液となって流れ出す速さが「ろ過流量」なので、その値によって抽出に掛かる時間も変化するということになります。
その値は、器具やフィルター、焙煎度、挽目といった全ての条件の相互作用によって決定されるものなので、ケースバイケースで意図した流量、もしくは時間に収まるようにするための算段を行う必要があります。
このレシピ決定に対する関わり方の違いが、コーヒーライフの大きな分岐点になります。
- 自身で目的に合わせたレシピの算段まで行うのか?
- 知り合いやバリスタや器具類といった他者に任せ切りのままなのか?
「ミルを手にする」ということは、自らレシピの算段まで行う選択をする、ということを意味しています。
ここからは、その選択をサポートするためのより具体的な解説になります。
水の流れやすさが変わるポイント
- 粉の状態(焙煎度、挽き目、微粉量、鮮度、圧密度)
- フィルターのメッシュ、厚み、素材
- ドリッパーと流出口の形状
- 注水方法(量・速度・圧力)
挽き目とろ過流量の関係が生み出す風味傾向
- 挽き目:粗 ⇒ 隙間:大 ⇒ ろ過流量:大 ⇒ 時間:短 ⇒ 風味:軽め
- 挽き目:細 ⇒ 隙間:小 ⇒ ろ過流量:小 ⇒ 時間:長 ⇒ 風味:濃いめ
このように、挽き目によってコーヒー液の濃さが変化するという結果には、粉と水が触れている面積と時間という二つの要因が重なり合って影響しています。
当店では、それらを総合して「接触機会」と呼んでいます。
分かりやすくまとめるとすると、「どれくらいの【挽き目】なら目的の濃さになりやすいのか、【時間】も照らし合わせながら調整してみましょう」ということになります。
その際、「今は粉と水がどれくらい(しっかりorちょっと)触れているかなあ?」とイメージするだけでも、「ドリップ中に何をどんな目的で行っているのか?」について自覚しやすくなると思います。
ただし、はじめから挽き目に加えて基本ポイント「分量・時間・温度」について細かく考えてしまうと、「面倒だなあ」という気持ちが勝ってしまうこともあると思います。
ドリップのはじめの一歩は挽き目から
この言葉の意味をミルを使うことで体感し、一つ一つの工程を経てコーヒーの風味が作られて行く流れを意識をすると、その後の道のりは格段にスムーズなものになると思います。
なぜなら、常に基本的な仕組みを意識することこそ、表面的な情報の波に流され続けたり、迷い道や落とし穴にハマって抜け出せなくなるような負のスパイラルを未然に防ぐための最善策だからです。
どんなミルを選べば良いの?
電動 or 手動(手回し)
まず、使い勝手の大きな違いについて比較するため、メリットとデメリットを整理してみます。
電動のメリット:
- スイッチひとつで楽チン
- 粉砕速度が速い
- 一度に挽ける量が多い(シングルドーズタイプを除く)
- 過負荷時の自動停止機能(石や金属など混入物があった場合)
- 上位機種には自動計量などの各種便利機能あり
電動のデメリット:
- 電源が取れる場所に限られる(バッテリータイプは除く)
- 大きく重いので、置き場所を取られる
- 粉砕時の騒音が気になる
- 粉の掃除に手間が掛かる(分解作業・静電気によるこびりつき・勢いによる飛び散り)
手動のメリット:
- 小さく軽いので持ち運びしやすい
- 手で挽く作業自体を楽しめる
- 粉が飛び散りにくい
手動のデメリット
- 力を使う
- 粉砕速度が遅い(時間が掛かる)
- 一度に挽ける量が少ない
どんな工程でも、「手間が掛からない・すぐ出来る=長続きする」という結果はなかなか揺らがないので、最初の一台としては電動がおススメです。
とは言え、近年の手動タイプには非常に高性能な製品が登場していることにも注目してもらえたらと思います。
それらは、NC切削加工(金属の旋盤加工)技術の発展に伴って一昔前より格段に進歩しており、数人分程度の量(数十グラム)であればサクサク挽けるようになっています。
手動タイプは、もともと粉砕速度が遅いことから発熱や耐久性についてはあまり心配しなくても良いという製造上のアドバンテージがあるため、上記の発展と相まって、比較的安価に品質の高いコーヒー粉を入手する手段としてのメリットが高まっています。
その中には、電動で高価な業務用最上位クラスと比べても遜色ないレベルのものまであります。
そのような製品であれば、電源のない環境で持ち運ぶことが前提のアウトドア派にとっても、外で淹れる雰囲気を楽しむというステージから実質的なカップクオリティーと満足度を伴ったステージへのステップアップが可能になります。
このように、手動と電動にはそれぞれのメリット・デメリットがあります。
手回しミルの品質が向上した現代、どちらにせよ魅力のある製品がラインナップされているので、それぞれの場面に合わせて選択するのが理想かと思います。
関連記事:コーヒー用語集 – 挽目について – 代表的なミルのメーカーと製品
関連記事:アウトドアコーヒーには何が必要?
