氷投入型急冷式の落とし穴
この記事ではアイスコーヒーの作り方の中でもポピュラーな方式となっている「氷を直接投入することで液体を冷やす方法」について解説して行きたいと思います。
ただし、当店のオリジナルレシピやご家庭向けのお手軽レシピをご紹介するための記事ではありません。
氷や粉の量を決めるにはどうしたらいいの?
- 定型化された固定レシピに習う(分量比率を固定する手法も同様)
- 粉・水・氷の分量バランスを目的に合わせて自在に調整する方法を知る
この記事の目的は、氷投入型急冷式を用いる際に多くの方がぶつかる疑問への答えには、有効な回避策としてのⅰしか存在しない現状に対し、根本的な解決策としてのⅱをご提供することです。
そして、手間が少ないメリットの裏に潜むデメリットの正体とその対処法について順を追って探りながら、コーヒー抽出における熱量調整という核心部分に触れて頂く機会となればと思います。
ハマる理由:前提条件が足りない
まず、この方式についての解説でほぼ共通するであろう手順と値について要点のみをまとめた「お手軽レシピ」を作ってみます。
- ホットコーヒーを濃いめに淹れる(粉量は通常の1.5~2倍)
- そのコーヒーと同量(重さ)ほどの氷を準備する
- あらかじめサーバーに氷を入れておいたり、抽出後にすぐ氷を加えることで急冷する
ご興味のある方ならば、このタイプの解説やレシピはどこかで見聞きしたことがあるでしょうし、主なプロセスについてもコンビニのドリップマシンがまさにこの方式なのでイメージも浮かびやすいと思います。
ここで示されている分量バランスはコーヒーの世界ではセオリー通りのもので、それは長い年月を掛けて収束して来た経験則の一つと言えます。
「氷投入型はこれだけで万事OK」なら簡単な方法のように見えますが、実際の場面ではなかなか思うように行かないかもしれません。
なぜなら、この手順には至る所に見えない落とし穴が潜んでいるからです。
この記事で言う落とし穴とは省略された前提条件のことを指しています。
この方式では分量調整と共に温度調整に関わる情報が重要となりますが、お手軽レシピの内容だけでは何か足りない気がしないでしょうか?
疑問:手順1で抽出されたコーヒーの温度はどのくらい?
近頃は、ご家庭でも豆の焙煎度やお好みの風味傾向によってお湯の温度を調整することも珍しくないと思いますが、ベースになる液体の温度が変化した場合については何も書いてありません。
オリジナリティーや再現性を高めるために一通りの基本ポイント(分量・温度・時間)が追加された固定レシピで示される場合も多いですが、その温度は「ドリップケトル(注湯容器)内の温度」を示すのが一般的です。
さらに言うと、抽出時間、抽出量、レシピには書かれていない器具や環境といった要因によって保温状態が異なればコーヒー温度も変わる、というごく自然に起こり得る変化にも思い至るのではと思います。
疑問:手順2で用いる氷の温度はどれくらい?
冷蔵庫内の冷凍室の温度は、JIS規格に沿ってマイナス18℃辺りに設定されていることが通常なので、「氷」と言えばおよそその温度のものを使用する、ということも省略された条件に含まれています。
ならば、建物内もしくはキッチンといった温度環境(室内平均25℃辺り)や設備が整っている場所で行う場合、というさらに限定された条件の下でしか成り立たない可能性も浮上して来ます。
もしも、アウトドアで環境・設備条件が異なる場合などに冷却機器の能力や使用方法によって維持出来る温度帯や時間も異なる事態に対応する必要があるならば、「氷の温度は常に一定ではない」という条件を除外することは出来ません。
疑問:その他いろいろ
- 杯数(目的量)を変えたい時は?
- 豆、挽き目、粉量などの抽出条件を変える時のバランス調整はどうすれば?
- 氷なしで飲みたい時は?
- 冷えすぎは苦手なので目的の温度を調整するには?
