はじめに
この記事では、主に氷出しコーヒーの魅力と課題について解説しています。
マニアックなテーマなので、水出しコーヒーも含む「低温型抽出方式」というジャンル全般の特徴やそれらの比較、作り方といった基本的な前提から話を進め、抽出と時間の深い関係について分かりやすくお示ししていくといった構成になっています。
記事の最後には、氷出し型の非常に難しい課題に対する解決策として、世界唯一、当店だけが持つ独自ノウハウを駆使して開発したレシピ最適化ツールをご紹介しています。
低温抽出コーヒーの魅力
コーヒー抽出では、90℃前後の高温の水を用いるタイプが世界的にも主流です。
そこには、日常の生活スタイルに合うかどうか、という理由も少なからず含まれています。
- 便利さ
- おいしさ
- 楽しさ
- 習慣
90℃前後という値は、これらのバランスがちょうど良いという意味で使われている場合が多く、美味しいコーヒーを作るために必ず守らなければならない決まりという訳ではありません。
実は、それ以上や以下であっても、それぞれの温度に合わせたおいしいコーヒーの作り方がたくさんあります。
その代表例が、「水出しコーヒー」や「氷出しコーヒー」と呼ばれるものです。
低温で抽出されたコーヒーの特徴
- 苦みや渋みが抑えられ、繊細な甘味や酸味、香りが際立つ
- まろやかな口当たり
- スッキリした後味
風味の違いを生む理由
- 高温抽出の場合は熱による化学反応や状態変化が進行しやすいために酸化、加水分解、揮発などで失われてしまう成分が、低温の場合は液体中に保持されやすくなる
- 強い苦みや渋みといった雑味の素となる成分が、低温の水と緩やかな水流に対して溶け出しにくくなる。(相対的に酸味や甘みといった他の要素が感じ取りやすくなる)
- 低温状態の液体は、高温状態に比べて比較的に分子の動きが穏やかで結び付きが強いため粘性が高くなる(相対的に香りや舌で感じる刺激といった要素が感じにくくなる)
※近年益々、専門機関によるコーヒーの化学分析が進んでおり、その効果を裏付ける報告が多数上がって来ています。
例えば、抽出液に氷を投入して冷やす急冷式アイスコーヒーの作り方や、解けない氷で抽出液を冷やす「パラゴン」という製品に代表されるような、意図的にホットーコーヒーを急冷する手法は、全て同様の物理化学的な原理に従って発生する風味への影響を利用したものです。
抽出温度の違いに絞って風味を比較する(浸漬式などの方法を使う)場合、その抽出温度が低くなるほど、上記のような特徴が強くなって行くことが実感してもらえると思います。
同じ豆でも高温抽出とは異なる表情を感じられたり、出来上がった時点で、そのままアイスコーヒーとして楽しめたりする点も大きな魅力の一つだと思います。
もちろん、風味がお好み合うようでしたら、温め直してホットコーヒーとして楽しむことも出来ます。
特に、液体に閉じ込められていた多様な香味が、口に含んだ瞬間に広がって行く感覚は独特なので、その体験をきっかけにファンになってしまう方も多いほどです。
夏の暑さが近づくほどに、良く冷えた水出しコーヒーの香りと味わいに心躍らせる、という方も多いのではないでしょうか?
冒頭でも述べた通り、抽出温度によっても最終的な風味傾向に違いが生まれるのは確かですが、どちらが良い悪いと決まっている訳ではありません。
夏場は、自ずとアイスコーヒーを選ぶ方が増えるのと同じで、「抽出方法も目的や状況に合わせて選ぶもの」と考えるのが自然です。
長い時間をかけて抽出する理由
「水出しコーヒー」と聞くと、理科の実験に使われるような器具で水滴をポタポタと落とし、長い時間を掛けて抽出される様子が思い浮かぶのではと思います。
そこで気になって来るのが、「いつになったら出来るの?」という点ではないかと思います。
抽出時間についての予測を立てるためには、あらかじめ、挽目や分量といったいくつかの条件(レシピの基本ポイント)について把握しておく必要がありますが、その一つが抽出に使う水の温度です。
専門的には、「注水温度」などと呼ばれものですが、普段から「コーヒーを淹れる時の温度」と言ってるものと同じです。
水出し型で使われる注水温度の温度帯には、大きく分けて2つのパターンがあります。
- 25℃前後(室温とほぼ同じ)
滴下式と呼ばれる雫を落とすように注水するタイプの抽出器具は、注水タンクやスタンドががさばるものや断熱・密閉されていない構造のものが多いため、しばらくすると全体が室温と同程度になります。
- 5~10℃前後(冷蔵庫内温度)
容器内で水に粉を浸けたままにしておく浸漬式と呼ばれる抽出方式の場合は、その容器ごと冷蔵庫(庫内温度:5~10℃)で冷やしておくという手順を用いることが多いです
低温抽出方式の目安レシピ
いくつかの一般的なパターンについては、「低温抽出方式の目安レシピ」項にまとめてあるので、そちらをお求めの方へのご参考になればと思います。
一杯分150gほどでも数時間、1Lくらいだと半日ほど掛かるという時間スケールになります。
数分以内を標準とする高温型と比べた場合、非常に長い抽出時間がデメリットと言えます。
ご家庭向けにおすすめ:水出しバッグ式
そこで、低温型の中でも、ご家庭向けとしてのおすすめなのは「低温型浸漬式」です。
呼び方はいろいろですが、「水出しバッグ式」の方がお馴染みかもしれません。
いわゆる、「お茶バッグ」を使ってお茶を作るやり方と同じで、不織布の袋に詰められたコーヒー粉をポイっと水に浸けておくだけという、これ以上ないほどお手軽な方法です。
メリット
- お茶バッグのような袋さえあれば手軽に出来る
- 大きな容器で一度に大量に作ることが出来る
- 放置しておくだけで良い(色味や味見で好みの濃さに調整)
- 冷蔵庫に入れて作る場合、低温・密閉状態が保たれるので劣化しにくい(数日ほど)
デメリット
- 微粉が少しコーヒー液に混じる
不織布や樹脂、金属製のフィルターには粗めのメッシュが多いため
- コクや深みは控えめで、スッキリした風味に仕上がりやすい
浸漬式は原理的に成分が溶け出しにくいため
特に、下記の滴下式と比較した場合、赤ワインのような熟成香までは感じにくい
濃度の調整方法
- 挽目・分量・時間を調整する(淹れ方基本編と同様の考え方)
- 抽出温度で調整したい場合は保管場所を変える
例:冷蔵庫内、室内、クーラーボックス内など
環境温度が上がるにつれて抽出時間は短くなりますが、痛むのも早くなる点に注意
どれくらいの時間で出来るの?