歯の精度 - 風味の焦点合わせ
ミル内部には、たくさんの硬い溝を持つ金属盤(Burr:バー)が2枚向かい合わせに配置されています。一方が回転歯となっており、これを回すと固定歯との隙間に豆が送り込まれて砕かれて行くという構造になっています。
風味を引き出すことが最大の目的であるコーヒーミルにとって重要な性能は以下の二点です。
- 粒度の均一性(一粒一粒の大きさが揃っていること)
- 摩擦熱を抑えて風味成分を揮発・劣化させないこと
※業務用の場合は容量や粉砕速度も重要になります
おおまかな風味傾向を決めているのは粒度の均一性なので、歯をはじめそれをコントロールする本体も含めた機械的な精度が最も重要ということになります。
挽き目の粗さと精度は「成分の水への溶け出しやすさ(接触機会)」を決定付ける重要なポイントです。
どんなミルで挽かれた粉も粒度が完全に均一な訳ではなく、ダイアルで設定した目的の挽き目より成分が溶け出しにくい大きな粒、溶け出しやすい小さな粒がバラバラに混ざった状態になっています。
この問題は、上記のような構造を持つミルにとって避けられません。
そして、その大小のバラツキが大きくなるほど、抽出液の状態もバラバラなものが混然一体となって行くということなので、目的のコーヒーからはかけ離れたものとなってしまいます。
風味の複雑さについては、どの程度までポジティブな立体感や奥深さとし、逆に、ネガティブな単調さ(特徴がない)やぼやけとするか?という評価基準は人によって違います。
ここでは、そのような風味の違いを生み出している要因は生豆、焙煎、抽出だけではなく、挽き目もその一つであることを、より多くの方に知ってもらうことが目的です。
もし、焦点の合った鮮明な風味や細かい調整までをお望みでしたら、抽出以前に【挽き目】が重要と言える原理を理解する必要があります。
代表的な歯の仕様について
以下の様々な要素の組み合わせによって、個々のミルが持つ風味傾向の違い生まれます。
- 溝(切断面)の形状
刃式:切り刻むようにカットすることで粒子の形状が直線的な多角形になりやすい ⇒ 表面積:小
臼式 :磨り潰すように砕くことで粒子表面がざらざらになりやすい ⇒ 表面積:大
これらの粒子の形状の違いも、後述の粒度分布や抽出時の成分溶解速度(拡散係数)に影響する要因と考えられます。
臼式については、国内では有名な「みるっこ」をはじめとするフジロイヤル製ミルでしか見られない特殊な仕様ですが、そのモーター性能とあいまって高い粉砕速度と耐久性(歯の摩耗による劣化含む)という、特に業務用途において大きなメリットをもたらす唯一無二のアドバンテージを持っています。
- 歯の形状:フラット(円盤状)・コニカル(円錐状)・ロール(筒状)※工場向け
- 歯の直径:粉砕面の広さ
- 材質・コーティング:スチール、ステンレス、チタン、セラミックなど
硬度や表面の微細形状、熱伝導性や膨張特性、耐摩耗性、耐腐食性などが異なります
- アラインメント:2枚の歯の間隔(粉粒子の通り道)を常に一定に保てるかどうか
- 回転速度:歯や周りの粒子との接触回数に影響するので基本的に速い ⇒ 粗め、遅い ⇒ 細かめ
浅煎り豆の硬さがコーヒーを変える
近年、ミルの精度向上を目指す動きが活発ですが、それは業界全体で浅煎り豆を使う機会が増えたためです。
浅煎り豆は深煎りのものに比べて密度が高く硬いので、造りが甘く各部のズレが多かったり、歯の切れ味が悪かったりするようなミルでは精確に挽くことが出来ません。
それが大げさな表現ではないことは、実際に指で豆を割ってみたり、手回しミルで挽いてみたりしてもらうと驚くほどの違いがあることを体感して頂けると思います。
また硬い豆と硬い歯がぶつかり合うことで摩擦とその熱もより多く発生することになるため、風味成分に与えるダメージが大きいという問題点も明確に浮かび上がって来ました。
素材の加工において、その特性に合わせた道具や方法の選択が不可欠であることは、コーヒー分野の垣根を越えて建築分野の実務にも携わって来た当店にとっては、ごく自然な道理に思えます。