これらもまだ一部ではありますが、個々のケースについての細かい疑問まで拾い集め整理して行くと、より広い視野から見た一つの疑問が芽生えて来ます。
オーダーメイドとレディーメイドの違い
- オーダーメイド(Order-made)
それぞれの方のご希望や状況によって様々な形が求められているという現実
- レディーメイド(Ready-made)
前提条件や手順が仮定を元に固定されているため対応可能な範囲が限定的(ワンパターン)
需要と供給の間には常に次元の異なるギャップが存在します。
このギャップへの対処方法として、お手軽レシピや固定レシピをはじめとするレディーメイド形式の情報がどれだけ増えたとしても、発信側と受信側のすれ違いが埋まることはないのではないか?という疑問です。
当店はアウトドアコーヒーを専門とする立場から、あらゆる工程について何もない所から目的の状態が成立するために必要な条件とは何かを検討するのが常となっており、それは状況に合わせたオーダーメイド形式に近いものです。
コーヒーについての解説やセオリーの大半は、初心者向けかつインドア視点(準Ready-made状態)という暗黙の前提に立っているので、このような疑問を差し挟む機会さえないかもしれませんが、「外の視点に立ってみるとゴールまでのルートとその途中に潜む落とし穴が自然と見えて来る」ということが少なくありません。
この記事では、氷投入型急冷式の作り方を提示するだけでなく、その落とし穴を生み出している核心に迫ることで、それにまつわる数々の疑問の答えを明らかにして行きたいと思います。
営業に当たっては全てを理想的な条件に整えることは困難なので、実現可能性や許容範囲、価格などについてもさらに検討を重ねます。
アウトドアで「外」という前提に立つことの面白さは、自然の中では全てが一筋縄とは行かないことと引き換えに、それまで気付かなかった様々な視点や疑問を与えてくれることにこそあるのではと感じます。
前提条件とはゴールまでの足場
コーヒーの世界には、多くの先人たちによって長い年月を掛けて蓄積されて来た情報がありますが、数々の試みと取捨選択を経ることによって編み出された一連の抽出様式が「方式」と呼ばれるものです。
例えば、ペーパーやネルドリップ、エスプレッソ、フレンチプレス、エアロプレス、水出し、氷出しなど。
そして、これらの原型や元になるアイデアが少なくとも数十年以上前から存在していたこと。そして、時勢の中でことあるごとに栄枯盛衰を繰り返して来たことは、本やインターネットなどのメディア上で広く公開されている情報を少し辿るだけでも明らかなことです。
それらが広く普及するまでの経緯については、未開の地に降り立った最初の一歩から次へ次へと足場が踏み固められていくうち、多くの人々が目的地まで辿り着きやすい経路がいつしか道筋となって現れて来る様に例えることが出来ます。
- 目的のコーヒーまでの道筋 ⇒ 方式・手法
- 通行標識が立てたれたガイドライン(ナビゲーション)⇒ レシピ
いわゆるお手軽レシピは「およそ・~ほど・各々で」などのおおまかな表現で標識の値がぼかされていたり、作業にコストが掛かる足場はあえてスルーされていたりする場合が多く、言わば安全対策を省いた仮設道のようなものに当たります。
それだけで目的地まで辿り着けるかどうかは使う側の能力や運に依る所もありますが、「仕事に掛けるコストを省いた分だけリスクは高まる」ことや、「コストパフォーマンスは評価軸によって変わる」ということは最低限の認識として忘れないことが大事だと思います。
現代ではもはや、未開拓の道筋や目的地を見つけることの方が難しい状況にあります。
しかし、中にはプロでも足場を作るのに苦労する難所(核心)を抱えているため確実に目的地に辿り着けるか分からない道筋や、誰でも通れるほど平坦とまでは言えない道筋は未だ存在します。
次項では、氷投入型急冷式には現在もなお難攻不落として残されたままの本来の道筋がある、ということについて解説して行きます。
仕組みの抱える問題点と回避策
まずは基本的な急冷式アイスコーヒー作りの流れから整理してみます。
- ベース用ホットコーヒーを作る ⇒ 加熱工程:熱を与える
- 氷や流水、冷却材を使って冷やす ⇒ 冷却工程:熱を奪う
このように、温度に対する目的が正反対で、調理に用いる設備や操作も異なる2段階の工程に大きく分けられます。
氷投入型急冷式のよくある失敗パターンと疑問点を挙げると、おそらくほとんどは以下にまとめられるのではないかと思います。
- 冷え具合が弱い⇒氷を足す⇒薄くなり過ぎる
- 氷が解けて冷え切っても濃い⇒さらに氷が解けるのを待つ
これらの結果から共通して生まれる疑問とは、次のようなものです。
- 濃さの調整が上手くいかない ⇒ ①コーヒーと②氷の量の割合はどう決める?