「水出しコーヒーを作るためには長い時間が必要」という話は、多くの方にとっても周知の事実と思います。
およそ、1杯分で数時間~5杯分で7、8時間程度が一般的な抽出環境での目安になります。
ただし、「どれくらいが最適か?」というレベルの答えまでをお求めの場合、その答えは、「それぞれの目的」という最も重要な前提条件によって変わって来るものです。
抽出時間に関するQ&Aで見られる、極端な例を挙げてみると…
- 同じ濃度感で仕上げたい ⇒ 低温の方が長い時間が掛かる
- 濃度感が大きく変わっても問題ない⇒どちらが長いか短いかはケースバイケース
まず考えてもらいたいポイントは、「果たして、1と2は違う答えなのか?」ということです。
典型的な「コーヒーの落とし穴(あるいは迷い道、沼)にハマるきっかけ」とは、「どこかに唯一無二の正解がある」という魔法にかかってしまうことです。
前提条件(場合分け)によって、正解はいくつもある
コーヒーの話では、知らないうちに論理の道筋から逸脱してしまう、という事態が起こりがちです。
抽出の基本ポイントである「分量・時間・温度と濃度の関係」という本質的な仕組みはパッと見では分らないので、自ずと各ケースごと、あるいは各視点ごとに浮かび上がる表面的な違いに注目せざるを得なくなるからです。
答えを求める際に大事なのは「疑問の持ち方」
当店からお伝えしたいことは、「コーヒーに答えはない」とか「コーヒーは人それぞれ」といった感じの決まり文句ではなく、「求め方(論理の道筋)さえ適切ならば答えは見つかる」という証明です。
当店Q&Aの主旨に当たるポイントなので、コーヒー抽出の答えを見つける際に用いられる一般的な手順について、改めて整理してみたいと思います。
- まずは実際にやってみる
- その結果を踏まえ、目的に近付くよう再調整を繰り返す
- 幾度かの経験を元に予想結果の範囲を絞り込む
つまり、「経験を元に適切な値を予想する」というプロセスと言えます。
これは、予想抽出時間を求める場合に限ったものではなく、あらゆる場面で私達が無意識のうちに用いている手順です。
そして、その手順で予想精度を上げるために必要なものと言えば…
- 場数を踏んで経験値を高める(あるいは、情報量を増やす)
果たして、「答えを見つけるための手順」は、これが最適解なのでしょうか?
そうではない、というのが当店の答えです。
- このケースでの最適解は?
- 最適解を求める具体的な手段は?
この記事をご覧頂いている方にとっての最適解かどうかは分かりませんが、少なくとも、答えを探している方のお役に立てるのではと思います。
低温型の抽出時間を短縮する方法
「水出しコーヒーが、もっと早く出来たらいいのに」
そんな希望に答える製品が、近年の技術発展(主にバッテリー性能の向上)に伴って開発されています。
それが、「吸引ろ過型水出し器具」というジャンルです。
器具の仕組みと抽出原理については、過去記事内で解説していますので、下記関連記事も合わせてご覧頂けたらと思います。
ざっくり説明すると、「吸引ポンプ式真空ろ過右」と呼ばれる、周辺の空気を抜くことで成分を引っ張り出すような抽出方式が利用されています。
そして、1Lくらいまでの量なら、数十分程度でも十分な濃度のコーヒーが出来るように設計された電動器具となっています。
この抽出方式は、空気を押すか引くか(加圧型か減圧型か)の違いだけで、エスプレッソやエアロプレスなどの器具と原理的には同じです。
圧力を高めるために必要な抽出条件(密閉性や細かい挽目など)を整えたり、より時間を短縮するために循環・撹拌機構が追加されていたりと、通常の低温型浸漬式とは異なる点が見られるものもあります。
もちろん、レシピや工程が異なるということであれば、最終的なコーヒーの風味傾向についても異なる結果となります。
低温抽出という言葉は、抽出方式についての大きな分類を表すものに過ぎず、細かい点まで目的の風味が得られるかどうかは素材・レシピ・工程次第、という調理の基本が変わることはありません。
見えにくいところですが、本質的には様々な方式や器具によって初期設定値(固定されたレシピ条件)と再現精度という要素が変わっているだけです(あとは使い勝手とデザイン)。
低温抽出だから傷みにくくて安全?