しかし、実際に何らかのモノに触って作り上げた体験が少ない方にとっては、「ミルでコーヒーの味が変わる(おいしくなる)」とイメージや言葉だけで伝えようとしても、その道理(原因と結果のつながり)までは伝わりにくいだろうと思います。
コーヒー分野では、最終的な風味が良いか悪いかというポイントに全ての評価がひっくるめられてしまう傾向があり、重要ながらも断片的な抽出段階に大きな注目が集まりがりです。
どうしても、同じように風味にとって重要な生産・焙煎・製粉段階について客観的に評価するというプロセスは影を潜めてしまうことになります。
これが、コーヒー作りのブラックボックス化が起こりやすい理由です。
特に一般消費者にとっては、「評価の根拠がどうなっているのか?」という点が非常に分かりにくい、というコーヒー業界の根深い問題へつながっています。
製粉段階での豆の硬さの違いが最終的な風味にどのように影響しているのか?、についてご興味のある方は、それぞれを同じミルの同じダイアル設定で挽いた状態を比較してもらうと分かりやすいと思います。
ミルの状態は同じであっても、浅煎りの方が平均的な粒子サイズが粗めになっていることが一目瞭然なはずです。
浅煎り豆を使うと成分が溶け出し出にくくなる原因
- 繊維質の密度が高く水が浸透しにくいため、その特性に合わせた抽出レシピが必要になること
- ミルの性能によっては、深煎りに比べて挽き目が粗めより、かつバラツキが大きくになってしまうこと
「普段は深煎り豆からをおいしく淹れられている方が、初めて浅煎り豆で淹れると風味が出なくて困惑してしまう」という事態が起こりがちなのは、焙煎度によって豆、および粉としての性質が大きく異なるという事実があまり知られていないためです。
ミルの分かりやすい性能指標の一つであり、ドリップにおいて重要な調整ポイントでもあることから、その違いについて注目してみることをおすすめします。
この問題は、歯だけではなくミル全体の機械精度が低いものほど顕著になります。
浅煎りのコーヒーとその抽出方法が見直され始めたのは2000年前後ですが、ご家庭用の器具類に対応製品が出始めたのは2015年辺りになるので、それ以前の日本製コンシューマー向けミルの多くは浅煎り豆を挽くことを想定して作られていないと考えた方が良いと思います。
このように、浅煎り豆の個性を引き出してよりおいしく味わえるようにするため、という契機に端を発してミルの発展が促されるという大きな流れが生まれています。
具体的には、歯の形状や切れ味や耐久性、それを支持する躯体強度、全体の加工精度、組み付け精度の向上などといったところです。
また、電動の場合は高トルクかつ低速回転なモーターと制御機構、発熱抑制機構などといったような工業的に高い設計・加工技術や高価な材料が必要とされるようになっています。
※このような発展の途上には、世界的に有名な商用ミルに潜んでいたアラインメント問題などもありました。
※2024年現在においては、金属の精密加工技術の発展・普及に伴い、短い開発期間の中で高精度かつ豊富なバリエーションを持った製品を大量に生産することが可能となっており、安価でありながらも十分な性能を持つものが増えて来ています。
中挽きってどれくらい? - 挽き目の表記方法を整理する
ペーパードリップでは中挽きから中粗挽きくらいの挽き目が推奨されることが多いですが、「自分の使っている粉の粗さはこれで合っているのか?」という点は皆さん気になるところのようです。
そして、私の知る限り「挽き目」の基準と呼ぶにふさわしい明確な指標は見当たらないため、答えに困る質問の一つです。
コーヒー業界の込み入った話は後にして、「中挽き」をメッシュサイズの国際標準規格になぞらえると、24番~30番辺り、粒子の大きさがおよそ500㎛~800㎛(マイクロメートルorミクロン)の範囲に該当します。
いちおう、日本の業界規格は「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約」に記されているものになると思いますが、この指標を日常的に用いる機会はまずない上に、もしご覧になったとしても「そういうことだったのか!」とはならないのではと思います。