- 冷え具合の調整が上手くいかない ⇒ ①コーヒーと②氷の温度の割合はどう決める?
氷投入型で②の役割を担うのは「氷」という材料だけです。
氷は冷え具合だけでなく濃さも同時に変化させる要因となるので「後で別々に調整しようとしてもどっちつかずになってしまう」という訳です。
この氷投入型の仕組み自体が、はじめから落とし穴としてハマりやすい形になっている理由です。
ただ、その苦い経験は昔から多くの人々の間で共有されて来たものなので、落とし穴を迂回するための道筋がすでにしっかりと整備されています。
- ①をあらかじめ濃いめ方向に調整しておく
⇒濃縮液を希釈して使うカフェオレベースに発展
- ①の温度を別の方法であらかじめ下げてから氷は保冷を目的として入れる
⇒流水や氷水、急冷機器などを使った外部(間接)冷却型に発展
⇒水出し、氷出しなどの低温長時間抽出方式の応用に発展
- ②でコーヒー氷(コーヒーを凍らせたもの)を加える
⇒同じレシピを元にしたコーヒー氷を使うことで風味の再現性が高くなり、濃さや冷え具合の問題も起こらない優れた冷却方法です
ただし、事前のコーヒー氷作りと冷凍する時間も含めて最もコストが掛かります
これら3つの手順はどれか1つでも有効ですが、組み合わせて使うことも出来ます。
後々に氷や水や牛乳などの希釈液を少しづつ加えながら濃さを確かめたり、他の冷却工程を追加したりするので手軽さが失われることと引き換えですが、リスクに見合った現実的な安全策となっています。
- 最終的には解けた氷と共にうやむやになるので気にしない
この選択は回避策ではなく逃避策に当たるので、もし面と向かって聞かされることがあったとしたら、文字通りお茶を濁されたような気分になると思いますが、実際の場面ではごくありふれたケースではないでしょうか?
いずれにしても、これら「アイスコーヒー作りの王道」とされている道筋は、落とし穴の迂回路を土台に築かれているために、今日でも埋め難いギャップが残ったままとなっています。
- ホットコーヒーに比べてレシピや風味評価にあやふやなポイントが多くなる
- 調理に必要な材料、工程、器具が増えてしまう
では、そのギャップを生み出している核心とは一体何なのか?
そして、それを正面から乗り越えるにはどうすれば良いのか?
その正体と打開策について探って行きたいと思います。
熱量が核心へ通じる鍵
氷投入型急冷式を成立させるための条件について、レシピ作りから抽出までに踏むべき段階を一から整理し直してみます。
- ②の後のコーヒーの状態を想定する ⇒ ゴール
- 想定に対して適切な①と②のバランスを決定する ⇒ レシピ
- ①を適切に抽出し、速やかに氷と合わせる作業 ⇒ オペレーション
前項の話をこの流れに沿ってまとめると「aにするためのcが上手く行かないのは、bのバランスが適切でないから」ということになります。
この点をより突き詰めると「②で氷が解けた時に①のコーヒーに起こる変化について具体的に想定する手段を持っていないので、事前に適切なバランスを決定出来ないこと」がギャップを生み出している本質的な原因であることが判明します。
日常的な氷の扱い方を思い浮かべてみれば、だいたいとか何となくといった感じで何らかの経験を元に判断される機会が多いので、「氷を入れるだけ=お手軽」というイメージで定着してしまうのは仕方のないことだと思います。
しかし、まずはそのような経験則の錯覚から抜け出さないと、ゴールまでの道筋を見付けることは出来ません。
実は、この方式に含まれる要素についてのバランス調整を一連の工程内で完結させるためには、コーヒー抽出に関して全く触れられる機会のない「知識と技術(ノウハウ)」が求められます。
事前に②に対して適切な①を決定するというプロセスには、以下の2つの要素を同じステージ上で扱う手段を新たに得る必要があるからです。