実は、むしろ高温抽出よりもコーヒーが傷まないように注意が必要です。
食品にとって、気温5度から60度の範囲は、空気中の酸素や水分、微生物、細菌類による酸化や腐敗が進みやすい環境に当たります。
低温型浸漬式の場合、容器ごと冷蔵庫内に入れるという手順が一般的なので、この場合は低温・密閉状態が保たれることになるため危険性は低くなります。
特に注意が必要なのは、低温型滴下式の方です。
この方式で用いられる器具は、ガラス製、大きくかさばる、各パーツの固定や密閉がしっかりなされていない、といった構造を持つものが多くなっています。
「冷蔵庫に入れる」といいう手順は選択肢から外れてしまうので、そのまま「常温帯で放置する」のが一般的です。
もちろん、高温状態のコーヒー抽出液を放置した場合と比べれば、劣化の進行速度はずっとゆっくりです。
しかし、低温型滴下式では抽出が始まってから数時間~半日ほども飲み物が常温帯に放置されたままの状態になっている、という点については見過ごされがちではないかと思います。
水出しコーヒーに関する研究の中には、成分劣化や常在菌、微生物の活動の活発化を示す報告もあることから、すでに製造者に対しての警鐘が鳴らされています。
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そういった証拠を待つまでもなく、日本にお住まいであれば、梅雨時期などの高温多湿環境でドリップした後の粉やフィルター、コーヒーを丸一日ほど放置しておくと表面に白っぽいカビが浮く、という現象から学ばれている方もいらっしゃると思います。
コーヒー豆やコーヒー抽出液の傷み具合は、そのような明らかな異常が現れるまでは分かりにくいため、以下のことに注意してみて下さい。
- 香りや甘さが弱い
- すえたような香りやむせるような酸っぱさといった嫌悪感を伴う酸敗臭を感じる(浅煎りのフルーツ感のある酸味、意図された発酵精製の風味とは異なる)
- 液体を光に透かして見た時、透明感のある赤茶色っぽい色味が少なく、のっぺりとしていて黒っぽい
- 豆表面にドロドロした感じの油や、液面に分離したままで溶けない油膜が浮いている
手間や時間といったコストは増えてしまいますが、空間、水、コーヒー、器具類について、より低温、密閉状態に保つための措置を施すことで、成分の劣化と揮発が抑えられた安全でおいしいコーヒーが楽しめるようになります。
氷出し方式の特徴と難題
「氷出し型」は、抽出温度をより低温方向へと推し進めて行くという、先人たちの数々の試みを通して編み出されて来た方式です。
日本には、喫茶店の定番メニューにアイスコーヒーや水出しコーヒーが並ぶといった形で、古くから冷やしたコーヒーの持つ風味を好み、慣れ親しんで来た、という世界にはあまり類を見ない文化があります。
発祥やネーミングについては、各々の文化やアイデンティティーが特に表面化しやすい所なので、議論が尽きない話題です。
- 水出し方式には「Dutch Coffee:オランダ人がインドネシアでの発明したから」、あるいは「Kyoto Method:京都の老舗純喫茶に多く見られるから」といった呼び名があるけど、本当の呼び名や発祥は?
- 「Ice Coffee」という言葉は和製英語で、直訳すると「氷コーヒー」になるので、本場では通じないんだよ。いやいや、スタバが広まった現代ではもはや世界の共通語だよ?
実際の所、各地域やお店、人によって情報源が違ったり、新しい説がどこかしら、誰かしらによって生み出されたりする上、その真偽を確かめようがない情報も入り乱れています。
いわゆるカオス状態ですが、ビジネスも絡むことで、「言ったもん勝ち」のような熾烈極まる状態になってます。
※現場の感覚としては、最終的に伝わればOKと思います。
例えば、英語で「Ice(コーヒー)からIce(氷)抜いて」という注文が入ってパニックに陥るといったこともあったりします。
他、Iced CoffeeやCold Coffee(関西だとコールコーヒー)だったり、抽出方式について表す場合はCold Brew、Water Drip、Ice Americano(エスプレッソ水割り)などなど。
カフェオレかカフェラテか論争と同じく、店側には臨機応変な対応力が求められる所です。
「氷出しコーヒー」についても正確な起源は不明です。
少なくとも、水出しコーヒーに造詣が深く、凝り性な日本の愛好家の間では、数十年以上前から認知されていました。
氷出し型の抽出温度は何℃?