そこで、風味にとって重要な要因ながらも現状はバラバラで曖昧な状態に留まっている表現を、粒度の国際標準規格に換算して下記の表にまとめてみました。
情報共有におけるズレの問題を解消するためには、統一的な基準に照らし合わせるという誤差修正が必須のプロセスになります。
現状を例えるなら、旅に参加している誰一人として地図(統一的な基準)を持っていない状況と言えます。
もし、みんなが迷い道に陥いった場面で、それぞれがやみくもに歩みを進めるだけだったとしたら、有益な情報や資源を皆で共有したり、全員が無事にハッピーエンドに辿り着いたりする展開を想像出来るでしょうか?
※一つお断りしておきますと、この表は当店調べを元にした、およその範囲をお示しするためのものであり、コーヒー業界で標準的に用いられているものではありません。
メッシュサイズの国際規格にもいくつか異なるものがありますが、ここではコチラを参照させてもらいました。
関連記事:コーヒー用語集 – 挽目について
挽き目
|
英語表記
|
メートル法
|
メッシュサイズ規格
|
公正競争規約
|
---|---|---|---|---|
極細・微粉
|
Extra fine
|
100μm~300μm (0.1~0.3mm)
|
60~100番
|
上白糖
|
細
|
Fine
|
300~500μm (0.3~0.5mm)
|
30~60番
|
~
|
中
|
Midium
|
500~800μm (0.5~0.8mm)
|
24~30番
|
グラニュー糖
|
中粗
|
Midium-coarse
|
850μm(0.85mm)前後
|
20~24番
|
※SCAカッピング基準
|
粗
|
Coarse
|
800μm~2000μm (0.8~2mm)
|
8~20番
|
白ザラ糖 (ザラメ)
|
ミルの性能とは? - 粒度分布という捉え方
粉の中には細かいものから粗いものまでが含まれているということは上述しましたが、「全体の中でそれらがどのような広がり具合になっているか」について表したものを粒度分布と呼びます。
粒子サイズがミルで設定された範囲に収まっている割合が多いほど、粒度分布においての均一性が高いという評価になります。
逆に分布状況にまとまりがなかったり、時々でまとまり具合が変わってしまったりするものは、均一性が低いという評価になります。
粒度分布の傾向と風味の関係
- 均一性:高 ⇒ 鮮明・酸味が優位・クリーン・キレ
- 均一性:低 ⇒ 複雑・甘味やコク(質感)が優位・微粉が多い場合は苦みが出やすい
それならばということで、「完全に均一なメッシュサイズで揃えたらどうなるのか?」と気になって来るところですが、それを確かめるには「ふるい分け(フィルタリング)」というメッシュサイズの異なる歯やふるいなどを使った何段階かの選別作業を経て、目的のサイズだけを取り出してやる必要があります。
手間の掛かる作業が増える上に、そこまでするとかえって風味にとってのデメリットが生じる原因ともなります。
実際には粒度が完全に均一な状態とまでは出来ませんが、極端に狭い範囲に絞り込んだ粉から抽出したコーヒーについての官能評価は、「単調・深みがない・シャープ」といったネガティブな結果になりやすいようです。
その原因には、粉砕や選別に掛ける工程や時間が増えることによって粉が熱や空気にさらされる機会が増えることで、酸化や揮発による成分の劣化が進んでしまった可能性も十分考えられます。
粒度分布にほどほどの広がりが見られること自体は「おいしさ」にとって欠くことの出来ないポジティブな要因として、暗黙の了解が得られている理由かもしれません。
※業務的な観点からしても、「ふるい分け(選別作業)」という工程を増やすことは、「歩留まり(不良率)」を悪化させることになるので、ただやれば良いというものでもありません。
粒度分布の違いはおいしさの多様性?