- 濃さ ⇒ 濃度 ≒ 分量のバランス
- 冷え具合 ⇒ 温度 ≒ 熱のバランス
「分量も温度もいつも計ってるけど…」という話とはちょっと違うという点をご説明しておくと、それらの値は同じステージ上で等しく扱われている訳ではなく、それぞれの単位という別々のステージの独立した記録でしかないということです。
同じステージに上げるということは、両方を同じ「単位(基準:計り方)」で表すという意味です。
そのようにして等しく扱われることによって、分量と熱の間にあるつながりを捉えたものが「熱量(単位:J or cal)」であり、核心への道を開く鍵となります。
それを手にすることではじめて、アイスコーヒー作りの道筋において私たちを混迷へと誘って来た深淵にも、明るく照らされ誰もが安全に通れる橋を渡すことが出来るようになります。
①ホットコーヒー抽出のノウハウ
ホットコーヒー抽出のノウハウについて先に触れておくと、①のベース用ホットコーヒー作りでも上記と同じようにa~cまでの大きな手順に沿ってゴールまでの具体的なガイドラインを描く「プランニング能力」が重要になります。
コーヒーで言えば「レシピ作成能力」と呼べる総合力を指し、急冷式に限らず、あらゆるコーヒー作りに共通するものです。
それについては以前の記事で解説していますので、下記リンク先などをご参照頂ければと思います。
関連記事:おいしいコーヒーの淹れ方は?基本編 – 分量・温度・時間と濃度の関係 –
関連記事:焙煎度別・抽出レシピの基本パターン – 抽出温度の落とし穴-
関連記事:濃度がブレない抽出レシピの作り方③ -工程レシピを計算によって導出する
氷投入型急冷式は、これらを踏まえた上で②の冷却要素を追加したプランニングを行います。
あくまで当店基準ではありますが、抽出に関する技術的な段階では中級の最終関門といった位置付けになります。
以下に一例として、定番タイプの固定レシピについて、改めてa~cの手順に沿って作成したものを挙げておきます。
a:日本で伝統的に好まれている風味のアイスコーヒーを想定に置く ⇒ ゴール
- 風味傾向:やや濃いめで甘みとコクがある+キレのある苦み+香ばしさ
- 一杯分量:175g(コーヒー+冷却用氷)※保冷用に追加する氷は別
- TDS濃度:1.5%(やや濃いめ)
- 目的温度:5℃(よく冷えていて氷が溶けにくい※冷蔵庫内温度)
- 環境温度:25℃
b:aに基づいて抽出条件のバランスを決定する ⇒ レシピ
- ハンドドリップ透過式(ペーパー、ネル、金属メッシュなど)
- 深煎り豆(7:フレンチロースト)・中粗挽き(中央値850㎛)
- 粉量14g
- 氷量:75g
- 氷温度:マイナス15℃
- コーヒー抽出量:100g
- 注水温度:85℃
- コーヒー温度:70℃
- 抽出時間:2分30秒(蒸らし30秒・4投分割)
※ここでは通常より粉量に対しての抽出量を少なくすることで濃度を上げる手法を用いています。その場合は【抽出時間:短 ⇒ 軽め】になりやすいので注水速度の調整に気を配る必要があります
c:bに基づいて各器具類を適切に扱い抽出作業を進める ⇒ オペレーション
※実際の場面では周囲の空気や器具類との間でも熱の移動が起こるため、下項でお示している計算結果に若干補正を加えた値となっています
氷投入型の固定レシピは、お好みなどでどこかに変更を加えると、そのレシピで成り立っていた分量(濃度)と熱量(温度)のバランスが崩れてしまうということにご注意下さい。
味も安全が第一
「濃度」と「温度」はアイスコーヒーに限らず、コーヒーを味わう際に多くの方が敏感に感じ取られる要素で、最初の印象を決定付けるほどの影響力があります。