「氷の塊を使っているのだから氷が解ける0℃」と言いたい所ですが、実際の温度を計ってみると、そう単純な話ではないと予感させる結果が返ってきます。
- 粉に氷を直接乗せる場合のスラリー温度:5~10℃前後
- 粉と氷を離して設置する場合のスラリー温度:15~20℃前後
※コーヒースラリー:ドリッパー内で粉と水が混ざった状態
2について:器具の構造にもよりますが、実は水出し型滴下式(25℃前後)と比べ、そこまで大きな温度差はありません
低温になるほど成分溶解度の差も小さくなる、という物性的な傾向を踏まえれば、低温型は高温型に比べて注水温度の差による極端な風味の違いは生まれにくい、という結果も不自然ではありません
スラリー温度は十分に低いとは言え、キンキンに冷えてそうなイメージよりは案外高い、と感じる方も多いのではと思います。
このような結果となる理由は、氷と同様に解けた水やドリッパー内の粉も、より温度の高い周りの空気や器具類から伝わる熱を吸収し続けているためです。
高温抽出方式ではあり得ない現象なのでイメージが湧かないところもあると思いますが、注水温度よりドリッパー内の温度が高くなる場合もあり得るのが低温型抽出方式の特徴の一つです。
考え方としては、抽出過程の温度について、ポットやスラリーといった内部環境の一点だけでなく、外部環境との合算(温度勾配)で求める必要があるということになります。
この結論を踏まえると、1と2のケースでは一つの取捨選択が発生していることが分かります。
氷出し型では、解けた氷から滴る水の流れがランダムに変化してしまうことから、再現性を高めようと思うと、注水範囲を安定化するための対策を講じる必要に迫られます。
そこで、2つ目のドリッパーや注水ノズル付きタンクなどを準備し、氷と粉が直接触れない構造を設けた場合、自ずとスラリー温度は上昇しやすくなります。
つまり、成分が溶け出しやすい条件変更を加えている、と見ることも出来るのです。
注水範囲の安定化を目的とした工夫を行ったつもりが、いつの間にか、抽出温度にも影響していたということであれば、異なる結果を導いた原因を「チャネリング対策」と決めつけるのは誤った認識ということになります。
当人は同じ方式やレシピに沿っているつもりでも、可視化されていない(気付きにくい)条件の変化によって、目的とは異なるコーヒーに仕上がっていた、というケースは想像以上に発生しやすいものです。
そして、このような不可解な状況に対する捉え方として、とても一般的であり、かつ望ましくない例が次のようなものです。
「コーヒー抽出は奥深くて難しいものだから起こる問題」
ここで、当店の捉え方は次のようなものです。
「コーヒー抽出技術についての情報伝達手段が不十分なために起こる問題」
上記のような、コーヒー抽出における温度や時間といった物理的なズレ(条件の変化)は、多くの方が感じているほど大きな問題ではありません。
目的、もしくは原因さえ明確ならば、十分に有効な対処法がすでに確立していること。
そして、どれも技術的には単純なことなので、抽出を調整する作業は誰にとっても容易と言えます。
しかし、人の持つ認識のズレとそこから生み出された誤った結論を修正すること、まして、それを他人が行うことは、全く容易ではありません。
人は理詰めで判断したり、行動したりしている訳ではないからです。
そういうことなら…と、お気付きの方もいらっしゃると思いますが、
- サーバー内の抽出液の温度:25℃前後(室温とほぼ同じ)
氷出し方式(水出し型滴下式含む)の抽出中の状態が明らかとなった後でも、その違いはコーヒー抽出液の風味と安全性には全く影響しない、という考えのままでいられるでしょうか?
また、「抽出に関する情報伝達手段の改善」という裏テーマから言及した場合、熱量(および温度勾配)という捉え方をレシピのステージに上げることが不可欠と言えます。
抽出レシピとポートレート写真
抽出レシピやその調整方法が示される場合、全般的にそれぞれのお店や人が試したいくつかのケースという、ごく限られた範囲にフォーカスされた内容となる傾向があります。
このような視点を写真になぞらえてみると、個々を切り取って際立たせたポートレート写真のようなものと見ることも出来ます。
その中では、他の抽出方式や多様なケースを含む「抽出の全体像」という背景がぼやけてしまうので、それぞれの立ち位置や関係性といった情報を把握することが難しくなります。
当店の解説記事における視点は、全体像(それぞれの関係性)にフォーカスすることで、広い範囲の状況を把握したり、その間を自由に移動したりするために必要な情報を得ようとするものと捉えてもらうと、内容と主旨について、よりご理解頂けるのではないかと思います。
ただし、この視点からは、個々のメリットやアテンションばかりでなく、デメリットや意外な一面が見えて来ることもあります。
出来るだけ、それらを取捨選択することなくお伝えするのが当店の方針です。
氷出し型は滴下式の特殊型
雫を一滴一滴垂らすように落としていく注水方法を滴下式注水と言います。
この言葉や方法は、医療用の点滴や化学的な成分抽出・実験といった現場で広く用いられて来た一般的なものです。
むしろ、昔からコーヒー業界はその分野の手法を積極的に取り入れて来た、と言う方が順当な流れです。
コーヒー抽出方式の分類としては、滴下式は一投ごとの注水量が極めて少ない、という特徴を持つ透過式の一種になります。
氷出し型滴下式の大きなメリットの一つは、滴下式注水を行う場合に必要とされる専用器具や、ケトルを慎重に操作する技術がなくても、氷を置いておくだけで良い、という点です。
「水出しや点滴もやってみたいけど…」と諦めていた方にとっても、目から鱗のアイデアとなるのではないでしょうか?
そして、氷出し型の際立った特徴と言えば、コーヒー粉に水を注ぐ速さが氷の解ける速さによって決まる、という点です。
当たり前過ぎて、「それが何なの?」と言いたくなるような話ですが、その特徴について深く理解しようとするほどに厄介な現実に直面する、ということが示唆されています。
その現実とは、コーヒー抽出方式の中で断トツに抽出時間についての予測と調整が難しい、ということです。
それがどれほどの難しさか、実感してもらいやすいように言い換えると、、、
もし、目の前に氷の入ったコップがあったとして、その氷が解け切って水になるまでの時間をピッタリ当てられますか?
氷出し型の抽出時間は未知の領域
この疑問の答えを探し出すための糸口が、「氷の解ける速さ」にあるのは誰の目にも明らかだと思います。
では、それは一体何によって決まるのか?という疑問が自ずと芽生えて来ないでしょうか?