精度に関する問題についての少し専門的な解説になります。
それぞれのミルが持つ仕様や性能の違いによって、生み出される粉の粒度分布は異なる傾向を示します。
一見した粗さは同じように見えても(目視だけでは判別不可のレベル)、その微妙な違いが抽出段階での「水の通り抜けやすさ」や「成分の溶け出しやすさ」に影響することで、風味の違いとなって表れて来ます。
さらには、同じミルの同じダイアル値を使った場合であっても焙煎豆の硬さによって出来上がる粉の平均的な粒子サイズが微妙に異なるということも起こります。
これらのことから、異なる機種や豆を用いると同じ粒度分布を持つ粉を作ることは出来ない、という結論になります。
そして、このズレこそがミルの個性、あるいは商品として様々なバリエーションが生まれる所以なので、一般的に公開される機会はどうしても少ないですが、あらかじめ挽目と風味の関係を知っておかないと対処に苦労する場面が多くなります。
それは異なるミルを用いた際の抽出の再現性、情報伝達にズレを引き起こす原因となっていたり、知っていたとしても様々なミルや豆やフィルターを扱う上では、風味調整を行う上での確認作業が煩雑になるといった所です。
これらは技術的にも現実的な必要性においても、取り払うことが非常に困難な障壁に当たると思いますが、少なくとも挽き目についての統一的で分かりやすい基準が必要と感じています。
ミルの基本性能が丸見えになってしまいますが、メーカーさんにはいくつかの焙煎度の豆をサンプルにした粒度分布のデータを公開してもらいたい所です。
あるいは、ダイアル数値ごとの世界標準規格に準拠した平均粒度、もしくは標準偏差を示してもらうだけでも、ミルの特徴を事前に把握したり挽き目調整を行なったりすることが現状より行いやすくなると思います。
ただ、現状が改善して行く土壌として、同様の仕様と水準を備えた機械たちが生み出す風味については、ランキング形式などの単純な評価方法で優劣を決められるものではない、といった消費者側のリテラシーも求められることになるとは思います。
※製粉は多くの分野で必要される基礎的な工程なので、その技術はすでに高度に発展しています。
粒度分布は確率統計という分野の手法を用いて一般化された表記が用いられることが多いです。
統計は構成要素の何を見たいのかで表し方が変わります。生データ・平均値・中央値・偏差値などがあり、また分布傾向が単蜂性ではなく複蜂性を持つ場合もあったりします。
示された値や傾向が風味としてどうなのか?ということまで考えると、一概にどれが一番良いといった単純な評価は出来ないのが「コーヒーのおいしさ」の難しい所ではありますが、少なくとも消費者側から見た時にフェアな判断材料の一つになると思います。
微粉とは?