なぜかというと、人間の味覚では「どのような豆、抽出方法、風味の特徴なのか」といった理性的な判断が働き始める以前に、自身にとって飲みやすい(安全)かどうかという本能的な判断の方が生物として重要な先決事項とされているためです。
また、冷たい状態の食べ物について人の味覚では絶対的な刺激の減少と相対的な感覚のコントラストが重なることで「甘みやうま味(安全信号)」を感じにくくなるのに対して「苦みや酸味(危険信号)」を感じやすくなります。
その濃度が高ければ感じやすい部分がさらに強調されるので、結果としてアイスコーヒーは人にとって飲みにくいという判断に傾きやすい食べ物と言えます。
しかしながら、人は食べ物について豊かな感性を持って「味わう」ことが出来ます。
そこには、味覚神経(五味と刺激の受容体)の働きによる本能的な反応という下地の上に、それぞれの人が培った五感や食習慣、さらには価値観までもが積み重なり、それらを統合する大脳新皮質で行われる最終的な判断(理性・心理)に至るまでの重層的なグラデーションがあるからです。
その一言で言い表せない複雑な総体を指すのが「風味:フレーバー」という言葉です。
当店では風味について「傾向」という意味合いを強調するように用いていますが、そこには人それぞれの感じ方という幅がある上に、数値や成分だけでは表すことの出来ない要素も多く含まれているためです。
②冷やすために必要なノウハウ
熱量調整に当たっての「冷却ノウハウ」を身に付けるためには、使用する材料の性質や器具類の機能についてもしっかりと把握しておくことが重要になります。
②の冷却工程において主に使用される材料や器具には以下のようなものが挙げられます。
- 氷
- 冷却材
- 温度計
- 冷却設備(冷蔵・冷凍機、送風機、断熱・伝熱容器など)
- 電源設備(電気機器を用いる場合)
- 水道設備(流水を用いる場合)
こうして並べてみると、アイスコーヒー作りにはレシピに表れない所でも冷却のための多くの物資やエネルギーが利用されていることがお分かり頂けるのではと思います。
冷却方法にもいろいろありますが、全般的に人工的な冷却工程は加熱工程に比べて複雑で大掛かりな設備と時間が必要な仕組みとなっています。
私たちが氷をはじめ、液体を凍らせたものを冷却に利用することが多いのは「熱を爆発的に奪うエネルギーをため込んでいる燃料」のような形にすることで、日常的に扱いやすい道具となるからです。
それらの材料にとっては、以下について特別な性質を持っていることが重要です。
- 周りより低い温度を長い時間に渡って保てること
⇒ 比熱容量が大きい
- 固体が解けて液体へ変化する際に周囲から格段に多くの熱を奪うこと
⇒ 融解熱が大きい
「水」の性質はこの点でも非常に優れており、コーヒー作りだけでなくアウトドア(地球環境)での生命維持にとって欠かすことの出来ない役割を担っています。
「外(アウトドア・開放系・つながり)」に視点があると、水や空気を介して常に出入りしながら状態を変化させる熱の扱い方に対して自然とシビアになるものですが、「内(インドア・閉鎖系・個)」の視点が基準になっていると、その優先順位が低くなってしまう傾向が無意識のうちにも表れるようになります。
言い換えると、アウトドアコーヒーが広まって来た現在もアイスコーヒーまで作ろうとされる方が極端に少ないのは、「夏場に外でものを冷やすためには多くのコスト(費用・手間暇・エネルギー)とリスクが付きものという交換条件を経験的に知っているから」という説明の方が実感が湧きやすいかもしれません。
インドアかアウトドアかに限らず、熱量調整ノウハウを身に付けることによって、ゴールに辿り着くまでのコストとリスクを最小限に抑えることが出来るようになります。
※関連記事:アウトドアコーヒーには何が必要?
核心に迫るレシピ作成ノウハウとは?