「氷が解ける速さ」とは何を指すのかについて整理しておくと、一定間隔の時間(と面積)ごとに、どれくらいの量が解けて水になって行くのかを表した尺度となります。
「氷の融解速度」は、コーヒーレシピの対象として正面から扱われたことのない条件です。
もし、経験豊富な氷屋さんか、熱力学の専門家さんに尋ねたとしたら、ある程度の正確な時間だけは教えてくれるかもしれませんが、コーヒー抽出との関係まで教えてくれる人は世界中のどこにも存在しないと思います。
すでに、この種の疑問やもやもやを感じていらっしゃった方たちが、この記事にご興味を持って頂いたのではないかとも思います。
そこで、当店からのおすすめは、「答えがどこにもないことが分かったなら、自分で見つけ出せるチャンス」と捉えてもらうことです。
誰かに教えてもらったり、真似してみたりするのも一つの方法ですが、自分で考えながらやってみることで、コーヒーが今よりずっと面白くてワクワクするものに見えて来る、と思うからです。
未知への挑戦が新たな道を拓く
何らかの比較検証を行う場合、高温型であれば比較的に短時間で済みますが、低温型の場合は膨大な手間と時間を要することとなります。
当然、レシピ調整の根拠となる経験が蓄積されにくい(統計の元データが不足している)対象ほど、それに関する情報は全体を反映しないものとなります。
例えば、以下のように様々な状況が想定される場合、どんな仮定(もしくは初期条件)を置くかによって最終的な結果が大きく変わってしまう、ということは何となく想像が付くと思います。
- 部屋の温度や日当たりが違う場合は?
- 家の製氷皿で作った氷と、コンビニや氷屋さんで買って来た氷の違いって?
- 水・氷・粉、空気、容器類はじめ、素材は同じだったとしても、それらがどんな状態に置かれているのかによって、抽出の進み方(結果としての風味)も変わるのでは?
- 氷出し型透過式の場合、基本的なレシピは同じでも、氷の量が違うだけで抽出時間が変わってしまうのでは?
これらのような物事の複雑さに直面した場合、「考えれば考えるほど分からなくなる問題の連鎖(底なし沼)」に陥ってしまうことがありますが、率直に言って、コーヒー抽出においても避けることの出来ない事態です。
人によって、それと気付かなかったり、無視したり、思い悩んだり、あるいは、器用に扱ったりするといった事態は起こるかもしれません。
しかし、そこには人の向き合い方や捉え方に多少の違いがあるだけで、複雑な現実の方が勝手に消え去ったり、形を変えて単純になったりしてくれるような事態は決して起こらず、そこにあり続けるからです。
当店では、そのような厄介な問題を複雑性の障壁と呼び、何らかのライブラリ(ネットや本などはじめとする集合知)の中に、すでに明確な解決方法が存在する問題とは区別して扱うようにしています。
当店がイベント出店専門という形で、時に厳しくもあるアウトドア環境を中心に活動を続けて来た理由は、コーヒーを通じて自然が織り成す複雑性とそこに秘められた未知の領域に触れられることに大きな魅力と意義を感じているからです。
そこでは、単純なパターンや既知の方法からは最適解に辿り着けないような、得体の知れない問題に出会うこともしばしばです。
もし、そのような機会が訪れた場合は、ひとまず深呼吸して、たくさんの糸が絡み合った奇妙な塊から糸口を探し出し、少しづつ紐解くようにしてみましょう。
そうすると、分かる所と分からない所、影響が大きい所と小さい所などに選り分けられるようになるので、「じゃあ、分からない所や影響が大きい所に絞って考えてみよう」といった感じに、自ずと進むべき方向が見えて来ます。
難題1:抽出条件が不安定(単純系)
透過式器具を用いる一般的な手順
- 大きめサイズの透過式ドリッパー(ロート、ノズル付きタンクといった注水用容器)を使い、普段のホットコーヒー用レシピ通りにセッティング
- ドリッパー内の粉の上に、目標抽出量と同じ重さの分だけ、ブロック氷を一粒づつ崩れないように乗せて行く
- 氷が自然に溶けて、サーバーに目標抽出量のコーヒーが溜まるまで待つ
大まかには、このような流れで氷出しコーヒーを作ることが出来ます。
なので、ある程度の量の氷が安定して入れられる注水用容器さえ準備すれば良く、特に難しい作業は必要ありません。
ただし、氷の性質や抽出時間がとても長いといった、ホットコーヒーの抽出ではほとんど気にすることのない条件の影響によって、各ケースごとの結果は大きく左右されることとなります。
抽出結果を不安定にする条件
- 周辺環境の状態を一定に保つのが難しい
部屋の温度、日当たり、風(空気の流れ)などの変化によって融解速度も変動する⇒抽出時間がブレる
- 氷の状態によって融解速度が変わる
例えば、家庭用冷蔵庫の冷凍室で作られた氷は、一般的に空気やミネラルなどの不純物が多め(純度:低)だったり、氷内部の結晶構造が小さかったりするため解けやすい⇔コンビニや氷屋さんの氷(純度:高、結晶:大)は解けにくい
製氷皿によって同じ形状の氷になる(安定する)⇔かち割りタイプだと大きさ形がバラバラ(ブレる)
- 氷の解け方によって粉に水が落ちる位置が変わる
水がドリッパーの壁面を伝ってしまったり、低温だと水の表面張力が強過ぎたりするので粉全体に浸透しにくくなる ⇒ 成分が未抽出で薄くなる
滴下式は注水範囲が狭いので、粉上面の面積が大きくなる(上から見て円が大きくなる)と抽出ムラが起こりやすくなる⇒部分的な過抽出(苦み雑味が目立つ)
- 抽出量と水(氷)の投入量といった分量計算にズレが起こりやすい
ブリューレシオと呼ばれる分量比率に対する考え方の基本があり、「投入する水(氷)量 = 抽出量 + 粉やフィルターの吸水量」という計算方法になります。