粉への粉砕時に、豆の脆い部分がパウダー状から目に見えないほどの細かさにまで砕けた状態のものを言います。
前項の一覧表にある極細・微粉に当たるサイズは0.1~0.3㎜、メッシュサイズ国際標準規格60~100番から以下に当たる範囲になると思います。
※ここで言う微粉と同程度の極細挽き粉を標準とするエスプレッソ式では、適正サイズと微粉の分類はさらに細かくなるので、「微粉」とは抽出方式によってそのサイズが変わる相対的な呼び名ということになります
これらの値についても当店独自の表現なので、コーヒー業界で統一された基準値があるのかは分かりません
微粉は、どんなミルであっても粒子同士や歯との摩擦によって必ず発生してしまいます。
非常に成分が溶け出しやすいためにその割合が多い粉を使ってドリップした場合、コク(質感・ボディー)を感じやすくなります。
それだけならまだ良いのですが、知覚に鋭敏に働く苦みや渋みをはじめとする雑味成分までが否応なく多めに溶け出してしまう、という厄介な存在です。
また、フィルターのメッシュ(平均的な穴のサイズ)が微粉サイズより大きい場合は、通過した微粉あるいは繊維質と呼べるほど細かい粒子がコーヒー液に多く含まれることで、ほどよいコクと言える範囲を通り越した「舌触りや後味の悪さ」を感じるようになります。
逆にフィルターのメッシュが細かい場合や表面積が小さい(濾過に使える穴の数が少ない)場合は、「目詰まり」を引き起こす原因となります。
目詰まりが起こるとドリップに掛かる【時間】が狙いより余計に長くなります。
その傾向が強いとドリッパー内では以下のような状態が長く続くこととなります。
- 水のスムーズな透過が起こらないことによる浸漬状態
- 表面の粉が水に浮かんでしまい適切な接触機会が損なわれた状態
いずれにせよ、意図とはかけ離れたコーヒー液や抽出過程になってしまう原因の一つです。
一般的に広く用いられているタイプのペーパーフィルターは細かいメッシュに当たること、普及価格帯ミルの多くは微粉が多めになることの二つの要因が組み合わさることから、目詰まりは特殊な問題ではなく、常々どこでも起こっていると言えるほど身近なものと言えます。
ミルのダイアル合わせで狙った以上に成分が出過ぎたり、水の流れを阻害したりする微粒子が粉には必ず含まれているということですが、この事実を知らないままだと、抽出液に極端な過抽出や未抽出部分※を含んだコーヒーやドリップについて改善しようとする際に最大の原因を見落としていることになりかねません。
抽出中の粉全体の中で局所的に成分溶解量の差が大きくなる現象を抽出ムラと言いますが、それはどのようなドリップにとっても望ましいことではありません。
微粉量を調整するための対策や器具
微粉除去や量の調整を目的とした専用器具も昔から存在しており、「微粉除去器」「マイクロパウダーコントローラー」といった名称を持つその多くは、それに適したメッシュサイズの「ふるい」を使うものです。
ただ、その工程分の手間が増えたりドリップの調整が複雑になったりする面も大きいことから、プロやマニア向けの範疇という認識にあまり変化はなく、なかなか普及は進まないようです。
ただ、微粉という目には見えないところで悪さをしているやつがいるらしいという話を聞くと、心に疑心暗鬼の種を植え付けられたように、何となくもやもやとした気持ちが芽生えてしまうものです。
そういった訳で、例え費用が掛かっても、あらかじめ微粉対策が施された高性能な製品を使うことで調整に掛かる手間や心配を省いてしまう、というのが現実的な選択肢になるのではないかと思います。
※当店では長年愛用している「みるっこ」の特性と提供したいコーヒーの特徴(多くの方にとっての飲みやすいと感じられるクリーンさを持つもの)に合わせ、ほぼ開店当時からの基本工程として微粉除去を行っています。
ミルの粉受けにメッシュサイズ80番のふるいをあらかじめセットしてあるのですが、慣れてしまうと手間とも感じなくなるようです。
過抽出・未抽出ってどういうこと?
実は、上で挙げた現象「目詰まりを起こして抽出時間が長くなったことで濃いめのコーヒーになってしまった」ということだけを指して「過抽出」と表現するのは間違った使い方です。
「ある人が、ある一つのケースについて、ちょっと濃いなと感じたこと」をそのように表現してしまうと、濃度にはどこかに万人共通の絶対的な基準値があるかのような錯覚を覚えやすい点が特に問題となります。
ですが、この辺りのことについてもう一段階正確な捉え方のご参考となるよう、あえて触れました。
過抽出(オーバーエクストラクション)・未抽出(アンダーエクストラクション)という言葉は、「収率(Extraction Yield)」という測定基準に付随して、その度合いを表現するための用語です。
収率という言葉の意味は、ある素材から取り出された成分について、元の素材と成分の量の比率を表したものです(コーヒーでは質量)。