コーヒー抽出を学ぶ上で、素材や器具や方式といった個別の要素につの知識や扱い方を別々のステージで捉える次の段階が、目的に対してそれらの持つ魅力や効果を適材適所で活用する、という総合的な技能の習得です。
つまり、「目指すゴールに到達するための最適なガイドラインを導き出すノウハウ」ということですが、ここでご紹介している内容は原理的(自然科学的)な視点からそれらを体系的に整理する試みの一部です。
そもそも「なぜ急冷するのか?」という手法の選択理由ついても明らかにしておきます。
- 抽出されたコーヒー成分の熱による化学変化(揮発、酸化、結合、分解など)を抑えることで風味の劣化を防ぐこと
- 常在菌などの雑菌が繁殖しやすい温度帯を避けるためのごく自然な食品の保存方式
そして、冷却において重要な役割を担っている「氷」に焦点を当てることが、以下のような疑問についての一貫した理解と克服に至る最短ルートであることをお示しして来ました。
- ホットコーヒー作りとアイスコーヒー作りの前提条件の違い
- インドアとアウトドアの環境・設備条件の違い
- 冷却方式の違い
- 温度と熱量の違い
- ドリップ解説全般にまつわる問題点
物理的な意味で正確、あるいは狙い通りの氷投入型急冷式のレシピ作成に臨むには、抽出に関わる個々の要因をバラバラの状態で捉えている初級段階をひとまず卒業しておく必要があります。
なぜなら、抽出の核心にある「分量と熱量の変化に伴う濃度と温度の変化の関係」という、バラバラ状態では見ることの出来ない複数要因間のつながりを捉える段階に進むことになるからです。
しかし、この普遍的な熱力学が示す関係性について明確に言及された文言や、レシピ作成の段階ごとに必要なノウハウについて整理された情報(あるいはカリキュラム)といったものは、コーヒー関連のどこを探しても見つかりません。
※焙煎時の火力に関しては専門的な領域で若干熱量に触れられる機会があります
「これまでの抽出理論と呼ばれるものには何か大事なものが欠落したまま」という事実にすでにお気付きの方は、「なぜそれが無いもの扱いでまかり通ってしまうのか?」という疑問を抱えていらっしゃるのではないでしょうか?
その理由は、こうした事例にも以下のような情報伝達に関わる問題が潜んでいるからです。
- コーヒー抽出方法とその表現方法の多くは長年の経験則の蓄積によって定型化されている
- 現実的な需要は「即用可能な定型(レディーメイド)」に集中するため、それを支える核心部分については自ずと形骸化が進む
その内容が正しいかどうかや意図的かどうかといった点は別として、「豆・抽出条件・氷の量(または比率)、器具類はコレ!」といった限定的な状況でしか成り立たない固定レシピを示した内容が大半を占める理由は、その根拠(と目的)をレディーメイド側に求めようとする指向性にあります。
前提条件に変動的な要因が増える氷投入型急冷式では、各々の状況に合わせたレシピ調整方法を示すために必要とされる技能的な難易度が格段に上がるので、その傾向に拍車が掛かります。
この手の指摘が野暮なことも多くの方が求めるものではないことも重々承知の上ですが、お茶を濁すことなくこの問題を解決することが目的なのであれば、自然の原理という核心に指向性を向けて答えを導き出すこと以上にシンプルで確かな方法はないと思います。
次の時代のコーヒーに求められているものの一つは、個々の前提条件の変化に柔軟に対応した適切な答えを導き出すこと(オーダーメイド)を可能とする新しいレシピ作成ノウハウではないでしょうか?