しかし、滴下式では抽出時間が非常に長くなるため、通常は吸水量として差し引かれるはずの分までが落ち切って抽出量に加算される、という結果にになります。
レシオのブレ = 濃度のブレ = 結果(風味傾向)のブレ
※粉量が多いほど、あるいは抽出量が少ないほどブレ幅は大きくなります
上記の一般的な手順は、結果のブレまで気にしないことが前提のお手軽レシピなので、ブリューレシオの計算抜きで氷量と抽出量の比率は1対1としています。
- 滴下式という注水方法の性質によって、粉に水を浸透させる力が強まるので濃い目になる
この浸透性の違いは、科学的な抽出の基礎と言えるプロセスながら、プロの間でもほとんど周知が進んでいないほど理論的な理解が求められる領域であることと、数値で計算する以外に解決法のない抽出量のブレも合わさることで、想定した濃度や風味傾向に仕上げることがより難しくなります。
※氷の性質や低温による効果とは別
- 容器類の断熱性や遮蔽性によって融解速度とスラリー温度が大きく変わる
例えば、氷全体がドリッパー上部でむき出しの状態と、別途注水タンク内に入れて容器で囲われている状態という条件の違いだけでも、融解速度は数倍ほども変わるので、自ずと抽出時間もそれだけ変わってしまいます。
先述の通り、氷との距離や容器の断熱性によってスラリー温度も変わるので、成分の溶解速度が変わり、濃度が変わり、結果として風味が変わります。
氷が解けにくいほど抽出時間は長くなり、抽出液の劣化度合いは高くなります。
※上記「低温抽出方式は痛みくくて安全?」項参照
難題1の解決策
抽出環境の安定化
- エアコンで周辺温度を一定に保つ
- 冷房機器や開口部からの空気の流れの影響が少ない場所で行う
- 影になる位置で行う
- 清潔な器具や空間で行う
- サーバー側を間接的に冷却する
- サーバーに密閉・断熱容器を用いる
※氷容器やドリッパー側の断熱性を極端に上げるという対策を取ると、室温程度の環境条件を前提とした場合の融解時間や濃さの目安から大きくズレてしまう点に注意
注水速度の安定化
- 滴下機構の改良 ※:詳細は最下段の項目へ
注水範囲の安定化(抽出ムラ防止)
- 蒸らしを行う。ペーパーフィルターを粉上面に敷き詰める(水の毛細管現象を促進するチャネリング対策)
- 別途注水ノズル代わりの器具を使った上で、形状や位置の調整(ドリッパー2段重ねもその一つ)
※氷と粉が触れない注水方法とする場合はスラリー温度が上がるために、粉に直接氷を置く場合より少し濃い目に仕上がる点に注意
抽出条件についてより明確にし、共通の言語と基準で扱えるようにする
- 鮮度・焙煎度・挽き目・分量・温度・時間といった基本的な条件のバランスを、共通の基準とご自身のお好みに照らして整える
- いわゆる「落ち切り」という用語は、おおまかな目安の一つでしかなく、待機時間が短い場合は完全に落ち切っていない分がまだ残っている、といったように非常に曖昧な指標なので、待機時間と流出量の関係を明確化した上で、数理モデルの構成要素に追加します。
- 容器の断熱性はじめ抽出器具の構造による条件変化についても、モデルの構成要素として組み込みます。(現バージョンは簡易設定なので、それらの値は変更不可とし、室温値の変更による一括調整としています。)
難点2:注水速度=氷の融解速度の関係(複雑系)
いよいよ、今記事の核心部に入って行きます。
氷の融解速度を構成する主な要素
- 氷:温度・量・密度・純度・表面積(形状)
- 周囲の空気:温度・湿度・気圧・風速(周囲の気体の流れ)
- 容器:温度・表面積(形状、および解けた後の水が周辺に留まるかどうかも含む)
- 各々の熱伝導特性と熱伝達率
これらの要因が複雑に絡み合った問題の答えを求めたい場合、一体どうしたら良いのでしょうか?
「ありとあらゆるパターンを一つ一つ試しては、結果を確かめて行かなくてはならないのか?」と考えると、それだけで途方に暮れてしまう方も多いかもしれません。
特にコーヒー分野においては、わずかな風味の違いとその原因を見極めるための個人的で地道な取り組みこそ正攻法であり、「こだわりの~、職人の~」といった実直なイメージに重ねて捉えられる風潮があるため、余計にそのような思考に傾きやすいのではないかと思います。
実際に、世にあるほぼ全ての抽出レシピは(当店のそれも含めて)、思考段階から実際のプロセスに至るまで同様の枠組み(フレームワーク)に沿って作成されています。
しかしながら、より普遍的な(誰にでも、いつでも、どこでも通じるような)コーヒー作成プロセスを獲得するためには、「それを複雑系の領域に属する現象と認めた上で、その扱い方を一から問い直す必要がある」と考えています。
なぜなら、複雑系の領域を扱うために必須のプロセスが、これまでのコーヒー業界の一般的なワークフロー(仕事全体の流れ)には含まれていないからです。
その必須のプロセスとは、人の五感だけでは捉えることの出来ない自然現象について論理的に理解したり扱ったりするために、人々が長い時間と労力を積み重ねて確立して来た「科学というツール」を、より有効に活用することです。
コーヒー抽出過程を科学的に捉えると、「氷の融解速度」ですら一つの要因に過ぎず、さらに多くの要因が互いに作用し合いながら成り立っていることが見えて来ます。
普段の生活の中では、たとえ目の前で起こっている現象であっても、それについて明確に意識したり、注意深く分析したりする場面はあまりないと思います。
そのような視点は、多くの方が関心を寄せるコーヒーの一面とは真逆と言っていい方向にあるものだからです。
しかし、図らずも奇妙と思える問題に直面してしまった際、科学的な考え方や技術の助けを全く借りることなく、個々の能力だけで適切にあらゆるケースの答えを導き出す、ということが私たちに本当に出来るのでしょうか?