単に狙いの収率より高いか低いかを表す用語なので、本来はそれ自体に風味の良し悪しとかおいしい・おいしくないとかいう意味はありません。
ここで登場するのが、コーヒー業界で昔から用いられている抽出を指標化するためのツール「ブリューコントロールチャート」という有名なグラフです。
抽出工程、あるいはその結果と風味傾向の関係について客観的に捉えるための、「収率」「濃度」といった測定データとおおまかな風味表現との関係が表されています。
そして、その中では「Ideal Zone(理想的な範囲)」という一つの基準が設定されていることに対して、それ以外の範囲について「過抽出(Over)」「未抽出(Under)」「濃い(Strong)」「薄い(Weak)」という表現の組み合わせで表すという仕様になっています。
その仕様を元として、それらの用語がコーヒー業界で使われる場合には、風味傾向の特徴までを表す意味合いが付加されたものとなっています。
また、「Golden Cup」と呼ばれるスペシャルティーコーヒー協会(SCA)においての標準規格とされる目安値も、そのチャートを一部とする研究を土台として示されているものです。
- 粉量と注水量の比率(ブリューレシオ)= 1:17 前後(55 g / L ±10%)
- TDS濃度:1.15~1.35%
- 収率:18~22%
抽出に関する各指標や用語の定義を知ることは情報共有に当たって不可欠ですが、それらの全体的な関係性を理解することもまた大事なことです。
- 各々の豆・粉の状態や抽出条件によって収率は不安定に変化する
- 収率に伴って濃度や成分比といった値も変化する
全体とのつながりを欠いた一部の言葉、イメージや値だけが独り歩きしてしまうことによって、「良し悪し」についての誤った判断や偏った評価を生み出すような事態は珍しくありません。
それもまた、人である以上は先天的に課せられた制限なので、「パワーワード」の扱いには注意が必要という側面もあります。
透明性を求めて THREE FIELD - KIRIMAI ※追記
ミルの仕組みと風味の関係については、特にエンジニアリング(工学)からの視点と技術が不可欠な分野です。
これまで、ことコーヒーに関する製品については、その謳い文句の根拠とする技術的な詳細について公開されるケースは多くありませんでした。
いわゆるブラックボックス状態、あるいは根拠不明の透明性が低い状態が通常だったということです。
それでも業界内では十分な説得力を持ち、なおかつ売れる需給関係が成り立っていたからですが、そのような風潮は徐々に過去のものとなりつつあります。
新しく日本の業界トップの方たちが関わって立ち上げられたメーカーで開発されているミルの製品ページにおいては、原理や構造についても分かりやすく解説されていますのでご紹介させてもらいます。
トップバリスタによる比較動画
ご家庭用電動ミルの価格別評価
機械精度が求められる工業製品の場合は、価格がおよその性能を表す基準になり得ます。
- 数千円辺り → 取り合えず挽ける下位クラス → 粒度にばらつきが目立ち、尖った雑味を感じる
- 1万円辺り → 普及帯の中位クラス → ぼやけた印象。気にしなければ問題なし
- 5万円辺り → 中挽き、粗挽きではプロも使うクラス → クリアな風味を感じるに十分な精度。毎日何杯も飲む方ならコスト面でも最適解
- 10万円辺りまで → エスプレッソ用の細挽きまで対応する最上位クラス → 精緻な調整が可能
これ以上の価格帯もありますし、商品によっては基本性能以外の様々な便利機能の付加や大容量化・高効率化、あるいは開発費やブランド価値などによって価格が押し上げられているといったこともあります。
逆に、某国製のコピー商品と疑わしき格安製品などもあったりします。
上記評価はそのようなものについてまで言及したものではなく、ホッパー容量~200gくらいまでのもについて2021年までの私の経験をもとにした主観です。
ご使用目的に合わせてご参考にして頂ければと思います。
※ご参考までに、当店ではイベント出店用に「フジローヤル みるっこ」「Comandante C40」、オンライン販売用に「Baratza Forte BG」を使用中
細かい性能や機種ごとの仕様にご興味のある方は下記リンク先をご参照下さい
ハンドリップ用レシピ生成&ガイドアプリ
当店開発の抽出最適化アプリをご利用頂けます。
各ケースに合わせた抽出レシピ生成のみでなく、全体の実行プランを最後までサポートするガイド機能を搭載しています。
※注
以下のアプリでは、杯数(分量)変更時の濃度変化を抑制することで幅広いケースに対応したレシピを生成する、という目的に合わせて初期値が設定されています。
目標濃度がやや濃い目、抽出時間が長めといった所でレシピの値が若干異なるため、お好みによって調整して下さい。