適切な氷量・粉量・目的量を求める計算方法
②冷却工程の計算方法
- 比熱 「コーヒー(水):4.2J/g・K」 「氷:2.1J/g・K」
- 融解熱 「氷:334J/g」
- 質量(g)
- 温度(℃)
氷量 = { (コーヒー温度 – 目的温度) × (コーヒー量 × 4.2) } ÷ {(氷温度 × -2.1) + (目的温度 × 4.2) + 334 }
目的量 = コーヒー量 + 氷量
氷量を求めるには、これらの式の右辺で必要とされる値を求めた上で次のような問いを立てます。
問いの例
「コーヒー温度70℃のもの100gと氷温度マイナス15℃のものを準備する場合、コーヒー温度を5℃まで冷やすために投入すべき氷量は?」
これらの値を上の式に代入すると
氷量 = {(70-5) × 100 × 4.2} ÷ { (-15 × -2.1) + (5 × 4.2) + 334}
=27300 / 386.5
≒71(g)
この答えを下の式に代入すると、コーヒーと溶けた氷が合わさった状態を表す目的量が決まります。
目的量 = 100 + 71
= 171(g)
①加熱工程の計算方法
次に、ベースとなる100gのコーヒーを抽出する際に使用する粉量を求めます。
普段お好みで召し上がっているホットコーヒーの「粉量:目的量の比率」を用いることも可能です。
この例では、当店の基準レシピを元に粉12g目的量150gとしておきます。
12 / 150 = 0.08
先ほど求めた目的量から必要な粉量を換算すると
171 × 0.08 ≒ 14
よって、①と②をまとめると
「粉14gから抽出した70℃100gのコーヒーにマイナス15℃の氷約71gを投入することで、基準レシピと同じ濃度で5℃171gのアイスコーヒーが得られる」
以上が、氷投入型急冷式で想定通りのゴールに辿り着くためのレシピ作成手順となります。
一歩一歩確かな足場を作りながら進むプロセスとなっているので、もし上手く行かなかったとしても、すぐにどこでつまづいたか確認出来ることや修正に掛かる労力が最小限で済むようになることも大きなメリットと言えます。
日常的に気軽に使うような方法ではないことも確かですが、迷い道や落とし穴にハマってしまってお困りの方には一度お試し頂けたらと思います。
かんたん計算フォーム (by ChatGPT) ※追記2023/07/07
補足 - 誤差について
※目的温度5℃に達した時の状態は全て液体で氷は残らないものとしています。保冷目的の氷をさらに追加した際に溶けにくいことや良く冷えていると感じられる温度に見合う値として採用しています。
※熱の出入りに関して、考え方や計算が複雑になり過ぎないように気温・器具類・カップ温度といった実際の場面では影響を受ける環境・設備条件をいくつか除外しています。
目的量が少なくなるほど、相対的に容器をはじめ周辺側との熱の移動が大きくなるので、目的温度に表れる誤差も大きくなります。ガラス容器で一杯分ほどの場合は+数度程度が見込まれます。
※粉量算出の基準とするホットコーヒーとアイスコーヒーベース用コーヒーのドリップは、出来るだけ同条件に近づけて抽出されたものとしますが、「分量変化に伴う抽出時間の変化」は避けられないため濃度に若干の誤差が出る可能性があります。
基準とするレシピと抽出時間が同じになるように、注水速度を調整することで誤差を少なく出来ます。
この調整を正確に行うためには濃度計を使った計測も必要になって来ます。
※ハンドドリップ透過式で抽出後のコーヒー温度を70℃前後にするためには、注水温度85℃前後が目安になります。
※メインの計算式の分母部分に着目すると、この方式での温度調整に最も大きな役割を果たしている要因は氷の融解熱であることが示されています。
物質が温度変化に伴って固体・液体・気体という形で状態変化(相転移)を起こす際には、状態変化を伴わない場合に比べて格段に多くの熱が移動(吸収・発散)します。
氷投入型はその現象を利用することで短時間での冷却(急冷)を実現する方式ということが分かります。
一般的なコーヒー抽出に関する温度の捉え方は、一定状態の中のごく一部を切り取っているに過ぎないので、この方式のように異なる材料、状態、工程が絡みあって温度が変化して行く複雑な過程までを捉えることは出来ません。
「熱量」はアイスコーヒー作りだけなく、様々な素材の調理や加工を行う上でも欠かすことの出来ない基本的な捉え方です。
メリットは低コストと鮮度感
オフグリッドのアウトドア環境で長時間営業する当店では、この方式のデメリットに対処し切れないので使うことがありません。