この疑問については、好き嫌いや得意不得意、有名無名、信じる信じないといった個々の心理的な判断基準は一旦どこかに置いておいて、シンプルに可能か不可能かだけで考えてみて下さい。
私個人については、抽出に関わる要素から変数(あるいは変動要因)を一つや二つに絞った場合の計算(※1)でさえ手を焼いてしまう有様なので、実際には数十を越える変数を含む計算を瞬時に解いたり、抽出過程(に含まれる非平衡状態)について正確に説明したりする、などという芸当は到底不可能と断言出来ます。
果たして、この限界は私個人の能力が足りないことが原因であり、コーヒー業界に通じた世界のトッププロや有名店のバリスタや焙煎士と呼ばれる人達にとっては、難なく乗り越えられる既知の問題なのでしょうか?
改めて現状を見渡してもらうと、実はそういった類ではなく、全ての人達が人間として抱えている共通の限界である上に、それが明確に認識されたり、議論されたりする以前の未知の問題であること、にお気付き頂けるのではと思います。
これまでの「コーヒー作りのスタイル」は、個々の感性によって多彩なバリエーションと楽しみ方が生まれるという側面(メリット)だけではなく、個々の基準の曖昧さによる情報のズレが混沌の連鎖を生み出してしまうという側面(デメリット)も合わせ持っています。
※1:難題1の解決策のように一つ一つの現象に個別に対処したり、カスタマイズしたりする従来の、そして、特に日本で顕著なスタイル
これまでの状況を振り返り、コーヒーレシピという材料と工程の一覧表さえ浸透していなかった頃からの流れを追えば、「コーヒー作成プロセスの捉え方」は、複雑怪奇なブラックボックスからスムーズに共有可能なデータという形式に移行して行く途上段階にある、と見ることも出来ます。
今日でも、そのデータの導出方法や表現方法の改善に取り組み続けることが、コーヒー作りの障壁を取り払うメソッド(手法)の発展、という結果につながっていると思います。
※グローバリゼーション、オーガナイゼーション、プラットフォーム作り、パラダイムの変革やDX化といった動きは、人々が大きな枠組み内で使う仕様を策定するという、誰でも共有可能な基盤(ルール)を作るプロセスです。
どれもカタカナ英語であることにも表れているように、世界規模の大きな枠組み作りにおいて、日本の職人スタイルが裏目に出てしまうという傾向は、コーヒー業界でも同様に見受けられます。
あくまで、この問題に関してとお断りした上ですが、個々のケースとリソースという限られた範囲で得られる結果を拠り所とする解決法よりも、歴史を通じて人々が磨き上げて来た叡智と努力の結晶の中には、はるかに広範囲のケースについて正確で早く回答を導き出す方法がすでに存在している、としたら、当店は迷わず後者を選択します。
コーヒー抽出レシピにおける「氷」のコントロールを目的とする場合、第一ステップとして、氷の融解速度と融解時間、融解量の関係を示す遍的な数理モデルを獲得する必要があります。
この話の詳細は割愛しますが、工業分野で実践的に活用されているノウハウを学ばせてもらうことで、なんとか実現に漕ぎ着けることが出来ました。
※今のところ、当店の主張とノウハウを裏付けるためのサンプルとしてソースコードを公開していますので、モデルの計算方法や妥当性にご興味ある方は下記フォーム部分のソースをご覧下さい
難題2の解決策:氷の融解時間計算フォーム
※「抽出量が95%に到達する時点」を示す■の位置は、グラフ表示機能の都合で少しずれています。
仮定条件
- 大きなドリッパーやペットボトルを逆さにしたようなロート状の容器に数cm角のブロック氷を詰めた状態
- 解けた水は氷周辺に留まらずに流れ落ちる状態
- 容器類の断熱性は考慮しないものとする(考慮に含む場合は室温の値で調整)
- 室温、湿度は一定、日陰、空気の対流は極小の環境とする
数理モデルから生みだす新たなメソッド
計算結果のグラフを見てもらうと、「氷は解けて行くにつれて融解速度が遅くなって行く(グラフの右側ほどカーブが緩やかになって行く)」のがお分かり頂けると思います。
そして、「目的の抽出量にほぼ到達した時点(95%)から、氷が完全に解け切るまでには、全体の3分の1(30%)ほどの時間がまだ残されている」という関係が読み取れます。
ここで、「コーヒーの主要な成分は抽出工程の早い段階(全体の3分の1ほどの時間)で大半が溶け出し中盤以降に溶け出す量は微小」という事実を踏まえると、以下の結論が得られます。
氷出しコーヒーの抽出時間は、氷が完全に解け切るまでの時間と同じである必要はない
同時に、上述して来た低温抽出方式の特徴まで全て踏まえると、以下のような大きなデメリットの存在と、それに対処するための新たな解決策も明らかになって行きます。
氷が解け切るまで放置するという手順のデメリット
- 抽出時間の予想手段がないため、目標設定や調整方法が曖昧にならざるを得ない
そもそも再現性が低い抽出方式
- 氷の解け具合による抽出ムラが起きやすい
注水方法に対する改善策を施すと、抽出温度、時間をはじめとする抽出条件が自ずと変わってしまう(再現性の低さを助長)
- 抽出時間の浪費が発生する
それに伴って風味の劣化も発生する
これらのデメリットについては、実際に一度やってみれば、なんとなくでもお気付きになる方はいらっしゃると思います。
そこで、「デメリットを最小化した最適なレシピや工程を見つけるにはどうしたら良いのか?」と考え始めた時に目の前に立ちはだかる複雑性の障壁の正体が、「氷の融解速度と抽出時間の関係」という問題だった訳です。
抽出プロセスが不安定なために結果の再現性が確保出来ない段階では、客観的にプロセスについての説明をしたり、その仕上がり具合いについて意図的にコントロールしたりといった応用ステップに進めません。
適切な抽出時間(氷の融解速度)の予測手段を得たことによって、「再現性の高い氷出し方式の抽出レシピ作成」と「目的の風味に沿ったレシピ調整」が誰でも実現可能となります。
次世代型コーヒーソリューションに向けて
「それぞれの人がそれぞれのケースでレシピやコーヒーについて、個人的な感覚に基づいた試行錯誤を繰り返しながら、手探りで最適解と思わしき答えに近付いていく」
これまでの(コーヒー好きの)私達にとっては、良くも悪くも、このような閉ざされた領域で遂行される現場志向の取り組みこそ、人間的で尊い向き合い方とされて来たように思います。
当店は、それを否定しようとしている訳ではありませんし、それを突き詰めることも重要な方向性の一つだと思います。
そして、それが許容され、評価される世界だからこそ、多くの人が魅力を感じるのだとも思います。
ただ、「実態としては、それ以外の選択肢から目を背けて来ただけなのでは?」という、外の世界からの問題提起に対して、私たちは正面から答えることが出来るでしょうか?
私たちが、知らず知らずのうちに刷り込まれれて来た「コーヒーの捉え方(スキーマ)」とは、どんな形だったのでしょうか?
ついに、そんな見えない不自由さに縛られていた時代も終わりを告げる時が来たのかもしれません。
誰もが自分の求めるコーヒーに迷わずたどり着ける時代
コーヒーに残された課題を解決し、次世代への道を切り開くのは、いつの時代であっても「不屈の探求心」ではないかと思います。
※もし、当ブログをご覧になってご気分を害される方がいらっしゃいましたら申し訳ありませんが、自戒を込めて、あえて辛辣な表現や簡略化を控えた表現を使う場合があります。
かく言う当店も今回の試みに当たっては、はじめて知り得た事実と共に、この抽出方式に潜んでいた謎が明らかになって行くにつれて、「どうすれば実践で役立つレベルのツールが作れるのか?」と頭を抱え、コーヒーを吐くほどもがく場面が多かったです。
氷出しコーヒー用レシピ作成アプリ
ユーザーの使いやすさ優先で設計した「かんたん計算アプリ」が完成しました。
- 誰でもお好みや状況に合わせたレシピが作れます
- 最適な分量や抽出完了時間を瞬時に計算しグラフ化
- レシピ探しやレシピ作りに掛けるコストがほぼ不要になります
- どこでも使えるWEBアプリ型コーヒー抽出最適化ツール
低温抽出方式別の目安レシピ
ご参考までに、当店の検証に用いたいくつかのサンプルをお示したものです。
共通の抽出条件
- 中深煎り豆(シティーロースト)
- 中粗挽き(850μm)
- 粉量:12g(杯数分量は減衰式で計算※1)
- 抽出量:150g(×杯数分)
- ドリンクレシオ:1対12.5
- ブリューレシオ:1対15程度(蒸らしなし)
- 目標濃度:1.5%(やや濃い目)
- 氷出しには家庭用冷凍庫の氷を使用
注水型ごとの抽出時間
- 水出し滴下方式(室温25℃ )
- 1~3杯分(150g~450g)⇒ 1~2時間
- 4杯分から7杯分(600~1050g)⇒ 3~4時間
- 水出し浸漬方式(冷蔵庫内温度:5~10℃)
- 1~3杯分(150g~450g)⇒ 3~6時間
- 4杯分から7杯分(450~1L)⇒ 7~12時間
- 氷出し滴下方式(室温:25℃ )
- 1~3杯分(150g~450g)⇒ 2.5~3時間
- 7杯分(約1L)⇒ 5時間※2
※1 関連記事:濃度がブレない抽出レシピの作り方③ -工程レシピを計算によって導出する-
※2:7杯分(1リットル用)レシピは、氷出し方式を使った大量注出というケースが想定しづらいため、今回の検証では範囲外としています。
5時間という値は下の計算フォームで予測された氷の融解時間をそのまま記載したもので、水温に対する抽出時間としてはやや短い印象があります。
しかし、水と粉の平均濃度勾配と接触機会が大きくなる(浸透圧が大きくなる)滴下式の場合は、最終的な成分溶解量のうち、主要な成分の大半は抽出時間の前半ですでに溶け出していると考えられるので、ここでの目標濃度付近に到達する可能性は高いです。
ただ、次項の注意ポイントについて分かりやすくするための参考として記載しています。
滴下式の注水速度はどう調整したらいいの?※編集中
滴下式は、コーヒー粉の上から水を注いで粉に水を浸透させる「透過式」と呼ばれる抽出方式の一つです。
そして、水が粉の層の中で留まらずに流れて続ける状態を指す「透過」の定義から細分化した場合、一般的なハンドドリップはドリッパー内で水が滞留することも多く、それは「浸漬:水量が粉の吸水量を上回る飽和状態」を含む割合が比較的多いと言えるため、「半透過式」と分類するのが妥当と考えられます。
そのような分類において、「滴下式」は「透過:水量が粉の吸水量を下回る不飽和状態」を維持し続ける形となることから、「完全透過式」に当たります。
また、単位時間当たりに注がれる水量のことを「注水速度」と言います。
水をそそぐ重力を利用しています。
重力は水圧(水の重さや勢いによって働く力)、気圧(空気の重さや勢いによって働く力)を生み出す原動力に当たるものですが、地球上ではほぼ一定です。
つまり、水や空気の状態の方が変わることで、水圧や気圧も変化するということになります。
※水量の単位について
当店では、「量」という言葉を質量(g)を指して使っていますが、あくまでコーヒー用途として使いやすいという理由からです。他の分野とのズレを感じるところも
質量(g) = 密度(g/㎤)×体積(㎤)