今回の記事を書くに当たって、勉強しながら妥当と考えられる計算方法を導いて検証してみました。
出来るだけシンプルな形にしたつもりですが、どこかに間違いや改善点などがありましたらご指摘をお待ちしてます。
また、主題から計算方法までの自然科学(高校物理くらい)に則した一連の作成プロセスは、コーヒーのセオリー(定型)において前例のない内容を多く含むため馴染みにくい所もあるとは思います。
記事の主旨として、この方式についての情報整理(最適化)と見過ごされやすいポイントへの注意を促しては来ましたが、数字や手軽さうんぬんといった固い話を抜きにしても大きなメリットがあることは確かです。
- 追加の材料が氷だけで済むこと
- 風味の鮮度感
ご家庭のキッチンといった暗黙の前提条件を満たす環境であれば、冒頭の「お手軽レシピ」や「各コーヒー店の固定レシピ」のみでも十分にコーヒーをおいしく味わえると思います。
ステンレス氷や急冷用カップを使ったら?※2023/8追記
少量の飲み物を急冷するための道具に以下のようなものがあります。
- 解けない氷(アイスキューブ) ⇒ ステンレスなどの金属や樹脂製のケースに冷却材を封入したもの
- 急冷用カップ・ボトル ⇒ 二重層断熱ボトルの内部が真空ではなく、冷却材を封入したもの
- 小型急冷機(クーラー・チラー) ⇒ 氷水の中でぐるぐる回すやつ(缶飲料向けが多い)
※自前の氷を使う間接冷却方式で電動・手動があり、失敗が起こりにくい仕組みです。探してもらえば見たままなのでここでは割愛。
上の二つでも冷却材の主要な成分には優秀な「水」が使われているので、凍らせた中身はほぼ「氷」です。
一般的な冷却材では、シリカゲルなどの吸水材を用いて水分子の密度を高めたり、塩のような凝固点降下剤を加えたりすることで、体積あたりの融解熱を大きくするための工夫がなされてるものが多いです。
「それでどこまで冷やせるか?」という疑問は、上述して来た内容と同じく使用する材料の分量と温度のバランスによります。急冷カップの方は特にその点が分かりづらいので目的通りに調整するのは難しいと思います。
※これらについても冷却ノウハウの基本が分かれば計算することは可能です
そのことよりも、冷却の仕組みとして直接氷を投入する方式とは根本的に異なる点があります。
冷却材が解けても液体同士が混ざらない
⇒ 熱の移動が起こりにくい
- メリット:飲み物が薄まらない
- デメリット:冷えるまでに時間が掛かる(氷投入型と熱量が同じ条件の場合)
このデメリットによって、「思っていたより冷えなくてガッカリする」ということが起こりやすくなります。
なぜかと言うと、すぐには冷えにくいので量もしくはサイズを増やさないといけない、となってから改めて道具を準備したり購入したりしないと対処出来ないことに気付く、という落とし穴が潜んでいるからです。
飲み物が薄まらないのはもちろんのこと、デザインもいろいろあって見た目も楽しめたり繰り返し使えたりといったメリットは素晴らしいと思うのですが、引き換えにいろいろとコスト(費用と労力)が掛かる方法でもあります。
※特に丸型デザインの注意点となりますが、同じ素材と体積の場合では最も表面積が小さい(接触面が少ない)形状となるので、より熱が伝わりにくくなります。
こういった冷却方法の選択という状況におかれましても「熱量調整のノウハウ」を身に付けておくことで、このタイプの製品は急冷用途には向かないが、逆に長時間に渡って薄めず保冷するという目的に向いていること、あるいは、その材料とサイズだとどれくらいの熱量を冷却に使えるのか、といった目的ごとの適材適所を事前に判断出来るようになります。
アウトドアコーヒーで自分で作る力を磨く
とにかく事前の準備段階からしっかりと余裕を作るようにして、設備や資材、環境が不十分な現地で問題が起こってから困らないようにしておくことが大事と思います。
- 十分な量の氷とそれをしっかり冷やしておける器具を準備する
- 普段の2~3倍の粉量(もしくは半分~1/3の抽出量)くらいにして、ホットコーヒーを濃いめに作る
これはお手軽アドバイスに過ぎませんが、上述したいくつかのノウハウを身に付けると、その余裕が具体的にどれくらい必要になるかという見積りが立てられるようになります。
コーヒーという趣味では迷い道や落とし穴にハマるのも決して悪いことではない思いますが、「プランニング能力を磨けば、自分の力で目指すコーヒーに辿り着く道を作ることが出来る」ということに気付いてもらえたら幸いです。